「選手はダメじゃない」
全国各地で高校野球の春季大会が行われています。既に都道府県大会が終了し、地区大会進出を決めたチームがあれば、今年の夏に向けてスタートを切っているチームもあるなか、3月27日に行われた春季高校野球三重県大会南勢地区一次予選で、0-91の5回コールドで敗れた英心高(伊勢市)の豊田毅監督の言葉です。
創部2年目の英心高は、甲子園に出場経験のある宇治山田商高(伊勢市)と対戦しました。
英心 0 0 0 0 0｜0
宇治山田商 ８ 31 41 11 ｘ｜91
相手に取られた得点の合計は91。ホームラン4本を含む62安打を打たれ、エラーは17もありました。
英心高のエース(二年生)は「すごい打線だった。甘い球は全部もっていかれた」「アウトが果てしなく遠く感じた。でも、その一つひとつが格別だった」と話しました。4イニング、269球の完投です。ただ、「投げすぎ」での話題にはなりませんでしたが。
「弱いのに大会に出るな」と批判されたこともあったそうです。
この試合は大敗したものの、エースは「投球を楽しめている気持ちもあった」とのことで、助っ人の部員が守るライトへの飛球を、センターのキャプテン(二年生)が走りこんで捕球した好プレーや大きな声を出して守ってくれている仲間に対して、「全員で12個のアウトをつかみとった」と話しています。4回にみぞおちに打球を受けても、「投げさせて下さい」と続投し、三振も1個奪い取りました。
棄権も覚悟したという豊田監督は「野球を始めた頃は、人に対してびくびくしていたが、あんな目は初めて見た」と喜んだそうです。それに、出場して良かったと感じているとのことです。
「今までは、ピッチャーがストライクに入らず四球が続く試合ばかりでした。すると、相手チームは20～30点も差がつくと、試合を終わらせようとバントして自らアウトになるんです。でも今回の宇治山田商は県屈指の強豪ですが、フルメンバーで最後の最後まで攻撃の手を緩めませんでした。うちのピッチャーもストライクを入れられるようになりました。これは『終わらせてもらっていた試合』と違い、勝負の中ではっきりとついた91点差だったと思っています。初めてチームとして認められたという感覚でした」
試合後、選手が2時間9分の試合に全力を尽くしたことを伝えようと、ツイッターでつぶやきました。
「春大会の日本記録かも知れません。でも最後まで点を取りにきていただいたのがうれしかった。選手はダメじゃないです」
この投稿はあっという間に広がり、
「あなたのチームは日本で一番応援したくなる高校野球部だ」
「この悔しさを糧に夏に向けて！！これからも応援させていただきます」
「お疲れ様でした！ほんとこれからのみなさんの成長期待しています」
「必ず喜べる日はすぐ近くにあると信じています」
など、応援コメントが続々と寄せられました。豊田監督は「強い弱いだけが野球じゃない」と改めて思ったそうです。
豊田監督は2015年7月にツイッターを開始して以来、野球部の練習や試合の模様を時には写真・動画つきで伝え続けています。しかし、発信する内容は競技そのものばかりではなく、部員の卒業後の進路が決まるたびに我が子のように喜んで報告し、2016年11月には「英心高校野球部に入って欲しい」人物として「野球と人生、どっちも真面目に考える人」など5項目を紹介したりしています。2016年12月には「高校の友人は一生の友人になります。なぜなら、自分の意思で選んだ場所には同じ志を持った人が集まりやすいからです」と述べるなど、野球を通じて生徒に何かを学んでもらおうという考えを投稿し続けているそうです。
英心高は一次予選で敗れたチーム同士で戦う地区大会二次予選でも、伊勢高に2-37の5回コールド負けしましたが、公式戦で初めての得点を挙げています。
英心高は練習試合も含めて約３０試合で未勝利。谷口主将は「勝ったらチームや気持ちがどう変わるんだろう。その答えを知りたい」と話す。
2008年に現在の校名に変わった英心高は、もともと不登校の子どもを多く受け入れる学校で、その中には休み時間にキャッチボールをする生徒もいました。そこに野球経験のある豊田監督が、週1回程度のクラブ活動でみんなが楽しめるようにと、野球部を2015年5月に創設しました。男子5人、マネージャーの女子1人から始まり、少しずつ野球に興味のある生徒が入部し、10人まで増え、日本高等学校野球連盟への登録申請がとおり、対外試合を組み始めました。
バット1本、ボール10球、ヘルメットを相手から借りるというチームで挑んだ2015年7月の最初の試合は、0対26で敗れました。現在の9人の野球部員にも数人おり、エースの選手もその一人なんだそうです。中学時代、突然怖くなって3年間学校に行けなかったそうです。野球は未経験でしたが、高校で豊田監督に誘われて入部しました。初めは練習への参加も出たりでなかったりの状況だったそうですが、そのうちに「久しぶりに勝負事を全力でやってみたくなった」とのめり込むようになってきたそうです。
豊田監督は「不登校だった子が、ただ学校に来るようになるだけではダメだと思っています」とした上で「私は野球を通じて心がしっかりと育ってほしい。自分の将来に前向きになり、人間性が形成されていってほしいです。うちの高校の生徒は体力的にもちょっとひ弱なので、野球で受験勉強のための持久力や忍耐力もつくと考えています」と話しています。
英心高は練習試合も含めて約30試合でまだ未勝利です。キャプテンは「勝ったらチームや気持ちがどう変わるんだろう。その答えを知りたい」と話します。
まさしく、高校野球は教育の一環であるというチームでしょう。
