1983 年 4 月の総大会の神権部会に
おいて,当時ブリガム・ヤング大学の学長だったホランド長老が分かち合ったものです。
ホランド長老はこのとき,10 代の息子マットとともに出席していました。
十二使徒定員会
ジェフリー・R・ホランド長老
子供たちと心を通わせる
子供たちから離れてはなりません。わたしたちは努力を続け,手を伸ばし続け,祈り続け,耳を傾け続けなければなりません。
最近ますます明らかになってきているのは,わたしたちは家族に自ら福音を教
え,家庭においてそれらの教えに従って生活しなければならないということ
です。
さもなければ,自分が子供たちのためにしようとしないことを,初等協会の教師や神権アドバイザー,セミナリー教師が子供たちのためにすることはできない
ということに,手遅れになってから気づく危険を冒すことになります。
それほどの大きな責任について,励ましの言葉を述べさせてください。
わたしが〔息子の〕マットとの関係において大切にしていることは,息子が,そして息子の母親や妹や弟も,わたしにとって最も身近で,最もいとしい友であるということです。
今夜のこの神権会に,わたしはこの世のどんな男性の友人よりも,息子と一緒にいたいと思っています。
わたしはマットと一緒にいるのが大好きです。
わたしたちはたくさん話をします。
たくさん笑います。……
わたしは息子のために祈り,息子とともに泣き,息子のことをたいそう誇りに思っています。……
結婚して間もないころ,小さい子供たちを抱えながら,ニューイングランドの大学院で懸命に学んでいました。
〔妻の〕パットはワードの扶助協会会長を務め,わたしはステーク会長会で奉仕していました。
わたしはフルタイムで学校に通いながら,半日は教えていました。
わたしたちには当時,幼い子供が二人おり,お金はあまりなく,大変なプレッシャーを感じていました。
要するに,わたしたちは皆さんと同じような生活を送っていたわけです。
ある夜,学校での長い一日を終えて帰宅したわたしは,まるでこの世の重荷が自分の両肩にのしかかっているように感じていました。
何もかもがいつもよりもいっそう過酷で,落胆と暗闇の中にあるように思えました。
夜明けが来ることはあるのだろうかと思いました。
そして,自分たちのささやかな学生向けアパートに入って行くと,部屋の中が妙に静まり返っていました。
「どうしたんだい?」 わたしは尋ねました。
「マシューが,あなたに話したいことがあるって」と,パットは言いました。
(10ページ リ ア ホ ナ)
「マット,何を話したいんだい?」
マットは部屋の隅で静かにおもちゃで遊んでおり,必死にわたしの声など聞こえないというふりをしていました。
「マット。」もう少し大きな声で,わたしは言いました。
「パパに話したいことがあるのかい?」
マットは遊ぶのをやめましたが,目を上げるまで一瞬の間がありました。
それから,二つの大きな,涙がいっぱいにたまった茶色い目がわたしの方を向き,5 歳児にしか分からない痛みを感じながら,マットは言いました。
「今日の夜,ぼくはママの言うことをきかないで,口答えをしてしまったの。」
それだけ言うと息子はわっと泣き出し,その小さな体は悲しみで震えていました。
幼く軽率な行動はすでに戒められ,つらい告白はすでに行われ,5 歳の子供はまさに成長を続けていました。
愛に満ちた和解が遂げられつつありました。
何もかもうまくいっていたのかもしれません。
わたしを除いて。
そのときわたしがどんな行動に出たかをお話しするのは,言葉で言い表せない
ほどの恥ずかしさを感じます。
わたしは,怒りを爆発させてしまったのです。
マットに対してではありません。
自分の心の中にたまっていたたくさんのことに対してです。
けれどもマットはそれを知らず,わたしはあまりに混乱していて,それを認めることができませんでした。
息子は,わたしの癇かん癪しゃくをすべてぶつけられたのです。
わたしは息子に,君にはほんとうにがっかりした,もっと期待できると思っていたのに,と言いました。……
それからわたしは,マットが生まれて
から一度もしたことのないことをしました。
息子に向かってこう言ったのです。
今すぐベッドに行きなさい,わたしは一緒にお祈りをしないし,寝る前のお話もなしだ,と。
すすり泣きながら,息子は言われたとおりにベッドの脇へ行き,ひざまずきました。
一人で祈るために。
それから小さな枕を涙で濡らしました。
本来ならば父親がぬぐってやるべき涙です。
わたしが帰宅したときの静けさも確かに重苦しいものでしたが,このときのそれは比べ物にならないほどでした。
パットは何も言いませんでした。
そうする必要もなかったのです。
わたしは最悪の気分でした。
しばらくの後,わたしたちは自分たちのベッドの脇にひざまずきましたが,家族への祝福を求めるわたしの力ない祈りは,自分の耳に恐ろしいほど空虚に響きました。
わたしは今すぐ
(2021 年 6 月 号 11ページ リアホナ)
立ち上がってマットのところへ行き,赦しを請いたいと思いましたが,息子はもうとっくに安らかな眠りに就いていました。
わたしの方は,安らぎはそうすぐには訪れてはくれませんでしたが,やがて眠りに落ちると,めったに見ない夢を見始めました。
夢の中で,わたしはマットと一緒に引っ越しのために 2 台の車に荷物を詰めていました。
マットの母親とまだ赤ん坊の妹は,なぜかそこにはいませんでした。
作業が終わると,わたしは息子の方を向いて言いました。
「よし。マットが 1 台の車を運転
して,もう1 台をパパが運転しよう。」
この 5 歳児は,とても従順にシートによじのぼり,巨大なハンドルをつかもうとしました。
わたしはもう1 台の車へ歩いて行き,エンジンをかけました。
車を発進させながら,わたしは息子の様子を見ようとそちらへ目をやりました。
マットはがんばっていました。
必死にがんばっていました。
ペダルに足を伸ばしても,とうてい届きません。
ノブを回したり,ボタンを押したりして,エンジンをかけようともしていました。
マットの姿はダッシュボードの向こうにかろうじて見えるくらいでしたが,それでもそこからこちらをじっと見詰めているのは,あのときと同じ,大きく美しい,涙がいっぱいにたまった茶色い目でした。
車を出そうとするわたしに,息子は叫びました。
「パパ,置いていかないで。どうやればいいのか分からないんだ。ぼく,小さすぎるんだよ。」
わたしはそのまま走り去りました。
しばらく後,夢の中のわたしは,はっと自分のしたことに気づいて,恐怖に駆られました。
大急ぎで車を止め,ドアを乱暴に開け,全速力で走り出しました。
車も,キーも,持ち物も,すべてをそこ
に置いたまま走りました。
歩道は燃えるように熱くてわたしの足を焼き,地平線に子供の姿を探そうとするわたしの懸命な努力を涙が邪魔します。
わたしは走り続け,祈り続け,赦しを請い続け,息子が無事であるように願い続けました。
体も心も疲れ果てて倒れそうになりながらカーブを曲がると,そこにはわたしがマットに運転させようとしていた見慣れない車がありました。
車は危なくないよう道の脇に停めてあり,息子は近くで笑い声を上げながら遊んでいます。
年配の男性が一緒にいて,息子の遊びに付き合っていました。
マットはわたしを見ると,大声でこんな感じのことを言いました。
「あっ,パパ。こっちにおいでよ。楽しいよ。」
どうやら,息子はすでにわたしを赦し,わたしが彼に対して犯した恐ろしい背きを忘れているようでした。
けれどもわたしは,こちらの一挙手一投足を追っている,その年配の男性の視線が怖くてたまりませんでした。
「ありがとうございます」と言おうとしましたが,男性の目には悲しみと失望があふれていました。
わたしがぎこちない謝罪の言葉をつぶやくと,その見知らぬ人はただこう言
いました。
「あなたはこの子に一人でこんな難しいことをさせるべきではありませんでした。あなたにはそんなことは求められていませんでした。」
それを最後に夢は終わり,わたしはベッドの上ではっと身を起こしました。
枕は汗と涙でぐっしょりと濡れていました。
掛け布団をはねのけると,わたしは大急ぎで息子がベッドに使っている金属製の小さなキャンプ用寝台まで走りました。
そこでわたしはひざまずき,涙を流しながら,両腕に息子を抱き締め,眠っているわが子に語りかけました。
わたしは息子に言いました。
どこの父親も間違いをするもので,けれどもわざとじゃないんだ,と。
わたしがついてない一日を過ごしたのは君のせいじゃない,と。
父親というものは時々,息子が 5 歳や 15 歳であることを忘れて,50 歳だと思ってしまうことがあるんだ,と。
わたしは君にずっとずっと小さい少年のままでいてほしいと思っている。
なぜなら,君はあっという間に成長して,大人になって,わたしが家に帰ってきたときに,床の上でおもちゃで遊んでいてはくれなくなるから,と。
君を,君のお母さんを,君の妹を,わたしはこの世の何よりも愛しているし,人生でどんな困難があろうとも,わたしたちは一緒に立ち向かって行くんだ,と。
わたしはもう二度と,自分の愛情や赦しを君に与えずにおくようなことはしない。
そして君がわたしに愛や赦しを与えずにおくことがないよう祈っている,と。
わたしは君の父親であることを光栄に思っていて,これほどの大きな責任に対してふさわしくあれるよう,心を込めて努力する,と。
わたしは,自分があの夜に誓ったとおりの完璧な父親であることをまだ示せてはいませんが,今でもそうなりたいと思っていますし,努力を続けています。
わたしは,ジョセフ・F・スミス大管長の次の賢明な助言を信じています。
「……もしあなたが子供たちと心を通わせ,手の届く範囲に子供たちを置くならば,またあなたが愛して〔いる〕……ことを感じさせるならば,子供たちはさほど遠くへは行かないでしょう。」1
……子供たちから離れてはなりません。わたしたちは努力を続け,手を伸ばし続け,祈り続け,耳を傾け続けなければなりません。
わたしたちは子供たちを「手の届く範囲に」置かなければならないのです。■
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