岡部明美さんは
生き方を求め、学び・拡げ続けていらっしゃる女性です
詳しくはこちら→http://okabeakemi.com/blog/
今回は『「約束された道」(いのちの仕事に出会合う時、喜びの人生がはじまる)』を初めて読みました。
この本の前には、彼女の著作「私に帰る道」を4回読んでいます。
読み終えて、また読み始めると、新たな感じ方や「何度読んでも、ここはとても共感する」所がちりばめられています。
今回の本は、彼女の自叙伝的著作の一番新しい本になります
2017年6月が初版です
中で
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9章のP208
愛を学ぶ道、意識の拡張への道に歩み出すと、必ずや「自分の壁」にぶち当たる。壁とは傷口だ
自分の心の深い所に埋め込まれたまま時効になっていない心の傷が、
新たな関係性の中に投影され、その傷そのものが感情的な反応を起こし、自己防衛や攻撃、執着や共依存を繰り返し、再び同じドラマを創り出してしまうのだ。
恋愛の最初のさざめきは、努力などしなくても自然に起きてくるものだけれど、じきにお互いの恐れや条件付けやエゴが姿を現し、二人の関係に問題が起きてきて、恋愛は試練を迎える。
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P209~210
責めあったら地獄。許しあったら天国
相手を責めている間は、人は成長できません。
相手のネガティヴな反応というのは、自分の心や態度をありのままに映し出している鏡なのです。
相手を否定したり、批判したり、裁く気持ち、しがみつく気持ち、相手を変えようという気持ちがある間は、相手は態度を変えません。
いやむしろ、自分がもっとも見たくないもの。
望まないものを出してきます。
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p211
私たちはどれだけ見返りを求めて愛を与えていることだろうか
自分の努力に相手も同じように報いてくれるだろうかという希望。
自分がこんなに愛しているんだから同じ量だけ愛を返してほしいという要求
自分がこれだけやってあげているのだから感謝するのが当たり前という見返りを求める心
これは愛でもなんでもない
取引なんだ
真実の愛というのは「あたえっぱなし」なのだとと思う。
与えているなどという意識すらなく、愛が自分の中から自然にあふれている時は、愛は不思議なことに、こだまにように返ってくる。
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P212
愛の欠乏感と恐れを抱いている人、自己価値の低さ、自己否定の強さから自己不信を抱え、
同じドラマを、相手を変えてやっている人は、自分の心の傷の癒しに取り組むことが先決だと思う。
人間関係は、自分の内面が映し出されているものだからだ。
それらの話を聞いても、とおりいっぺんの道徳的な話としてしか響かないかもしれない。
聞いたことを実践できない自分への否定として受け取ってしまうだろう。
しかし、そうではないのだ
受け取れないくらい深く愛に傷つき、それでもなお懸命に幸せをさがして生きてきたあなたがいるという
ただそれだけのことなのだ。
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P213
すべての能力はトレーニング、練習が必要です。
能力は磨く努力をしなければ成長しません。
愛も能力と考えれば同じように練習が必要です
ですから人間関係の確執やいさかい、離婚や失恋は愛することの失敗ではなく、愛を学ぶための大切な経験です
人生には一切の失敗はなく、すべての人が自分にとっての必要な経験をしているのです。
人生の学びは、痛みに満ちたものなのです
しかし学べば学ぶほど、成長すればするほど、人生には喜びや感動、豊かさや愛が満ち溢れるようになってきます。
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1章~10章のステキ・唸らせる内容をお伝えしたいのですが、
このつづきは、どこかで直接この本と出会って頂き、
岡部明美さんを感じてくだされば幸いです。
ながくなり恐縮です。
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