ドンキ創業者が自伝に記した「金銭欲と名誉欲」
ドンキの急成長が止まらない。ドンキホーテホールディングス(HD)は2019年6月期の売上高(連結)が1兆円を突破し、30期連続増収増益となる見通しだ。直近では、米ウォルマートが西友の売却を検討していると報道されたことを受け、ドンキホーテHDの大原孝治社長が西友買収について「興味がある」と述べた。さらに、同社は東京・渋谷区に高さ約120メートルの高層ビルを建設する計画を明らかにしており、まさに“イケイケドンドン”の状態である。
同社はなぜここまで貪欲に成長しようとするのか。“ドンキ帝国”をたった一代で築き上げた創業者の安田隆夫氏は15年に『安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生』(文藝春秋)を上梓しており、そこから多くのことが読み取れる。
●劣等感にさいなまれた学生時代
安田氏は1949年、岐阜県大垣市に生まれた。子どものころはわんぱくなガキ大将だったが、高校生になると東京生活に憧れるようになった。安田氏は父親から「難関校に合格したら上京してよい」と言われ、猛勉強の末、慶應義塾大学法学部に合格した。
『安売り王一代』によると、上京した安田氏は強い劣等感にさいなまれることになる。同級生が自分の車を所有していたり、立ち居振る舞いが洗練されていたりするのに対し、自分が「田舎のイモ兄ちゃん丸出しで、何のコネも取り柄もない貧乏学生」だったからだ。
そこで安田氏は「ビッグな経営者になって、いつか見返してやろう」と誓うようになる。これが、起業を志すようになった単純明快な理由だと安田氏は記している。
●自分の欲望を飾ることなく吐露する
『安売り王一代』の大きな特徴は、安田氏が自分の素直な気持ちや欲望を隠すことなく記述していることだ。それは「私は俗な欲求と羨望(せんぼう)、嫉妬にまみれた人間だ。しかし、この俗っぽい欲求、すなわち金銭欲と名誉欲が原動力となってドン・キホーテが生まれ成長したこともまた、厳然たる事実だ」という文章に端的に表れている(ちなみに、本人はこれらの感情を現在は克服したと本書に記述している)。
「金もうけは悪いこと」という価値観が根強く残っている日本にあって、創業者は自分のありのままの欲望を隠そうとするのが常だが、安田氏はまったく逆の姿勢なのだ。
●顧客に向き合うことは自分の欲望に向き合うこと
ドンキの戦略が顧客に受け入れられた背景には、自分の欲望と素直に向き合う安田氏の姿勢が関係しているように思われる。
「インサイト」というマーケティング用語がある。これは、簡単にいうと「顧客の潜在的な欲望や欲求」を意味する。マーケティングにおいては、このインサイトを見抜き、ビジネスチャンスを創出することが求められる。例えば、男性用の整髪剤を売り出す際、マーケティング担当者は、顧客が「女性にモテたい」と潜在的に考えていると判断し、キャッチコピーや販促計画を考えるといった具合だ。
かつて、記者はあるコンサルタントから「一流のマーケティング担当者は自分の欲望を直視することができる」という話を聞いたことがある。「異性にモテたい」「金持ちになりたい」「人から尊敬されたい」――こんな欲望を抱いていることを周囲に知られると“ドン引き”されることが多い。それゆえ、多くのビジネスパーソンは自分の正直な気持ちに気づいていても、直視しようとしない。そのコンサルタントは、自分の欲望を直視できる人が、顧客の欲望を理解することができ、効果的なマーケティングができるという趣旨の発言をしていた。
●お客の心理を読み解く勘と感受性
安田氏はドンキを創業する前、「泥棒市場」というディスカウントストアをオープンし、傷モノや廃番品といった“訳あり商品”を仕入れて販売していた。POPの内容は「もしかしたら書けないかもしれないボールペン1本10円!」といったように、遊び心にあふれるもので、顧客は面白がって購入していたという。顧客の心に刺さる商品を仕入れて販売するノウハウはドンキの強みの1つだが、その根底にあるのは、顧客の潜在的な欲望を見抜く“目”だったのではないだろうか。安田氏は『安売り王一代』において、顧客の心理を読み解いて店づくりに生かすには勘と感受性だが、このセンスは一朝一夕には身につかないと記述している。
●ドンキはなぜ嫌われたのか
1990年代後半、ドンキは“嫌われ者”だった。『安売り王一代』によると、1999年6月に開業したドン・キホーテ五日市街道小金井公園店(東京・西東京市)に対し、地域住民は夜間騒音解消のため、深夜営業を中止するよう申し立てた。さらに、同年5月に開業したドン・キホーテ東八三鷹店などにも同様の反対運動が飛び火し、マスコミがこぞって取り上げた。安田氏は当時の状況を「まるで全ての住民が出店に反対し、ドンキのお客様は全員が暴走族であるかのような報道ぶりである」と振り返っている。現在も、SNS上では「ドンキの客はヤンキーが多い」「客の品がよくない」といった書き込みが散見される。
なぜドンキはここまで嫌われるのか。もちろん、深夜営業が引き起こす騒音問題が深刻だったという理由もあるだろうが、記者は別の理由もあるのではないかと考える。それは、ドンキの品ぞろえや店舗の雰囲気が醸し出す「むき出しの欲望」に対する嫌悪感だろう。
例えば、ドンキには男性用の精力剤や筋トレグッズ、女性用のブランドバッグや美容品が所狭しと並ぶ店舗がある。これは、「異性にモテたい」「カッコよくなりたい」という顧客の潜在的な欲望が、むき出しになった状態ともいえる。この陳列を見て面食らった地域住民も多かっただろう。なぜなら「自分の欲望は隠して当たり前」「本音より建前を大事にするのが人間社会の潤滑油」という価値観とは真逆の世界が、近所に出現したからだ。
●“マイルド化”が進むドンキ
このように“むき出しの欲望”に忠実になることで急成長してきたともいえるドンキだが、近年は“マイルド化”しつつある。
例えば、「MEGAドン・キホーテ」はドン・キホーテとくらべ、生鮮食品の取り扱い量が多いのが特徴で、主婦層などに受け入れられている。また、子ども向け商品やキャンプ商品を多く扱う店舗は、ファミリー層でにぎわっている。成長を続けるには、従来のナイトマーケットだけでなく、一般客を取り込むことも必要だ。
また、他企業との提携も進めている。象徴的なのはユニー・ファミリーマートHDとドンキホーテHDが2017年に締結した資本・業務提携で、ドンキ流の手法を取り入れたユニーやファミマが次々と生まれている。例えば、18年6月にオープンしたファミリーマート立川南通り店(東京・立川市)はお菓子や日用品を幅広く取り扱っている。
このように、ドンキが急成長してきた背景にあるのは創業者自身の「ビッグな経営者になって、いつか見返してやろう」という“欲望”であり、その“欲望”を正直に見つめてきたからこそ、顧客の心をとらえることができたのだと感じさせるのが『安売り王一代』なのである。