![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/d2/41c63074efd7315f9ea362386f44042c.jpg)
明日6月12日、米国のドナルド・トランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長の初会談がシンガポールで行われる。
今年に入り、国際政治での存在感が一気に増した金正恩。しかし就任後6年間は、父・金正日総書記時代の幹部の粛清・更迭や、異母兄・金正男の暗殺(北朝鮮は否定)、核開発など国内の支持基盤固めに奔走していた。なぜ今、大きく動き出そうとしているのか。
本稿では、池上彰氏の近著『池上彰の世界の見方 朝鮮半島』から一部抜粋し、金正恩委員長の腹の内を分析する。
27歳の独裁者が誕生した
2011年12月19日、朝鮮中央テレビが、17日に金正日総書記が急性心筋梗塞で亡くなったことを伝えます。後継者に指名されたのは、弱冠27歳の三男・金正恩です。
金日成主席が死亡した時には、息子の金正日が後継者としての地位を確立していました。ところが、金正日は急逝したため、金正恩への権力継承の準備はできていませんでした。
金正恩とは、どんな人物なのか。金正恩は、金正日の三男です。朝鮮半島は伝統的に儒教社会です。家督は長男が継ぎます。金正恩には、ふたりの兄がいました。長男は異母兄の金正男(キムジョンナム)、次男は金正恩と同じ母親から生まれた金正哲(キムジョンチョル)です。
なぜ長男の金正男ではなかったのか。金正男は、偽造パスポートで日本に入国しようとして拘束され、国外退去処分になった経歴があります。「東京ディズニーランドに行きたかった」。取り調べに対しそう答え、日本のメディアにその姿を撮影されてしまいます。
父の金正日は、この愚かな行動に対し激怒。金正男の後継の目はなくなったといわれています。さらに次男の金正哲は、病弱で政治に興味がなかったといわれています。対して金正恩は気の荒い性質などが父親似で、金正日が後継者として気に入っていたとも伝わっています。
かくして、謎のベールに包まれた27歳の独裁者が誕生します。金正恩は2012年4月11日に開かれた朝鮮労働党の党代表大会で総書記のポストを永久欠番にします。金正日を「永遠の総書記」として祭り上げたのです。そして、自らの肩書のために「第一書記」を新設し、就任します。続いて朝鮮人民軍の最高司令官、さらに国家の最高機関である国防委員会の委員長ポストを永久欠番にし、国防委員会(2016年、国務委員会に改変)第一委員長を新設し就任します。
偉大な父や祖父が就いていた最高権力者のポストを永久欠番にすることで、先人に敬意を払う若い国のリーダーというイメージをつくり、党幹部たちや国民の支持を取り付けようと考えたのでしょう。
金日成は「偉大なる首領」、金正日は「偉大なる将軍」そして金正恩は「敬愛する元帥」と呼ばれるようになります。
さらに金正恩はあることをして、国民からの尊敬を得ようとします。何をしたと思いますか? 髪形を金日成に似せたのです。
金正恩には経験が何もありません。伝説の将軍であり、北朝鮮の建国者であり、偉大なる首領である祖父をまねることで、「偉大なる首領」金日成の血を引いていることをアピールします。
世襲はどう決まったのか
北朝鮮は、ソ連によってつくられた社会主義国家です。ソ連も、中国も、トップの座にいるときは独裁に近いかたちになることがありますが、世襲制ではありません。権力の座が世襲されるのは、王国くらいのものです。
なぜ北朝鮮だけ、こういう異形の国になったのでしょうか。建国時の指導者だった金日成の晩年の心配は、後継者のことでした。
ソ連の独裁者だったスターリンは、死後、厳しい批判にさらされます。中国では、毛沢東に一度は後継者指名された林彪(リンピョウ)が、クーデターを企てたとして追われ、逃走中に飛行機が墜落して死んでしまいます。
金日成は、死後に自分の名誉が失われたり、批判を浴びたりすることを恐れたはずです。自らがさまざまな人を陥れて地位を築き上げただけに、他人を信用できません。結局は自分の子どもしか信用できなかったのでしょう。