Gibson☆彡Masterのほんですが・・・^^;
少し ここで 立ち読み^^;???
===={第三章・霊界とのコンタクト &
第四章・沖縄の霊能力者・「ユタ」 }==========
ユタが語れない霊界の話し 「Angel License ・2」
第三章・霊界とのコンタクト 五感や現代の科学技術「測定機器」では、まだ解明できない「死後の世界」 亡くなった人、身体が無い人達とは、もうコンタクトは出来無いのでしょうか? 近代科学がコンピュターを発明する以前から、 自然界&宇宙には秩序があり、目には見えない法則や粒子が存在して来ました。 新技術・機器の発達により科学が後からその「確認・証明」をしているだけです。 実際に、毎日の「科学的な発見・進歩」と言われるのは・・・ 「古来よりある事実の新しい発見・証明を指す」にしか過ぎませんね。 古代にも科学技術を誇る現在にも、どんな民族にも必ず「英雄・賢者」は、 存在します。そして死後も人々の尊敬を集めています。 やがて神格化され、「信仰の対象」になります。 死後、突然、英雄が突然違う人格、個性にはならないのです。 やはり生前のその個性も考えも、そのままで存続しています。 国を思う心。民を思う心。・・・死後も、その情熱は消えていません。 それぞれの、その霊界で、なおも活動を続けているのです。 その方々の住む「霊域」を広い意味で「天国」と呼んでいるのです。 天国での空間の広がりは、この世での幸福感、興味、趣味の数だけ存在し、 また、そのレベルにおいては「歴然とした高・低」があります。 これが「次元」と呼ばれるものです。 また、この世の人の祈りが、その天国の霊・磁場に「力を与えている」のです。 神々も地上のその祈りに答え、時折、色々この世に奇跡や色んな情報を与えます。 「祈り」とは、 霊界とこの世の「エネルギーを循環させる為の作法」なのです。 また「地上の人間の信仰が消えると、やがて、その霊界は消滅します。」 歴史の中で、その神々の声を伝える「神官・霊能力者達」は、 時に王に仕え、歴史の行く末に多大な影響を与えてきました。 時の権力者も統治者も、苦しい時、重大な結論を出す時には、 神々と対話しながら、その意見を求め、決断をしてきました。 民族・国別・・・呼び名は違えども、歴史の中に存在してきた「霊能力者達」
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第四章・沖縄の霊能力者・「ユタ」
それでは沖縄を見て見ましょう。まず最初に指摘しておきますが、
沖縄人は、「先祖崇拝」を「宗教」と、勘違いしています。
先程、述べた沖縄での「中国の孔子様の教え・儒教」の影響ですが、
儒教で教える「先祖崇拝」「親を尊ぶ心」を、世界では「道徳」と呼んでいるのです。
世界で言う宗教とは「この宇宙の成り立ちの出来事や、それを示す教え」を、
指しているのです。
さて、沖縄の霊能力者ですが、
沖縄では「ユタ」&「ノロ」と呼ばれる、二種類の霊能力者がいます。
まずは「ユタ」について考察してみましょう。
沖縄では、何か困りごとが出ると「ユタ」に物事を相談し、指示を仰ぎます。
それを「ユタを買う」という表現をします。
その存在が日常の生活に、あまりにも密着してきた結果の言葉だと思いますが。
しかし世界に比べても、その特別なはずの霊能力者が、あまりにも多すぎます。
他の民族では、少し霊感があるとされるレベルでも、
沖縄では、一人前の宗教家並みの「霊格」がある存在と化しています。
不成仏霊を感じる・見れる事と、「守護霊・指導霊・精霊や神」が見えるは、
あまりにも、その能力に違いがあると思うのですが・・・?
沖縄に特別なはずの「霊能力者」が多すぎることに「?」を、感じるのは、
私だけでしょうか?
また彼女・彼等のその言動が、まれに「民事」ではなく
「刑事事件」にまで及ぶ出来事も多々起きています。
この仏壇を祭るためにはこれだけの金額が必要、災いを払う為に「除霊」が必要、
その為には五十万かかる。十二箇所「聖地」の「ウガン・祈り」をしないと、
家族に死者が出る、病人が出る、事故が続く、財産を無くす.・・・云々!
実際に、ユタ「自称・霊能力者」の「その言葉・言動が原因」で、
財産を無くしたり、うつ病や睡眠障害・・・心の病気になる人がいる事実です。
さて、本当に「みんな本物」なのでしょうか?
本当に「神の声を聞いている」のでしょうか?
一つの例を挙げましょう。よく自称・霊能力者さん「偽者のユタさん」が、
「貴方が今、不幸なのは、先祖が迷っているからだ」と言いますね。
「あなた方の先祖供養が足りないから、その報いが、今、子孫に来ている。」と・・・
「息子さんが酒呑みになって問題を起こしているのは・・・
三代前の先祖の酒呑みだっ伯父さんの霊のせい。」だとか言いますね。
あなたは、それを・・・「信じますか?」
実は、ここに「嘘」、「トリック」が、あるのです。
「人間は酒飲みの霊が憑りついて、急にお酒が好きになるわけではありません。」
たとえ先祖にそんな人が居ても当の本人、ココでは息子さんが、普段から酒が好きでない限り、
その酒飲みだった伯父さんの霊が勝手に憑り付けないはずですね。
「波長同通」「類は友を呼ぶ」の法則です。
ユタが、よく「不幸を、先祖の悪霊の憑依が原因だと」言いますが・・・
仮に今、側に悪霊が居たとしたら、コレは「原因」では無く「結果」なのです。
悪霊が今、その人に憑りついている事を「原因と見るか?」「結果と見るか?」
大きな差が出ますね。答えは一つです。
今、仮に不運・不幸なのは、
悪霊が憑りついた結果で人生が辛いでは無く、悪霊を呼び込んでいる
その人の、「今までの、生き方・考え方に問題があるのです。」
悪霊が簡単に入れる「その人の心の傾向性に問題がある」のです。
心のドアは、外から勝手に他人が開けれないのです。
心のドアは、本人が中からしか開けれないのです。
人間の心は、いつも何を考え、何かを思っています。
心には、やがて一定の「心の調べ」「周波数」が出来てくるのです。
悪霊と縁を切りたいなら、自分で「性格・習慣、生き方を変える以外にないのです」
「除霊」は、決して他人がする「拝みや、お経・御札」だけでは出来ないのです。
供養の際や除霊と称する時、お経や祝詞をあげますが、
そのお経の意味を勉強し理解して、その教えを生活や生き方に反映させて、
初めて、自分と悪霊は縁が切れるのです。
「自分を変えれるのは、自分だけなのです」
「悪霊と縁を切る、除霊が出来るのは自分しかいないのです。」
今、悪霊を呼び込んでしまったのは、自分自身なのですから。
また、死後に坊主が付ける「戒名」ですが、
それに何の意味も、根拠もご利益も絶対にありません。断言しましょう。
死後 坊主が金儲けで勝手に付けた戒名で、自分を名乗る人はおりません。
また、戒名の違いで、その人の死後の待遇や環境が変わったりはしないのです。
中世時代。ヨーロッパで教会を作る資金集めの為に「免罪符」を作りましたが
まったく同じですね「お金・募金」で、自分の今までの罪は消えないのです。
霊界での悟りとは、生前での人生を自分で心から真剣に見つ直し、反省して
初めて得られるものなのです。自分のことは自分にしか出来ないのです。
「戒名や募金」では無く「自らの、過去の反省と懺悔」しか効果はありません。
また、ユタ以外にも、ご利益や供養だけを勧める宗教は偽者ですね、
本物の宗教は必ず、自己の反省と努力の大切さや、その方法を説くものなのです。
霊界の法則は「自己責任」なのです。
その結果「天国と地獄」に分かれているのです。
===={ P'S }==========
昔の写真^^; 今は 煙草は 吸っていません。
鍵盤はたまにね。。。♪ 息抜き♪
(^_-)---☆ YHA