12月12日の日経新聞、半歩遅れの読書術に翻訳に関する面白い記事があった。
・どんな優れた翻訳でも原書とは「ズレ」が起こるのが必然だ。
・それぞれの言語に独自の文化が内包され独特の世界観を有しており「等価」はありえないのが1つの理由。
・翻訳方法には大別して2種類がある。哲学者フリードリッヒ・シュライアマッハー曰く
1.「著者を読者に向けて動かす訳」=読みやすさ優先→原文と離れ「翻訳者は裏切り者」となる。
2.「特赦を筆者に向けて動かす訳」=原文の異質性を重視する→原文には忠実だが訳文は翻訳調になる。
この「翻訳者は裏切り者」はイタリアの格言なのだと。
聞いたことが有った気もするけど、改めて調べてみた。
Traduttore, traditore.
(Traduttore è traditore.と書かれているものもあるけど、動詞を入れないの原型では?)
というのもこれ、格言でありながら、"paronomàsia"という掛詞、言葉遊びなのだ。
翻訳家は「トラドゥットーレ」、裏切り者は「トラディトーレ」
Fratelli, coltelli(兄弟、ナイフ)やParenti, serpenti.(親戚、蛇)など、意味は関係なく発音が似ている2つの言葉を並べた言葉遊び。
日本語なら???
「雨と飴」「花と鼻」この類の言葉遊びなのか???
と既にここで"paronomàsia"に100%合致した日本語が分からない…
イタリア語のWikipediaには”Intraducibilità”(翻訳できないこと、翻訳で表せないこと)というページが存在する。
そこを読んでみるとこの"paronomàsia"についても書かれていた。
イタリア語の“traduttore, traditore”を、例えば英語に翻訳すると“translator, traitor”になるが、この時点で意味は訳せたとしても言葉遊びは成り立たない。
片やハンガリー語を使うと、イタリア語と同じような言葉遊びができる
私には発音できないけど、”fordítás: ferdítés"となるが、意味は「翻訳はゆがみだ」となる。
意味は通らないわけではないけど、イタリア語の翻訳としては成り立たない。
翻訳ができない”言葉遊び”の埋め合わせをするために、翻訳家は文章には存在しない別の単語を加えなくてはならない。
それも「翻訳者は裏切り者」の所以なのか?
大体この”Traduttore, traditore.”をイタリア語ではadagioとかproverbioといっていて(既に単語は複数)、それは日本語にすると「ことわざ」や「格言」を表す。
日本語で検索すれば、このフレーズ(?)を「格言」と訳している人もいれば「警句」と訳している人もいる。
じゃあ、「格言」と「警句」どちらを使うべきなの?
「格言」とは、人生における真実や、物事の精神簡潔にまとめ、万人への教訓となるような短い言葉。
「警句」とは、短く端的な表現でありながら真理を鋭くつついた言葉で、皮肉的な表現が含まれていることが多い。
他にも似たような単語に「箴言(しんげん)」(戒めになる言葉で、教訓の意味をもつ短い言葉のことを指す。『ソロモンの箴言集』が有名で、旧約聖書についての内容の際に使われることが多い)や「ことわざ」(昔から人々の間で言い習わされてきた教訓やそれとなく広まった言葉や出来事)などもある。
さてさて、裏切り度が一番低いのはどれなのか?
数学のように答えは1つではないから、翻訳は難しい。
参考:https://it.wikipedia.org/wiki/Intraducibilit%C3%A0#Poesie,_paronomasia_e_giochi_di_parole
ところで、この”格言”を検索したら面白い記事がヒットした。
長崎外国語大学名誉教授でフランス語を教えていた戸口民也氏が書いているのだが、詩を訳することが一番裏切り度がひどくなると言った後で、
”その詩を形づくっている言葉の意味だけではなく(あるいは意味以上に)言葉のもつ音や響きやリズムも重要な要素として味わう。ところが音とか響きとかはまさに翻訳しようがないのである。”
と言っている。
これこそまさに言葉遊びと同じことだ。
しかしだからと言って散文が「裏切り」なく翻訳できるわけではない。
”歴史、文化、風俗、習慣、生活様式が違えば、ものの見方や考え方も違ってくる。そのため、単語とか表現そのものが、こちら側の、あるいは相手側の言葉に全然ないことがよくあるのだ。いや、たとえ単語とか表現が双方の言葉に存在していたとしても、『ずれ』はつねに起こりうる。”
と言っている。
そして1つの例を挙げている。
”《croissant》というフランス語がある。「三日月」のことだが、カタカナにすれば「クロワッサン」つまり三日月の形をしたパンである。私たち日本人には、「三日月」と「クロワッサン」とはまったく別の単語である。だから、この二つの語から連想するものも、それぞれ別だろう。しかも厄介なことに、フランス語の《croissant》からフランス人が抱くはずのイメージは、さらにまた違うのである。
フランス人にとってこの語は、歴史的にはイスラムとくにオスマン・トルコ帝国(とその旗印)を連想させるものだった。さらに付け加えるとこの語は「成長・増大する」という意味の動詞の現在分詞形からきたものだ。また経済「成長」などと言うときに使われる語《croissance》(クロワッサンス)も関連語のひとつで、音からもすぐ連想しそうである。しかし翻訳では、こうしたイメージや意味の広がりを半分も伝えることができない。「三日月」であれ「クロワッサン」であれ、訳語はどれかひとつに決めなければならないし、決めたとたんに、もとのフランス語がもっていた広がりも切り捨てるほかないのである。”
引用:http://www.nagasaki-gaigo.ac.jp/toguchi/works/tog_essai/traducteur.htm
(続きの文章も非常に勉強になったので是非サイトをご参照あれ)
そうかぁ、フランス語では「クロワッサン」にそんな意味があるのかぁ…と思ってはっとした。
宿題があったはず。
このフランス語の「クロワッサン」、イタリア語の「コルネット」ではない!?という話。
イタリアの「コルネット」はこれ。三日月型ではないことが多いけど…
ここの美味しかったなぁ…ピスタチオクリーム入り。
数日前cornetto(コルネット)もbrioche(ブリオッシュ)もイタリアではこれを指すけど、どちらもcroissant(クロワッサン)ではない、という話をしかけていた。(こちら)
brioche(ブリオッシュ)とは?
写真:https://www.lacucinaitaliana.it/storie/piatti-tipici/brioche-cornetto-croissant-differenza/
真のフランスのブリオッシュはバター、小麦粉、砂糖、卵、酵母菌、水、ラードで出来たドルチェ。
(dolceを「お菓子」と訳すとなんとなくしっくりしないので、敢えてそのままに。)
他の2つと比べると特徴的なのはバターと砂糖の量、そして一番柔らかくて、膨らんでいる。
丸みを帯びた形で、大抵上にちいさな丸い玉を乗せたような形をしている。
これはシチリアでジェラートを挟んだり、グラニータ(granita)に浸して(!?)食べるbrioscia(brioscia cû tuppuまたはbriscia câ còppula)も形は同じ。
写真:Wikipedia
フランスのブリオッシュは何も入っていないのが普通だけど、クリームやチョコレート、ジャムなどが入っているものもある。(ジェラートは挟まない!)
cornetto(コルネット)とは?
写真:https://www.lacucinaitaliana.it/storie/piatti-tipici/brioche-cornetto-croissant-differenza/
イタリアのコルネットの原型はウィーンの伝統的なドルチェ。
”父”はkipfel(キプフェル)と言い、これドイツ語で「三日月」という意味。
標準ドイツ語ではHoernchen(これwikipediaには日本語表記「ヘルンヒェン」と書かれているけど、一般的には「ヘルンヘン」?)と言い、「小さな角の意味」と書かれている。
これはヘルンヘンかな?コルネットかな?
去年の今頃、Bolzano(ボルツァーノ)で撮った写真。
良く見たら、これイタリア国内の一般的なコルネットの生地感じゃないのよね。
あっ、そっか、コルネットも「小さな角」という意味。
だからこの二つには、フランス語の「三日月」のような意味の派生はない。
このキプフェルはなんとクロワッサンの”父”とも考えられ、上記の「三日月」エピソードをこのキプフェルも持っているという。
甘い菓子のキプフェルと甘くないパンのキプフェルがある。
甘いものはクリスマスに近い待降節の時期に作るヴァニラ・キッフェルン(Vanilla Kipferl)が有名で、パンには濃い味のハムなどを挟んだり、スープに浸して食べるらしい。
キプフェルは1683年にイタリアにやってきたと考えられている。
この時期ウィーンとヴェネツィアは交易をしていて、ヴェネツィアの菓子職人がキプフェルからコルネットを作り出したと考えられている。
決定的な違いは材料で、コルネットは小麦粉、牛乳、卵、砂糖、塩、バターと酵母で作られ、がキプフェルはバターを使わない。
コルネットの中には空かクリームやジャムなどを詰める。
州によってバリエーションがある。
polacca anconitanaは、マルケ州のコルネットで、大きさが普通より断然大きい。
中身も他の州ではあまり見ない(見たことない!)薄く伸ばしたマジパンが入っていて、卵白と砂糖の糖衣で覆われている。
マジパン?全然想像できない…
じゃあ、
croissant(クロワッサン)って?
写真:https://www.lacucinaitaliana.it/storie/piatti-tipici/brioche-cornetto-croissant-differenza/
既に書いたとおり、クロワッサンの”父”はウィーン生まれのキプフェル。
しかし、同じ”父”を持っていても、クロワッサンとコルネットは同じではない、まさに”兄弟”か?
クロワッサンはコルネットの弟。
1838年、パリにBoulangerie Viennoiseのオープンと一緒に生まれた。
(1863年Dictionnaire de la langue françaiseに初登場している。)
また1770年マリー・アントワネットお抱えのパン職人がフランスに伝えた、という説もある。
”兄弟”の違いはたった1つの材料、卵を使うか使わないか。(クロワッサンも実際には焼くときに黄金色になるように表面に卵を塗るが)
クロワッサンは、卵を使わないことでバターの匂いをより引き出し、イタリアのコルネットとは違う、ふわふわで軽い他には代えがたいクロワッサンの味になる。
フランスでは、普通クロワッサンにはクリームやチョコレートは入れない。
例えばチョコが入ったものはpain au chocolatがある。
コルネットに比べたら砂糖が少ないので、サラミやチーズを入れたり、ジャムを入れたりして食べても良い。
最後に北のブリオッシュと中央ー南のコルネットには重要な違いがあることを付け加えれおく。
ブリオッシュはほぼ朝食でしか食べられないがコルネットはいつでも、夜でも売られている。
北イタリアでは日没後に温かいコルネットがあるパン屋やバールに出会うことはないが、中央ー南イタリアでは夜遅くでも食べることができるので、夜甘いものが食べたくなっても安心だ。
参考:https://www.lacucinaitaliana.it/storie/piatti-tipici/brioche-cornetto-croissant-differenza/
※上記はあくまでもこのサイトを参考にしているので、他の資料とは異なる記述(例えばWikipediaには、クロワッサンはフランスに「1686年にオーストリアハプスブルク家がブダペストをトルコ軍から奪回した際に作られた」とある)があるかもしれませんが、ご了承下さい。
最後に今日のPresepio(プレゼピオ)
再び三博士
しかし、作り方が雑らしく、一人で立てず、ラクダに寄りかかってます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます