You can’t put a limit on anything. The more you dream, the farther you get.
「どんなことにも、限界を定めることなんてできません。夢見れば夢見るほど、得るものがあるでしょう」
リオデジャネイロオリンピックの競泳男子でオリンピック通算金メダル数を22個に伸ばした“水の怪物”、マイケル・フェルプス選手(米国)。
マイケル選手は今では史上最強のオリンピック選手として有名ですが、最初に出場した2000年のシドニーオリンピックでは、200mバタフライのみ出場し、5位という成績でした。このときはメダルを狙って試合に臨んだ訳ではなく、「68年ぶりのオリンピック最年少の男子スイマー」としての話題でした。
幼少時のマイケル選手は、じっと座っていられない、静かにできない、集中できない子どもだったそうです。7歳の時に水泳を始め、そのころ、両親が離婚。9歳の時にADHDの診断を受けます。ADHDとは注意欠陥多動性障害(AD/HD: Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)と言われ、「集中できない(不注意)」「じっとしていられない(多動・多弁)」「考えるよりも先に動く(衝動的な行動)」などを特徴する発達障害です。目立つのは小中学生ごろと言われ、思春期以降はこういった症状が目立たなくなるとも言われています。
小学生の頃は細く、背が高くて、耳が大きかったので、学校ではいじめを受けたそうです。また、一人の教師がお母さんに「あなたの息子はなにかに集中することができるようになることはないでしょう」と言ったそうです。しかし、それでもマイケル選手のお母さんは息子の可能性を信じ、「マイケルはいつも、じっとしていられなくて、疑問に思ったことの、答えを求めていた、とてもエネルギッシュな少年でした」と言っています。
9歳の頃に水泳に打ち込み、10歳の時に自身と1つ上の年代のナショナルレコードを更新。11歳の時、ボブ・ボウマン・コーチ(競泳アメリカ代表チームコーチ)と出会います。ボウマン・コーチは、マイケル選手の才能を見抜き、彼の才能を信じました。そして、この頃にマイケル選手がお母さんに「もう、これ(薬)を飲みたくないよ。ママ、友達は飲んでないよ。(飲まなくても)ぼくもできるよ」と薬の服用をやめたいと訴えたそうです。
子どもの頃のマイケル選手は、食事時間に自分が泳いでる姿を何度も繰返しビデオで見て、泳ぎを研究していたという。映像で見せて、繰り返し研究するという方法がADHDのマイケル選手に向いていたのかも知れないと言われています。中学校の校長先生であるマイケル選手のお母さんは育児について「私は命ずるため、指導するためにいるのではありません、私は彼のやりたいことに耳をかたむけ、問題を解決し、賢明な決断を下すように助けようとしてるだけです」と語っています。
さて、最初のオリンピックの試合でボウマン・コーチとマイケル選手は多くのことを学び、今後のために些細な事でも記録を残しました。例えば、緊張から予選と準決勝で水着の紐を結ぶのを忘れた。このことでトラブルは起きませんでしたが、地元に戻ってから水着が脱げないようにするという単純なタスクを必ず練習することにします。しかし、このときの経験から学んだことは記憶に残り、4年後のアテネで緊張することはありませんでした。準備を整えていたからこそ、自信も備わり、本番ではまったくミスすることなく6個の金メダルを勝ち取れました。
マイケル選手の努力、才能もあるでしょうけど、ボウマン・コーチとの出会いがやはり、大きかったとも言えるかも知れません。
「本番―特にそれが最初のパフォーマンスの場合は、その経験からできるだけ多くのことを学ぶ姿勢で臨もう」
ボウマン・コーチは教え子たちにそう伝えています。結果以外のことを考えるのは難しいかも知れません、それでも、ひとまずやってみることだそうです。経験を積むたびに全体のレベルが上がり、将来のより大きな成果の準備が整うというのです。簡単に言いますと、ドラクエのようなゲームで、経験値を上げ、より強固な武器を手にします。これって、次に現れる、より強大な敵との戦いへの準備なのですよね。
次に大事な場面でも集中力をキープし続けられるかどうかです。
大きな試合で失敗する原因は試合と試合の間で気が散ってしまい、集中力が途切れてしまうのだといいます。家族、友人、仕事、娯楽、ツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ゲームアプリのそれらはすべて、目の前の目標に集中する妨げになるそうです。いやいや、なかなか手厳しいものです。試合では、集中力を妨げるさまざまなものをすべて排除して本番に臨む態勢が整っていなければなりません。だからスポーツ心理学者の協力を得て、試合に集中できるようにサポートするそうです。
「君がレースですべきことは何だ?」
「メダルをとること、相手を負かすこと、賞金を勝ち取ることです」
「いや、違う。君がすべきことは、A地点(出発点)からB地点(ゴール)までできるだけ速く泳ぐことだ。速く泳ぐことは、ライバルやメダルとは関係ない。大事なのは、自分がすべきことに集中することだ。速く泳ぐために必要なこと、つまり、レースプランとテクニックに集中する。それだけだ。メダルとか、おカネ、情熱、レーン、ほかのスイマー、ソーシャルメディア、マスコミ、そんなものは君の足を引っ張る騒音でしかない。そんな無関係なものを気にしていたら混乱するだけだ。単純に考えようよ」
そして、レースの前に手か足の甲に文字を書くことを勧めているそうです。言葉や記号でもいいそうです。手の甲と足の甲はレースに臨む選手の視界に必ず入るので、そこに「キュー(合図)」を描いておけば、それを見て、心を落ち着け、「単純な仕事」に集中すればいいことを思い出させるのだそうです。
この方法は水泳以外でも使えるそうです。
「4人の子供をもつ専業主婦がいるとするね。父親は遅くまで働いているから、母親が4人全員の送り迎えをしなければならない。母親には1人でこなしきれないほどの用事がある。食料品店に行って、夕食の材料も買わなければならない。そんなとき、手の甲に“食料”と書いておけば、どんなに込み入った状況になっても、食料品店に寄ることを思い出す。混乱から1歩離れて、深呼吸して、店に向かえと伝えるからだ。そして、任務が完了する! たくさんの仕事をこなすと有能に見えるが、優先順位を決めて、仕事の数を管理できる範囲に留めないと、きりきり舞いして、しかも質が低下する。仕事を細分化して、1つずつ片づけ、ほかのタスクを思い出させるキューを利用すれば、すべてのタスクを効率よく、質を落とさずに予定どおりに行うことができるよ」
そして、プレッシャーへの対応になります。
野球で大事な場面で何でもない打球をエラーしてしまったり、満塁サヨナラのチャンスがある打席で好球に手が出ず、見逃し三振に終わった場面を見ることがあります。いつもなら、他の状況だったら別の結果だったかもしれません。これは本番という、通常以上のプレッシャーを感じる場に置かれ、身体ではなく精神面が最良の状態になれなかったのです。普段は上手に出来ても、プレッシャーがかかると普段どおりに出来なくなってしまう。状況に負けて、「自分がそこにいるのは勉強してきたことや練習してきたことを行うためだ」という単純な理由を見失ってしまうのです。先を見て、結果に意識を向けてしまう。失敗したらどうしようと思ってしまうからだそうです。
プレッシャーがかかる状況に直面したときは、自分自身と自分のプランだけを見つめること。“今”に集中して、これまで何回も完璧をめざして練習してきたことをそのまま行うことです。それさえ守れば、望みの結果はついて来るようになります。
マイケル選手は最初のオリンピック以降、試合でプレッシャーを感じて失敗したことがありませんでした。でも、常に勝ったかといえば、そんなことはありません。それはその日、ライバルがよい泳ぎをしたからと考えています。また、プレッシャーを感じすぎずにいられたのは、勝利を目標にしないで、タイムを目標にしたこともあるそうです。自分がコントロールできるものに焦点を合わせたからでもあるそうです。目指すのはあくまでもそのタイムを出す泳ぎなのです。
マイケル選手は幼少の頃から、負けるのが嫌いだと言ってきました。
しかし、本当に嫌うのは目標を実現しそこねることだという。
誰かに負けるのと、自分に負けるのは違います。自分に負けることは許されない。ただそれだけのことなのです。
「水から出る時に『やるべきことは全て達成した』、そう言って終わりたいんだ」
水の怪物の最終章はリオデジャネイロで終結です。