フジサキヒロカズ@音楽づくり

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即興音日記#166「ぜんぶがひとつ」ミュージックビデオに寄せて

2023-09-15 16:52:29 | 音楽

前半部のギターを思いついてから、どう弾こうか、どんな言葉を歌おうか、頭の中で少しリハーサルをしました。
じゃあ撮ろうと思って表現し始めたら、いきなり、リハーサルしていたイメージとは違う始まり方をしました。そんな自分に少し驚き、同時に嬉しくなりながら、次どうしよう、次どうしよう、と考えながら、楽しみながら、また今日も歌のようなものを表現しました。

よしやるぞ!と思って取り掛かるのは、しんどい。
だから肩の力を抜いて、さらっとやりたい。
これは165曲目も、この166曲目も、いつも同じです。

今この部屋で生起したことをそのままに。受け入れながら。
即興=作曲。作曲することは生きること。
心臓が動いている/生きているこの事実に、音痴だとか、間違ったとか、やり直したいとか、ないので。

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即興音日記#166「ぜんぶがひとつ」フジサキヒロカズ
improvised daily music#166 ”everything becomes one thing/one person” fujisaki hirokazu
2023年9月10日 自宅録音/自宅録画


即興音日記#165「色のない空の色は」ミュージックビデオに寄せて

2023-09-09 18:36:37 | 音楽

即興音日記#165「色のない空の色は」
improvised daily music#165 ”the color of the colorless sky is”
2023年9月7日 自宅録音/自宅録画

ギターを抱えてからこのミュージックビデオを作り終えるまで、30分弱でした。

自宅での仕事の合間に、つくりました。

ギターを弾いて、声を出しながら、目に映った言葉や頭に浮かんだ言葉を発していって、何か「歌のようなもの」を表現しました。
1回しか歌っていないし、1回しか録画していません。

日々の暮らしと地続きの、即興の音の日記です。
これで165曲目になりました。

よしやるぞ!と思って取り掛かるのは、しんどい。
だから肩の力を抜いて、さらっとやりたい。
即興=作曲。作曲することは生きること。

わたしたち、生きているあいだ中、ずっと眉間に皺を寄せていたら、しんどいですものね。


『音楽と非音楽のあいだ=日常』リリース2周年

2023-03-26 10:53:19 | 音楽

2021年3月14日にアルバム『音楽と非音楽のあいだ=日常』を配信&CDリリースして、丸2年が経ちました。
全身全霊をかけて制作した11曲の音楽を、それを形にしたCDのアートワークを、心から愛おしく、誇らしく思います。

このリンクから全曲を聴くことができます(個人的にはYouTube Musicをよく使います)

Between Music and Un-music i.e. Everyday by Hirokazu Fujisaki

Between Music and Un-music i.e. Everyday by Hirokazu Fujisaki

Album • 2021 • 11 Songs • 38 mins

TuneCore Japan

 

以下、このアルバムについて少し書きます。
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「まだ見ぬ外部と出会う」ために私は作曲と即興を行っている。
まだ見ぬ外部は日々の暮らしの中に在る。
まだ見ぬ外部は暮らしの中から生まれてくる。
音楽は日常。
非音楽もまた日常。
音楽と非音楽のあいだに在る全ては日常。

非日常に没入したいという願いは私にはない。
私にとって音楽は、私を非日常に連れて行ってくれる道具でも手段でもメディアでもない。

外部は未知。
音楽は暮らしと地続きの外部。
未知は暮らしの中にある。
作曲することは生きること。
音楽は、素朴さと静寂と複雑さと興奮と越境と喜び。私にとって愛おしい音楽は、これらが感じられるもの。私の音楽もそうであってほしい。

このような考えのもと『音楽と非音楽のあいだ=日常』というアルバムタイトルを付けた。
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私の音楽は、大衆音楽でも商業音楽でも芸術音楽でもない。
私の音楽は、人間の音楽。
有史以来、世界中の人間が生み出してきた音楽は全て、
大衆音楽、商業音楽、芸術音楽である以前に、人間の音楽という地平に在ると私は考えている。
プロフェッショナル/アマチュアという概念や、良い/悪いという判断は、人間の音楽の地平においては些事に過ぎない。私にとっては。

もう一つ、人間の音楽にとって大切なことは、全ての人は生まれながらにして作曲者という事実。
世界中の人は皆、自分の暮らしに相応させた音楽をつくることができる。
私も作曲者。だから私の音楽も「人間の音楽」の地平に在る。
その地平にある無数の砂の一粒として、人がこれまでつくってきた音楽の歴史に連なっている。

私以外の誰か一人が、80億に届こうという人々の中の誰か一人が、この音楽に触れてくれたら。
そんな小さな希望を頭の隅の隅に忍ばせつつ、日々私は喜びの中で音楽をつくっている。

音楽はミュニケーション。
もし私の音楽に触れ、何かを感じた方がいて、もし何かが生まれるのなら、これに勝る喜びはない。
困惑、躊躇、否定、嫌悪。それらの感情の表明もまた、私にとっては望ましいコミュニケーション。
すべては私にとって、まだ見ぬ外部なのだから。
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これまでこの作品の制作と聴取に関わってくださった多くの方々、これから関わってくださるかも知れない新たな方々、
本当にありがとうございます。


「さがす」"we will look for" / おとのしみ会@カフェドジェーム 2022/09/03録音

2022-09-06 06:18:43 | 音楽

わたしたちは、いままで生きてきた。いま生きている。これからも生きていく。
そこにある不安、受容、確信、勇気、挑戦、喜び。3人それぞれの人生について話した。 そのあと、おもむろに即興表現をはじめた。
先にテーマだけ決めておこう。「さがす」にしよう。わたしたちは、これからどうやって生きていくか、その道を、その場所を、探しながら暮らしているから。
二度と同じ演奏はできない。あとにも先にも、世界にひとつしかない演奏。 わたしは思いがけない外部に出会うことができた。 かけがえのない時間、かけがえのない感覚を、この演奏の中に聴くことができる。 16分41秒。

本当にありがとうございました。

2022年9月3日 おとのしみ会代表
藤崎博和

 

 


「海中の蝶々 remix」ミュージックビデオに寄せて

2022-08-16 10:54:42 | 音楽

2022年8月の猛暑の中、2020年8月25日に録音した「海中の蝶々」のミュージックビデオをPCの中で見つけた。2020年12月にYouTubeに既にアップしてあるヴァージョンは音が耳に痛い。当時の録音技術が今よりも未熟であったのは仕方がない。2年経った今なら、この曲をもう少し良い音で残してやれると思った。

そこで、曲の骨格はそのままで、編曲と録音を少しだけやり直し、再度ミックスダウンした。

曲の背景で鳴き続けている蝉の声はそのまま。Pexelsの素材画像だけで制作したミュージックビデオも、僅かに編集を加えただけ。自分の曲をおさらいして、今の私が応答した。

 

■「海中の蝶々」歌詞

試したい 泳ぎたい 透き通る海

わたしの この羽 動かせるのか

沈んでも構わない 溺れてもいい

やらないよりはいい

誰にも知られない試み

この羽 この羽 動かせるのか

構わない 溺れてもいい

やらないよりはいい いい