世界の偽(うそ)かたまつて
一つの美遊となれり
井原西鶴「西鶴置土産」序
【明らかにウソをついている
永田町と霞が関のこのごろ
正直者はバカを見る? の巻】
この世のウソが集まり固まって
ひとつの遊びの世界を形作っている。
つまり「遊郭での享楽」を指している。
遊里の遊びは、みなウソで固められている。
客はミエを張って金持ちのフリをする。
遊女はありもしない作り話で客をもてあそぶ。
揚屋の主人はムリな世辞をつらつら並べる。
誰もが本心とは異なる言をあやつっている。
それが遊びの世界の「おきて」であり
堅いことを話すのは「野暮」というもの。
遊び上手とは、適当に話を膨らませては
言葉の遣り取りを楽しむ人をいう。
一つの憂さ晴らしになるのであれば
偽りもまた意義あろうといえようか。
分からないのは、
なにゆえ、
それほど安易に、懐手し、欲被りし、
職を汚す輩が後を絶たぬのか。
しっかりと
堀の中に落として差し上げねばならぬ。