結び固めをお願いします!
【1955年、奈津子姉妹7歳当時の那覇市の繁華街風景(沖縄県公文書館所蔵)】
太平洋戦争終結から 3 年足らずの1948年3月,菊永奈津子姉妹は沖縄県那覇市に生まれた。
【1955年、奈津子姉妹7歳当時の那覇市の繁華街風景(沖縄県公文書館所蔵)】
当時の沖縄はアメリカ合衆国の統治下にあった。「島じゅうどこでもアメリカ軍とその兵器がありました」と奈津子姉妹は回想する。舗装されていない道路を大型軍用車が行き交い,兵士は子供たちの呼びかけに応えてチョコレートやガムを撒いていった。
両親は病気がちで満足に働けず,幼い奈津子さんはいつもお腹を空かせていた。
「何か口に入れることができるのが 4,5 日に 1 回というような生活で,生きるためにゴミ箱を漁ったり,排水溝に落ちている残飯を口に入れたりもしました。」
戦後間もない沖縄は貧富の差が激しく,奈津子さんの家族以外にも多くの人々が飢え,亡くなっていた。奈津子さんには二人の妹がいたが,栄養失調のため一人は幼いうちに,もう一人は生後間もなく亡くなったと聞かされていた。
おにぎりと聖書
奈津子さんが 8 歳の頃だった。庭先で空腹に耐えていた彼女に隣家のお姉さんが手招きをする。「おにぎりをもらえるのかと思って行ったら,聖書をもらったんです。これを読めば幸せになれるよって。」
奈津子さんはがっかりしながらも聖書を受け取った。家に帰ってめくってみたものの,8 歳の子供には難しかった。
しかし,ある一文が奈津子さんの目に飛び込んでくる。「わたしはあなたがたを捨てて孤児とはしない。」
その言葉は
彼女の心に強い印象を残した。
「神様はこんなわたしのことも覚えていてくださるのかと思って,それから教会探しを始めました。」
神様について教えてくれる場所を求めて,十字架を目印に,目についた教会を片っ端から訪ねた。しかし,納得のいく教会にはなかなか巡り合えない。
「当時のわたしはボロボロの服を着た女の子でした。礼拝堂に入っていすに座ると,牧師さんがあっちへ座りなさいって言うんです。指示された場所には,わたしみたいにボロボロの服を着た人たちが固まっていて,元のいすには綺麗な格好をした人たちが案内される。こんなの本
当の教会じゃない! って飛び出して……そんな繰り返しでした。」
***
奈津子さんは苦労して中学校を出た
後,大阪で就職した。しばらくして沖縄に戻って結婚し,3人の娘を育てるようになっても「本当の教会」を探す旅は終わらなかった。訪れた教会は 20ほどにもなった。
2人組の外国人
1984年,奈津子さんが36歳のときである。那覇市の繁華街である国際通りを歩いていた奈津子さんは,信号待ちをしている 2人組の若い外国人男性に目を留める。
「沖縄にいる外国人って大体みんな
ゆるい恰好をしているんです。でも彼らは違った。きちんとスーツを着ていて,声をかけたら元気をもらえそうだと思いました。」
よく晴れた暑い日だった。奈津子さんは二人に話しかける。「あなたたちは何を売っているんですか,って尋ねました。そしたら英会話を教えていますって言ったので,教えてもらうことにしたんです。」
早速,最寄りの建物に連れて行ってもらった。裏口から入り,英語を教えられた。ものの興味は持てなかった。
礼を言って帰ろうとすると,出口として表玄関に案内される。その壁には一枚の絵が飾られていた。「それはイエス様が使徒たちを聖任されている絵でした。そのとき,そこが
何の建物なのか分かりました。」
2人組の外国人は,末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師で,奈津子さんが連れてこられたのは那覇ワードの建物だった。
「英語はいらないから聖書を教えてください! ってお願いしてレッスンが始まりました。」
長老たちが最初に教えてくれたのは,預言者ジョセフ・スミスが聖なる森で天の御父と御子にまみえた「最初の示現」だった。
しかし,当時の奈津子さんにはぴんと来ない。「14 歳の男の子が突然,
神様とイエス様に会ったなんて信じられなくて,ここも本当の教会じゃないんだ ,とがっかりしました。」
それでも奈津子さんはレッスンを受け続け,日曜日には聖餐会に集った。証を聞いていると胸が締め付けられるような気持ちを感じた。「うれしいような切ないような気持ちで涙がぽろぽろ出てくるんです。姉妹宣教師たちが,それは聖霊の働きですよ,って教えてくれました。」
自身の心が福音を求めていることを感じた奈津子さんは,その後1年間教会に通い続け,1985年 11月 3日,二女と三女とともにバプテスマを受けた。
回復の預言者ジョセフ・スミスの証は得られないままだったが,福音は彼女の生活に新たな光をもたらしてくれた。
「お姉さん,お願いがあります」
1990年のある日,昼間の暑さの残る晩だった。当時,奈津子姉妹は引っ越し先の嘉か手で納な支部でセミナリー教師を務めていた。
レッスンの準備を終えて夜10時ご
ろ床につく。明日の早朝セミナリーに備えて早く寝なければならないのに,その日に限って寝付けなかった。
横になっていると,誰もいないはずの寝室に人の気配を感じた。「枕元に誰かが座っているんです。暗かったから表情は分かりませんでしたが,大人の女性の輪郭がぼんやりと見えました。」
突然のことに気が動転した奈津子姉妹は大声を上げて夫を呼んだ。隣の縁側にいた夫はすぐにやってきたが,枕もとを見て首をかしげる。
「俺には何も見えないよ,って言って夫は戻っていきました。わたしには座っている人の影が確かに見えるのに。」
枕元の人影は真剣な声で奈津子姉妹に語りかけた。
「お姉さん,わたし雪ゆき枝え
よ。怖がらないで。」─そう呼びかけられて奈津子姉妹ははっとする。
「そのとき分かったんです。彼女は赤ちゃんのときに亡くなったわたしの妹だって。」雪枝,という名前に聞き覚えがあった。
栄養失調で小さく生まれ,生後まもなく亡くなった下の妹の名だった。
「わたしは当時,5 歳くらいでした。だから雪枝のことは覚えていないけど,姉からは聞かされていました。また,両親は時々『雪枝,雪枝』と涙声で話していました。」
枕元に座るのが亡くなった妹だと分
かっても,なぜ今になって自分のところに現れるの分からない。奈津子姉妹は混乱し続けた。「やっぱり怖くて,気が動転していました。明日のセミナリーのために寝なくちゃと思ったりして。あわてて頭まで上掛けをかぶりました。」
すると,雪枝さんが何かを話したい様子で上掛けを下に引き下げる。反射的に奈津子姉妹は上掛けを引っ張り上げた。
また雪枝さんが引き下げる。姉妹で上掛けをめぐる攻防をしばらく繰り返した後,雪枝さんがまた口を開いた。
「お姉さん,お願いがあります。」
この世を離れた妹が生きている自分にお願いとはどういうことだろう。上掛けの下で耳をそばだてる奈津子姉妹に意外な言葉が飛び込んできた。
「今すぐにはできないと思いますが,東京神殿に行って親子の結び固めの儀式をお願いします。わたしだけ漏れています。」
あっ,と奈津子姉妹は思った。当時,自身の戸籍を取り寄せて先祖の儀式を行っていたが,生後間もなく亡くなった雪枝さんは役所に届出がされず,戸籍に記載されていなかったのである。
上掛けを引き下げて「お願いします」返す雪枝さんに奈津子姉妹は「分かった,分かったよ」と応じる。そのとき,隣家で飼われていた鶏にわとりが鳴いた。外に目をやるとすっかり明るくなっている。
「セミナリーに行かなくちゃ,と飛び起きて車に乗りました。もしかしたらまだ雪枝は部屋にいたのかもしれないけど,朝の光が差し込む部屋の中には何も見えませんでした。」
奈津子姉妹はその朝,いつものように教会でセミナリーを教えた。雪枝さんとのやりとりについては,しばらく覚えていたものの,いつしか忙しい日常に紛れて忘れてしまった。
家族歴史センターでの不思議
それから 3 か月後,ステークの東京神殿団体参入が行われ,奈津子姉妹も参加した。道中思い出して,友人の津つ嘉か山やま春はる枝え姉妹に雪枝さんとの邂逅について打ち明けた。
予定よりも早く到着した奈津子姉妹は津嘉山姉妹とともに,東京神殿から歩いて数分の家族歴史センターへ立ち寄った。
自動ドアが開いた途端,女性の職員が「新あら垣かき姉妹!」と奈津子姉妹の旧姓で呼びかけてきた。「えっ,て思いました。でもバプテスマを受けたときは新垣だったので,当時の知り合いなのかと思って返事を
したんです。」
するとその見知らぬ姉妹ははっきりと言った。「雪枝さんの結び固めが漏れていますので,今日受けてくださいね。」
一度も会ったことのない彼女がなぜ,戸籍にも載っていない雪枝さんのことを知っているのか。驚いた奈津子姉妹は反射的に「はい」と答えて家族歴史センターを後にした。
「あまりにびっくりして,その方の顔を見る勇気もないままドアを出て津嘉山姉妹と顔を見合わせました。やっぱりあの出来事は本当だったんだって。」
***
家族歴史センターでの不思議な経験
は,奈津子姉妹の胸に雪枝さんとの約束を深く刻み込んだ。
沖縄へ戻り,再び自身の系図と向き合った。「神様はわたしたちが知らない間にいろんな人を使って導いてくださるという事がよく分かります。
あの職員の姉妹も多分わたしのことを知らないし,自分が何を言ったのかも分からなかったんじゃないかな。」
こうして 1995年 11月18日,東京神殿にて,雪枝さんが待ち望んでいた親子の結び固めが執り行われた。
妹がくれた証とともに当時は怖くて妹と向き合うことができなかった奈津子姉妹だが,今は自分が霊界で雪枝さんと再会する日を楽しみにして
いる。
「あのとき現れた雪枝は亡くなった赤ちゃんのままではなく,大人の女性になっていました。教会員になった雪枝にまた『お姉さん』と呼びかけてもらえる日のことを想像すると大きな喜びがあります。」
多くの先祖が霊界で救いを待っている中,なぜ雪枝さんだけが自分の元に現れたのか,今も奈津子姉妹には分からない。
しかし雪枝さんとの体験は,奈津子姉妹に信仰生活を続けるためのかけがえのない証を与えてくれた。
「雪枝が来てくれたおかげで,わたしは預言者ジョセフ・スミスへの証を得ることができたのよ」と奈津子姉妹は目を細める。
「ジョセフ・スミスの経験を何度読んでも半信半疑だった。でも雪枝に会ったときのわたしと,モロナイに会ったときのジョセフの経験したことが全く同じだったんです。」
─夜通しモロナイと会見し,一晩中起きていた預言者ジョセフ・スミス。
その出来事は,モロナイが去った後すぐに鶏が鳴いたところまで奈津子姉妹の体験とよく似ていた。
「ジョセフ・スミスが与えられたのは教会を導くための啓示で,わたしのは家族に関する個人的な啓示。その違いは分かるけど,同じような体験を通して,確かにジョセフ・スミスは神から導かれた預言者だと分かりました。」
霊界から救いの儀式を求めてきた妹が残してくれた証。奈津子姉妹はその証を胸に,命ある限りこの福音を宣べ伝えていこうという決意を固めている。◆
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このお話は、末日聖徒イエス・キリスト教会2021年12月号リアホナ、ローカルページからご紹介しました。
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ヨハネ14章
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本日もお読みいただいてありがとうございます。
良い一日をお祈りします。