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結び固めをお願いします!

2021-12-10 21:15:29 | 日記
結び固めをお願いします!

太平洋戦争終結から 3 年足らずの1948年3月,菊永奈津子姉妹は沖縄県那覇市に生まれた。



【1955年、奈津子姉妹7歳当時の那覇市の繁華街風景(沖縄県公文書館所蔵)】

当時の沖縄はアメリカ合衆国の統治下にあった。「島じゅうどこでもアメリカ軍とその兵器がありました」と奈津子姉妹は回想する。舗装されていない道路を大型軍用車が行き交い,兵士は子供たちの呼びかけに応えてチョコレートやガムを撒いていった。

両親は病気がちで満足に働けず,幼い奈津子さんはいつもお腹を空かせていた。

「何か口に入れることができるのが 4,5 日に 1 回というような生活で,生きるためにゴミ箱を漁ったり,排水溝に落ちている残飯を口に入れたりもしました。」

戦後間もない沖縄は貧富の差が激しく,奈津子さんの家族以外にも多くの人々が飢え,亡くなっていた。奈津子さんには二人の妹がいたが,栄養失調のため一人は幼いうちに,もう一人は生後間もなく亡くなったと聞かされていた。

おにぎりと聖書

奈津子さんが 8 歳の頃だった。庭先で空腹に耐えていた彼女に隣家のお姉さんが手招きをする。「おにぎりをもらえるのかと思って行ったら,聖書をもらったんです。これを読めば幸せになれるよって。」

奈津子さんはがっかりしながらも聖書を受け取った。家に帰ってめくってみたものの,8 歳の子供には難しかった。

しかし,ある一文が奈津子さんの目に飛び込んでくる。「わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。」

その言葉は
彼女の心に強い印象を残した。
「神様はこんなわたしのことも覚えていてくださるのかと思って,それから教会探しを始めました。」

神様について教えてくれる場所を求めて,十字架を目印に,目についた教会を片っ端から訪ねた。しかし,納得のいく教会にはなかなか巡り合えない。

「当時のわたしはボロボロの服を着た女の子でした。礼拝堂に入っていすに座ると,牧師さんがあっちへ座りなさいって言うんです。指示された場所には,わたしみたいにボロボロの服を着た人たちが固まっていて,元のいすには綺麗な格好をした人たちが案内される。こんなの本
当の教会じゃない! って飛び出して……そんな繰り返しでした。」

***

奈津子さんは苦労して中学校を出た
後,大阪で就職した。しばらくして沖縄に戻って結婚し,3人の娘を育てるようになっても「本当の教会」を探す旅は終わらなかった。訪れた教会は 20ほどにもなった。

2人組の外国人

1984年,奈津子さんが36歳のときである。那覇市の繁華街である国際通りを歩いていた奈津子さんは,信号待ちをしている 2人組の若い外国人男性に目を留める。

「沖縄にいる外国人って大体みんな
ゆるい恰好をしているんです。でも彼らは違った。きちんとスーツを着ていて,声をかけたら元気をもらえそうだと思いました。」

よく晴れた暑い日だった。奈津子さんは二人に話しかける。「あなたたちは何を売っているんですか,って尋ねました。そしたら英会話を教えていますって言ったので,教えてもらうことにしたんです。」

早速,最寄りの建物に連れて行ってもらった。裏口から入り,英語を教えられた。ものの興味は持てなかった。

礼を言って帰ろうとすると,出口として表玄関に案内される。その壁には一枚の絵が飾られていた。「それはイエス様が使徒たちを聖任されている絵でした。そのとき,そこが
何の建物なのか分かりました。」

2人組の外国人は,末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師で,奈津子さんが連れてこられたのは那覇ワードの建物だった。

「英語はいらないから聖書を教えてください! ってお願いしてレッスンが始まりました。」





長老たちが最初に教えてくれたのは,預言者ジョセフ・スミスが聖なる森で天の御父と御子にまみえた「最初の示現」だった。

しかし,当時の奈津子さんにはぴんと来ない。「14 歳の男の子が突然,
神様とイエス様に会ったなんて信じられなくて,ここも本当の教会じゃないんだ ,とがっかりしました。」

それでも奈津子さんはレッスンを受け続け,日曜日には聖餐会に集った。証を聞いていると胸が締め付けられるような気持ちを感じた。「うれしいような切ないような気持ちで涙がぽろぽろ出てくるんです。姉妹宣教師たちが,それは聖霊の働きですよ,って教えてくれました。」

自身の心が福音を求めていることを感じた奈津子さんは,その後1年間教会に通い続け,1985年 11月 3日,二女と三女とともにバプテスマを受けた。

回復の預言者ジョセフ・スミスの証は得られないままだったが,福音は彼女の生活に新たな光をもたらしてくれた。

「お姉さん,お願いがあります」

1990年のある日,昼間の暑さの残る晩だった。当時,奈津子姉妹は引っ越し先の嘉支部でセミナリー教師を務めていた。

レッスンの準備を終えて夜10時ご
ろ床につく。明日の早朝セミナリーに備えて早く寝なければならないのに,その日に限って寝付けなかった。

横になっていると,誰もいないはずの寝室に人の気配を感じた。「枕元に誰かが座っているんです。暗かったから表情は分かりませんでしたが,大人の女性の輪郭がぼんやりと見えました。」

突然のことに気が動転した奈津子姉妹は大声を上げて夫を呼んだ。隣の縁側にいた夫はすぐにやってきたが,枕もとを見て首をかしげる。

「俺には何も見えないよ,って言って夫は戻っていきました。わたしには座っている人の影が確かに見えるのに。」

枕元の人影は真剣な声で奈津子姉妹に語りかけた。

「お姉さん,わたし雪ゆき
よ。怖がらないで。」─そう呼びかけられて奈津子姉妹ははっとする。

「そのとき分かったんです。彼女は赤ちゃんのときに亡くなったわたしの妹だって。」雪枝,という名前に聞き覚えがあった。

栄養失調で小さく生まれ,生後まもなく亡くなった下の妹の名だった。

「わたしは当時,5 歳くらいでした。だから雪枝のことは覚えていないけど,姉からは聞かされていました。また,両親は時々『雪枝,雪枝』と涙声で話していました。」

枕元に座るのが亡くなった妹だと分
かっても,なぜ今になって自分のところに現れるの分からない。奈津子姉妹は混乱し続けた。「やっぱり怖くて,気が動転していました。明日のセミナリーのために寝なくちゃと思ったりして。あわてて頭まで上掛けをかぶりました。」

すると,雪枝さんが何かを話したい様子で上掛けを下に引き下げる。反射的に奈津子姉妹は上掛けを引っ張り上げた。

また雪枝さんが引き下げる。姉妹で上掛けをめぐる攻防をしばらく繰り返した後,雪枝さんがまた口を開いた。

「お姉さん,お願いがあります。」

この世を離れた妹が生きている自分にお願いとはどういうことだろう。上掛けの下で耳をそばだてる奈津子姉妹に意外な言葉が飛び込んできた。

「今すぐにはできないと思いますが,東京神殿に行って親子の結び固めの儀式をお願いします。わたしだけ漏れています。」

あっ,と奈津子姉妹は思った。当時,自身の戸籍を取り寄せて先祖の儀式を行っていたが,生後間もなく亡くなった雪枝さんは役所に届出がされず,戸籍に記載されていなかったのである。

上掛けを引き下げて「お願いします」返す雪枝さんに奈津子姉妹は「分かった,分かったよ」と応じる。そのとき,隣家で飼われていた鶏にわとりが鳴いた。外に目をやるとすっかり明るくなっている。

「セミナリーに行かなくちゃ,と飛び起きて車に乗りました。もしかしたらまだ雪枝は部屋にいたのかもしれないけど,朝の光が差し込む部屋の中には何も見えませんでした。」

奈津子姉妹はその朝,いつものように教会でセミナリーを教えた。雪枝さんとのやりとりについては,しばらく覚えていたものの,いつしか忙しい日常に紛れて忘れてしまった。

家族歴史センターでの不思議

それから 3 か月後,ステークの東京神殿団体参入が行われ,奈津子姉妹も参加した。道中思い出して,友人の津やまはる姉妹に雪枝さんとの邂逅について打ち明けた。

予定よりも早く到着した奈津子姉妹は津嘉山姉妹とともに,東京神殿から歩いて数分の家族歴史センターへ立ち寄った。

自動ドアが開いた途端,女性の職員が「新あらかき姉妹!」と奈津子姉妹の旧姓で呼びかけてきた。「えっ,て思いました。でもバプテスマを受けたときは新垣だったので,当時の知り合いなのかと思って返事を
したんです。」

するとその見知らぬ姉妹ははっきりと言った。「雪枝さんの結び固めが漏れていますので,今日受けてくださいね。」

一度も会ったことのない彼女がなぜ,戸籍にも載っていない雪枝さんのことを知っているのか。驚いた奈津子姉妹は反射的に「はい」と答えて家族歴史センターを後にした。

「あまりにびっくりして,その方の顔を見る勇気もないままドアを出て津嘉山姉妹と顔を見合わせました。やっぱりあの出来事は本当だったんだって。」

***

家族歴史センターでの不思議な経験
は,奈津子姉妹の胸に雪枝さんとの約束を深く刻み込んだ。

沖縄へ戻り,再び自身の系図と向き合った。「神様はわたしたちが知らない間にいろんな人を使って導いてくださるという事がよく分かります。

あの職員の姉妹も多分わたしのことを知らないし,自分が何を言ったのかも分からなかったんじゃないかな。」

こうして 1995年 11月18日,東京神殿にて,雪枝さんが待ち望んでいた親子の結び固めが執り行われた。

妹がくれた証とともに当時は怖くて妹と向き合うことができなかった奈津子姉妹だが,今は自分が霊界で雪枝さんと再会する日を楽しみにして
いる。

「あのとき現れた雪枝は亡くなった赤ちゃんのままではなく,大人の女性になっていました。教会員になった雪枝にまた『お姉さん』と呼びかけてもらえる日のことを想像すると大きな喜びがあります。」

多くの先祖が霊界で救いを待っている中,なぜ雪枝さんだけが自分の元に現れたのか,今も奈津子姉妹には分からない。

しかし雪枝さんとの体験は,奈津子姉妹に信仰生活を続けるためのかけがえのない証を与えてくれた。

「雪枝が来てくれたおかげで,わたしは預言者ジョセフ・スミスへの証を得ることができたのよ」と奈津子姉妹は目を細める。

「ジョセフ・スミスの経験を何度読んでも半信半疑だった。でも雪枝に会ったときのわたしと,モロナイに会ったときのジョセフの経験したことが全く同じだったんです。」

─夜通しモロナイと会見し,一晩中起きていた預言者ジョセフ・スミス。

その出来事は,モロナイが去った後すぐに鶏が鳴いたところまで奈津子姉妹の体験とよく似ていた。

「ジョセフ・スミスが与えられたのは教会を導くための啓示で,わたしのは家族に関する個人的な啓示。その違いは分かるけど,同じような体験を通して,確かにジョセフ・スミスは神から導かれた預言者だと分かりました。」

霊界から救いの儀式を求めてきた妹が残してくれた証。奈津子姉妹はその証を胸に,命ある限りこの福音を宣べ伝えていこうという決意を固めている。◆

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このお話は、末日聖徒イエス・キリスト教会2021年12月号リアホナ、ローカルページからご紹介しました。
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ヨハネ14章
18 わたしはあなたがたをてて孤児こじとはしない。あなたがたのところにかえってる。
18 I will not leave you comfortless: I will come to you.
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本日もお読みいただいてありがとうございます。
良い一日をお祈りします。


本当のクリスマス

2021-12-10 03:12:30 | 日記
本当のクリスマス




ゲーリー・E・スティーブンソン


わたしの父は少年のとき,ユタ湖に近いユタ中部の小さな町に住んでいました。開拓者以前の時代に,アメリカ先住民がこの地域で狩りと釣りをしていました。そのため,湖の周囲の幾つかの場所が矢じりを探す人々に人気の場所となりました。

父が 5 歳のとき,ワードで父親と息子の活動があり,人々は矢じりを探すためにユタ湖へ行きました。グループで一日中探した後,祖父は,矢じりを見つけたかどうか父に尋ねました。

「だめだったよ。何も見つからなかった」と,父は答えました。それから父は,ポケットに手を入れて言いました。「だけど,クリスマスツリーのようにとがった,このきれいな石を見つけたよ。」

結局,父は矢じりを見つけていたのに,それを知らなかったのです。本物を手にしていたのに,それだと分からなかったのです。

あがない主を認める

こんにち,多くの人にとって,現実の最も重要な事柄,すなわち世の救い主イエス・キリスト についての認識が,現実でない事柄によって
あいまいになっています。

最近わたしは,イエス・キリストに関する テレビ番組を見ました。イエス・キリストは実際に処女マリヤからお生まれになったのか疑問視するものでした。高い評価を得ている教育機関の立派な教授たちでさえ,これがあり得ることかと思案していました。

このような疑いを抱いている人々に応えて,エズラ・タフト・ベンソン大管長(1899-1994 年)は,次のように述べています。

「いわゆる学者たちは,新約聖書の中で宣言されている,神の御子としてのキリストの 降誕は決して神を父とするものではなく,マリヤはイエスを身みもったときに処女ではなかったと,わたしたちを説得しようとします。

イエスの育ての親であるヨセフがイエスの 肉体の父であり,したがって,イエスは全ての属性と特質において人間であると,わたしたちに信じさせようとします。イエスは偉大
な倫理学者,恐らく実に最も偉大な倫理学者であると述べて,彼らはイエスを称賛することには寛大であるように思われます。しかし,彼らが行おうとしていることの根底にある目的は,イエスが神の御子であられるのを否定することでした。キリスト教のその他の主張は全て,その教義を基としているから です。」

わたしは人工雪の上でスキーをしたことも,偽物のクリスマスツリーを偽物のつららで飾ったこともあります。時折,何が本物か,特に仮想現実の時代にはそれを理解するのが難しいことがあります。それでは,何が本物か,どうすれば分かるでしょうか。イエス・キリストの実在について証あかしを得るには,どうすればよいでしょうか。

わたしたちは聖文,すなわち古代と近代の聖文に記されている神の言葉を読むとき,本当の事柄に関する証を得ます。生ける預言者たちと使徒たちの証を聴き,読むとき,救い主の実在について学びます。わたしたちは「キリストを信じながら,誠心誠意」祈るとき,真 理を見いだします(モロナイ10:4)。わたしたちは「キリストを信じ……,キリストを否定しない」とき,また「キリストの前にひれ伏し,……勢力と思いと力を尽くし,全身全霊を込めてキリストを拝〔する〕」とき,「正しい道」を見いだすのです(2 ニーファイ 25:29)。

キリストの降誕についての預言

キリストの降誕,すなわち最初の
クリスマスについて預言している聖文はたくさんあります。わたしたちはこれらの聖文に述べられている預言を読むとき,それらが確かに預言であったということを忘 れるかもしれません。 聖文には,語られた当時は まだ起こっていないものの必ず起こるはずの事柄がきわめて詳細に述べられています。

キリストの降誕の 800 年前に,イザ
ヤはこう述べました。

ひとりのみどりごがわれわれのために生うまれた,
ひとりの男の子がわれわれに与えられた。
まつりごとはその肩にあり,その名は,
『霊妙なる議士,大能の神,とこしえの父,平和の君』ととなえられる。」(イザヤ 9:6)

救い主がお生まれになる 600 年前
に,ニーファイは,神の御子の母に関して見た示現について次のように述べました。
わたしが眺めると,……ナザレの町
も見えた。そしてわたしはナザレの町に一人のおとめを見たが,それはまことに色が白く美しいおとめであった。
……
すると天使は言った。『見よ,あな
たが見ているおとめは,肉に関して神の御子の母である。』……
それで眺めると,腕に幼子を抱いた
おとめが見えた。
すると天使がわたしに言った。『神
の小羊……を見なさい。……』」(1ニーファイ11:13 ,18 ,20 -21)

救い主の降誕の 124 年前に,ベニ
ヤミン王は次のように告げました。
見よ,……全能の主が,力をもって
天から人の子らの中に降くだって来て,土の幕屋に宿り,人々の中に出て行って大きな奇跡を行われる時が来る。しかもそれは遠い先のことではない。……

そしてこの御方は,イエス・キリスト,神の御子,天地の父,時の初めからの万物の創造主と呼ばれ,母はマリヤと呼ばれる。」(モーサヤ 3:5,8)

キリストの降誕の 83 年前に,アルマはこう述べました。

そして見よ,神の御子は,わたしたちの先祖の地であるエルサレムで,マリヤからお生まれになる。マリヤは……おとめであって,尊い,
選ばれた器である。」(アルマ 7:10)

また最初のクリスマスのわずか6 年前に,レーマン人サムエルはこう宣言しました。

見よ,神の御子の来臨の時のしる
しとして,あなたがたに次のことを知らせておく。見よ,天に大いなる光があるために,神の御子が来られる前の夜は暗くらやみがな〔い。〕……

また見よ,あなたがたが一度も見た
ことのないような一つの新しい星が現れる。」(ヒラマン 14:3 ,5)

ユダヤの民はこの大いなる出来事を
切望していました。彼らはメシヤが来られることを知っていました。そして,メシヤが栄光をもって来て,この世的に彼らを解放し,この世の王国を確立し,王として統治してくださることを,彼らは期待したのです。

メシヤの降誕を最初に知ったのは,
誰でしょうか。サンヒドリンやその他権力と影響力を持っていた人々でしょうか。

聖書には,それは地面で寝ていた
身分の低い羊飼いたちであったこと
が述べられています。天使は彼らに
「大きな喜び」を宣言しました(ルカ2:10)。またそれは,遠くから来た博士たちでした。彼らは「東の方でその星を見たので,そのかたを拝みにきました。」(マタイ 2:2)

権力者と影響力を持つ者は,物事を見る目がこの世の学問によって曇っていたので,救い主の降誕の時や,救い主が教導の業を進めておられたときに,救い主とともにいませんでした。彼らは本物を前にしていましたが,それが分かりませんでした。あるいは,それを受け入れませんでした。

もっとキリストのようになる

クリスマスの時期に関する最も大い
なる事柄の一つは,それが神に関わ
る事柄への感受性を増すことである
と,ベンソン大管長は述べています。

「それは,御父との関係,ならびに
神に対する献身の度合いについて,静かに考える機会となります。
それは,もっと寛容であって与えるように,もっと他の人々に気配りをするように,もっと寛大であって誠実であるように,もっと希望と慈愛と愛に満たされるように,すなわちキリストのような特質を持つようにわたしたちに促します。

クリスマスの精神が全世界の人々の心を捉えるのも不思議ではありません。……少なくとも一時,主なる救い主,イエス・キリストに対する注目と信仰心が増すのです。」

クリスマスの精神がわたしたちの心
に浸透するこのクリスマスに,わたしたちは,気持ちを外向きに示すことを何か行い,ベツレヘムでお生まれになった幼子が本当の贖あがな
い主であられることを理解していることを示しましょう。

ワード・W・ハンター大管長(1907-
1995 年)は,わたしたちがそれを行うのに役立つ実用的な助言を幾つか与えています。

このクリスマスに,争いを修復してください。

忘れられている友を探し出してください。

疑念をはねつけ,それを信頼に変えてください。

手紙を書いてください。

穏やかな返答をしてください。

青少 年を励ましてください。

言葉と行いであなたの誠実さを示してください。

約束を守ってください。

人へのわだかまりを捨ててください。

敵対する人を赦ゆるしてください。

謝ってください。

理解するように努めてください。

他の人々に対するあなたの要望を吟味してください。

まず他の人のことを考えてください。

親切であってください。

優しくあってください。

もう少し笑ってください。

感謝を述べてください。

知らぬ人を歓迎してください。

子供の心を喜ばせてください。

地上の美しさと驚異を楽しんでください。

あなたの愛を何度も言葉にして告げてください。

キリストがおられなければ,クリス
マスはなかったでしょう。

キリストがおられなければ,完全な喜びはあり得ません。

キリストの降誕と贖罪がなければ,わたしたちには執り成しをする者,御父に対する弁護者,また仲保者
がいないことになります。

キリストがおられるので,わたしたちは愛に満ちた天の御父のもとに帰って永遠の家族として一緒に暮らすことができるのです。

わたしは皆さんとともに,神の御子
の降誕と使命の美しい奇跡的な現実
を祝います。

そして,イエス・キリストがわたしたちの救い主であり贖い主であり,約束されたメシヤであられることを証します。■

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このお話は、末日聖徒イエス・キリスト教会2014年12月号リアホナからご紹介しました。

青字赤字は追加しています。

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本日もお読みいただいてありがとうございます。

良い1日をお祈りします。