【老いた聖人の悲しみ ~ しかし、決断は峻厳であった の巻】
又、慈信房の、ほうもんのよう、みょうもくをだにもきかず
しらぬことを、慈信一人に、よる親鸞が、おしえたるなりと
人に慈信房もうされてそうろうとて
これにも、常陸下野の人々はみな
しんらんが、そらごとをもうしたるよしを
もうしあわれてそうらえば
今は父子のぎは、あるべからずそうろう
(高田・顕智房が書写した「義絶状」より)
善鸞が、この親鸞が言うたこともないことを
夜中に善鸞だけに教えた と言いふらし
関東の同朋たちを惑乱させている
そんなことでは 親と子の縁を斬るより外はない
◇
余のひとびとを縁として
念仏をひろめんとはからいあわせたまうこと
ゆめゆめあるべからずそうろう。(中略)
これよりは、余の人を強縁として
念仏ひろめよともうすこと
ゆめゆめもうしたることそうらわず
(御消息第7通より)
権力者の力を借りて仏法を広めよなどとは
決して考えてはならない
親鸞(しんらん) 鎌倉時代前中期に生きた浄土真宗の宗祖。法然を師と仰ぎ、独自の寺院を持たず、各地に簡素な念仏道場を設けて教化。既成の仏教教団や浄土宗他派から疎まれて攻撃を受け、長く流罪にあった。
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齢八十四の老聖人が親子断絶せねばならなかった。
息子には、よほど許せぬ言動があったことは
想像に難くない。
さて、
これは許しがたいことなのか。
あくまで関係なしと言い逃れるか。
今、取るべき対応とは何かを考える時
二つに一つしかないのではあるまいか。
これなら、TVみる。