【 ♪ ゲタを鳴らして奴がくる~ 古き良き友の時代は遠くなりにけり
~ 密を避け、薄れゆく「つながり」の世に想うこと
~ 「交友も通信も手間のかかることは、すべて急速に廃れていく」 の巻】
■三十年ほど前?の世相ーー
いまは世の中全体が、
私などの若かった頃に較べて、
すべてがスマートになっており、
交友などという人間同士の面倒で
生臭い附き合いはなくとも、
いたるところに飛び交っている情報を
要領よくつかんで処理していれば、
それでちゃんと暮して行けるかもしれない。
考えてみれば、
私たちの若い頃には電話というものさえ、
あまり普及しておらず、
友人同士が電話で長話をしたりするのは、
戦後の昭和三十年代に入ってからではなかったろうか。
それまでは友達との交流は、
顔を見て話すか、手紙のやりとりをするか であった。
そういえば昭和二十七年、
私は東京大森の電話のない素人下宿で暮らしていた頃、
吉行淳之介から、何かあるたびに、
「ヨウアリ デンワセヨ」
という電報をもらった。
それで市ケ谷の吉行の家に電話すると、
用というのは大抵、
島尾敏夫や庄野潤三が出てきているから遊びにこないか、
というようなことであった。
当時でも、
たしか電報は電話で申し込めるようになっていたが、
電話のない私のところへは
配達夫がいちいち電報を届けにくるのだから、
大変な手間である。
それにしては手早く、
おそらく二時間そこらで届いたように思う。
いや、手紙が東京都内なら殆どその日のうちに届いた。
いまは同じ世田谷区内で速達の郵便を出しても、
翌日でなければ届かない。
友情について書くつもりが、
とんだところへ脱線したが、
要するに交友も通信も手間のかかることは、
すべて急速に廃れていくのであろう。
戦後まもなく颯爽と現れた若き作家たち
いわゆる「第三の新人」の一人
安岡章太郎(1920~2013年)のエッセイから
◇
新型コロナで、生活も仕事も趣味も随分と変わった。
交信の主役は、ラインであり、メールであり、時々はスマホ電話。
手紙、はがきは めっきり減り、電報は「?」。
顔をあわせても、その半分はマスクで覆われ、
表情がうかがえず、声も匂いも判然とせず。
目の周辺から、その心持ちを誰何するほかない。
蟄居生活の中で、PC・スマホの画面を見つめる時間が増えた。
が、同じ文字が並んでいても、わたしは「紙」が好きだ。
それも古い紙、つまり古書の類い。
いにしえの異人たちの思いが詰まっている。
本日もまた在宅勤務のデスクワークーー。