
定年後を充実させるには、自分が本当にやりたいことを見極めて行動に移す準備が必要だ。ベストセラー『定年後』(中公新書)に続く、新著『定年準備』(同)では、シニア社員や定年退職者の実体験を通じて、充実した第二の人生を送るための「行動6カ条」をまとめている。今回、特別にその内容を紹介しよう――。
■人生100年時代の充実した第二の人生とは
最近、企業や労働組合からシニア社員に対して講演や研修を依頼されることがある。そこで感じるのは、50歳を過ぎた時点で定年後のことを具体的に描いている人は極めて少ないということだ。1割もいないだろう。
しかし、定年後に対して何も興味がないかと言えばそんなことはない。むしろ逆で話し合いの節々で漠然とした不安や強い関心を感じることが多い。特に先輩の具体的な事例を紹介すると、より真剣なまなざしになる。
この5月に発刊した『定年準備――人生後半戦の助走と実践』(中公新書)では、取材した具体的な実例や個人的体験を多く紹介しながら、行動に結び付くヒントの提供を目指した。働きながら「もう一人の自分」を発見することや、60歳からの働き方・地域活動やボランティアの実例、子どもの頃の自分を呼び戻す大切さ、魅力ある先輩を参考にする方策などを紹介している。そしてエピローグとして、「定年準備の行動6カ条」をまとめた。
人生100年時代と言われるが、あまりにも寿命の伸びが急激なので社会システムや人の生き方、働き方がその変化に追いついていない。1万メートルのトラック競技だと思って走っていたら、途中でマラソンに変更されたみたいなものだ。しかし、こんなに長い人生の持ち時間を得たことは歴史上もかつてなかったことだ。自らの行動を通して充実した第二の人生を手中に収めるチャンスである。
第1条 焦らずに急ぐ
中年以降に会社員から転身した人は「一区切りつくまで3年」と発言する人が多い。
鉄鋼会社の社員からそば打ち職人に転じたAさんは、「自信のある蕎麦を出せるようになったのは開業して3年経ったころ」、専門商社の役員からメンタルヘルスの会社を起業したBさんは、「立ち上げた会社が落ち着くのに3年かかった」と語ってくれた。やはり1年や2年ではなく、また5年という話もきかない。なぜかワンクール3年、「石の上にも3年」なのだ。おそらく人の感覚という尺度においては、自分の立場を変えるのに、3年程度の時間が求められるのだろう。
定年後の切り替えにも一定の時間を要することは避けられない。また退職して独りぼっちになると行動すること自体がおっくうになる。現役の時から動き出すことだ。
■ビジネスと位置づけた方がグレードアップできる
第2条 趣味の範囲にとどめない
退職後は、趣味の範囲にとどめないで、わずかでもお金をもらえることを考えることだ。例えば、老人ホームで得意の楽器を演奏して入居者に喜んでもらうことは素晴らしい。その時に交通費や寸志であってもペイがあるということは、その瞬間に単なる趣味ではなくて社会的なつながりを持った活動になる。またお金を意識することが自分の力量アップにつながる。
私が執筆に取り組み始めたころ、「たとえお金が稼げなくても、いい文章を書いていきたい」と話すと、信頼している先輩は「それではだめだ。明確にビジネスと位置づけた方が自分をグレードアップできる」と忠告してくれた。自分と社会とのつながりの指標として、お金の価値をうまく使うのだ。
第3条 身銭を切る
会社員は会社のお金、すなわち他人のお金で過ごしている現実がある。営業で取引先に製品を売り込むときにも、新たな商品を企画する際にも、会社のお金を軸として考えている。得意先に接待をする時も、出張の経費も同様である。
また毎月の給与はほぼ定額で、税金や社会保険などの手続きも会社の世話になっている。そのため知らず知らずの間に会社の枠組みのなかにとらわれた発想になりがちである。
ある編集者は、後輩に「書籍代は会社の経費でも落とせるが、自腹で買ったほうがいいよ」と勧めている。自分のお金で買わないと顧客の気持ちになれないからだ。評論家の渡部昇一氏は、その著書の中で「凡人の場合、身銭を切るということが、判断力を確実に向上させるよい方法になる」と述べている。
身銭を切ることが、会社の枠組みから離れて主体性を持つ第一歩だということをまずは意識するべきだ。
第4条 個人事業主と接触する
会社員とフリーランスを並行して10年やってきた私の立場から見ると、会社員は社外に目が向かず、社会とのつながりについての感度が甘い。デザイン関係の会社から独立した女性社員は、「フリーランスになって初めて上司と同僚しか見ていなかったことに気づいた」と語っていた。
個人事業主に接触すると、会社員の自分を客観化することができる。彼らは、社会的な要請に直接相対している先達だからである。小売り店主、大工、コンサルタント、理容師、税理士、プロスポーツ選手、芸人などなど多くの仕事がある。
個人事業主の働き方を自分と重ね合わせてみると、会社員としての自分の立場がよくわかる。例えば、私が芸人さんの取材をすると、自分がいかに発信する姿勢が弱いかを反省させられる。会社員同士での異業種交流会で名刺交換するのもよいが、やはり個人事業主とも付き合うべきだ。出会う場としては、仕事以外にも同窓会や、地域活動、PTA活動などがある。
■どれだけクライアントの役に立てるか
第5条 相手の好みに合わせる
かつて依頼をされて「サラリーマン 一冊本を書いてみようよ」というセミナーの講師をやったことがある。その時に専門性も高く筆力もあるのに、なかなか本の企画が通らない会社員がいた。あるビジネス誌の編集長に尋ねると、やはり読者に興味を持ってもらうといった視点が足らないので掲載できない原稿が多いという反応だった。
会社員から転身して人事コンサルタントで活躍している人は、「高い専門性はそれほど必要ではなく、どれだけクライアントの役に立てるかがすべてだ」と言い切る。
これは定年後に組織で働く場合や地域で活動する場合でも共通している。地域活動の取材で、過去に勤めていた会社の役職をひけらかして周囲が嫌がっているという話は何度か耳にした。相手が求めているものを見極める感性が大切なのである。
第6条 自分を持っていく場所を探す
定年後に何か新しいことを始めるとすると、今までの自分を変えなければならないと思う人は少なくない。また人には転身願望があるので、「○○すれば、××ができる」などとそれをあおるような書籍や言説も少なくない。
しかし、いきなり自分自身を変えることはなかなか大変だ。私のケースでは、会社の仕事中心に働くことから、会社員とフリーランスを並行して働く形に移すだけでも相当な対応が必要だった。
自分を変えようとするよりも、ありのままの自分をどこに持っていけばよいのかを検討する方がうまくいく。例えば、ある50代社員は、介護施設の運営をサポートしているNPOで週末に総務や経理の手伝いをしている。そのNPOでは、介護士や福祉士はいても、総務や経理の仕事をきちんとできる人がいないので彼は非常に重宝されている。同時に本人もやりがいを感じている。
ある電機メーカーの社員は、自分が専門としてきた技術がもはや最先端ではなくなっていたが、彼の技術を求める中小企業に移れば、まだまだ活躍できる場があったと語る。
自分の力量を向上させることも大事ではあるが、自分が役立つ場所を探すという行動にも大いに意味があるのだ。