朱禪-brog

自己観照や心象風景、読書の感想
を書いてます。たまに映画も。

限界

2023-06-23 11:19:58 | 日記
以前、たまたま立ち寄った
古本屋で、吉行淳之介さんが
書いた
「ぼくふう人生ノート」という
文庫が目にとまり買い求めた

好きな作家である遠藤周作さんの
畏友の方だと知っていたので
目にとまったのだろう

その本のなかで
「どんな人間でも、限界のない
人物はいない。もしいるとすれば
それは化け物である。限界がある
ことに、失望しすぎないことが
必要だ」とあった

これには、前段がある
氏はご自身の10代後半をこう語る

「とにかくなにをやっても駄目だった
当時自分ではまだ、気づいていない
いくつかの特質は、どの社会的分野に
も不適合だった。
私は劣等感の塊だった。
だから、私は、何をやっても駄目な
才能のない人間と思いこんでいたの だ。」

その劣等感の泥沼から這い出す
きっかけとなったのは
萩原朔太郎のエッセイであったという

朔太郎は、そのエッセイのなかで
詩人という種類の人間がどういう
ものなのか詳しく書き記して
いた

そこで、吉行淳之介さんがご自身を
もてあます要因となって
いる数々の事柄は、そのまま
特性として挙げられていた

心臓のまわりを取り囲んでいる
セルロイドの殻がみるみる溶けて
消えていく
ようだったと。

吉行淳之介さんは
続ける
「この時の劇的な心持ちは
私は詩人になれると思ったことでは
ない、そんなことよりも、私のような
人間にも、ちゃんと場所が与えらてい
るという発見の喜びである」

吉行さんは、小説家であるので
話しが小説に片寄っているかも
しれないがと、註解を与えているが
あらゆる分野にもあてはまると
書く

おそらく、吉行さんは
言葉につくせないほどの
劣等感をもっておられたのだろう

そして、このことから
劣等感は薄れたかもしれないが
消えはしなかっただろうとも
思う

劣等感を持ちつつも
書きつづけたのは
自分の限界はあると思い
その限界に失望しなかったで
あろうことを氏の目を通して
伝わってきたのです。

最後に、引用させて
いただきます

「角度をかえてみれば、才能がなく
ても、人間としての、美質があれば
それで十分なのである」

ある痕跡

2023-06-21 05:45:08 | 本 感想
「小説家は自分以上のものは、
決して書けないものだと思うんですね。
そして、作品にあらわれる、主人公は
その作者自身となんらかの
関係なしには書けないんです」

細部まで記憶してませんが
主旨はこのようなものでした
この引用は、遠藤周作氏が
エッセイで書かれていたものです

まだ、全作品を読み通したわけでは
ありませんが


遠藤周作氏の作品の主人公の
心理や行動
などを観察すると
やはり先生自身ではないかと
意を強くするのですね

「沈黙」の吉次郎
「侍」の長谷倉六右衛門
「男の一生」の前野小右衛門
「鉄の首枷」の小西行長
「反逆」の竹井藤蔵
「王の挽歌」の大友宗麟
「私が、棄てた、女」の吉岡
「スキャンダル」の勝呂
「海と毒薬」の私
「満潮の時刻」の明石
「深い河」の磯辺、沼田、木口、大津

小説だけではなく
作品や創作品は、その作者が
生涯をかけて創りあげたものと
思っています

また、作品や創作品など
興味もない方々もいらっしゃるとも
思います
例えば、一生本を読んでないとか

それでも、人間は
その言葉があらわすように
人に「間」があると昔の人は考え
ました

「間」は関係性でしょうね
若いときから、自立せよと
叩き込まれたように思いますが
最近、思うのは自立なんてありえない
と思うんですよ

どんな人でも
人と人との相互関係によって
成り立っているのだと。

なので、一生涯、作品や創作品に
触れない方々でも
人との関係性は必ずあるわけで
そこで、人生の目や考え方や
感性を奪い、自分の人生に
痕跡を残しているかと思うんですね



奥(億?)

2023-06-18 08:43:23 | 雑記
お金を稼ぐ
生きていくために
食べ、自分にあった住まいを
維持、確保し、社会生活をする
には、不可欠のこと

知人からこんな話をききました
「億単位での株や投資を行っている
人がいる」
その人は、知人の母親に
「あなたも、やってみてはどう?」
といわれたそうですが
母親は、遊ばす金はあるが
趣味の範囲でと答えたそう

後日、ふとその話を思い出し
知人に
「その億の方は、ほったらかしで
動かしてんのか?」
知人曰く
「とんでもない、一日中パソコンに
かじりついて、ずっと動きを追いかけ
てますよ、海外では時差があるので
夜中にもかじりついてます」

わたしは、この話を聞いて
もし、自分が同じように
大きなお金を動かす財力が
あれば、どうするだろう?
と考えこんでしまった

本来、お金は物々交換に代わる
道具であり、生命を維持する
ために、「必要なもの」を
得るためのものと思っています

生きていくという至上命題のために
食べねばならんのです

「必要なもの」は、労働エネルギーに
よって得たお金で買います

買う時には
「自分にとって、これは本当に必要
ものなのか」
食材や生活用品は必需品ですが
それでも、例えば
一つが60円の豆腐と
200円の豆腐があり
価格に見合った価値を自分が
思っていれば、200円を買います
これを贅沢とは思いません

別の知人の息子さんは
数年前に、ドバイに行き
大富豪のパーソナルトレーナーを
請負いました

その大富豪は
歩かないそうです
輿を担ぐ専従者がいるから
歩く必要がないのですね

食事は、朝、昼、晩と
みたこともない、食材が
これでもかと食べきれないほど
出てきて、なかば茫然となったと

息子さんはこう思ったそうです
人間の胃袋には、限界があり
ひとりで食べれる量なぞ
決まっている
歩くことは、基本的な人間の
動きにもかかわらず、放棄するのは
何故か?と頭を抱えたそうです
そして、何のための
トレーナーかとも

豪華な食事
高価な調度品や車
個人所有のジェット機
お城のような邸宅
下僕、召使い…
そして、億単位の投資

確かに、これらを所有するには
お金が、あれば可能でしょうし
そのような環境に生まれ育った
ことは、否定できませんし
それらの方々の心理も
わかりません

また、これらのことを
肯定も否定もしません

ただ、この話をきいて
自分の労働エネルギーをそそいで
稼いだお金は
「本当に必要なもの」であるか
自己観照する意を強く再認識した
次第です

お金は、自分というかけがえのない
ひとりが、エネルギーを使い
得るもので、ゆえにお金には
エネルギーが循環しているのでは
ないでしょうか






自由

2023-06-08 05:04:18 | つぶやき
本当の自由とは
自分の行為の原因を
他のこと(社会や政治)に
なすりつけず
自分の意思を決めること

読書の楽しみ

2023-05-25 07:46:29 | 随筆
売れている本と
読まれている本があると思う

前者は、あえていえば
ベストセラー本となりましょうか
後者は?
考える…
味合う本(文章)だろうか
古典は、歴史の風雪を経て
読まれている本の部類に
入るかもしれませんが

いきなり、古典から入るのは
やや苦しい読書になろうかと
思のです

味合う本(文章)は、食欲をそそる
でもいいです、それは
その人にとって、おいしいもので
あって、他の人と比較できるもの
ではないと思います

また、良書が万民にとって
良書なのかと、いえば
それも違うと思う

人はさまざまな、人生を歩んでおり
その人生は、他人との関わりなしには
生きていくことはできません

またそこには、その人なりの
問題意識もひそんでいます

実生活において
人は生活の仮面と
人生の仮面をもっています

生活は、社会生活を送るうえでの
仮面であり、道徳や常識などの
仮面です。
友人、知己、家族
組織、などでの振る舞いにあたる
でしょう

人生の、仮面は
自分の心の奥の奥に隠れている
自分も知らない
仮面ともいえます

それは、渾沌とし、決して
美しいものでもなく
むしろ、醜く、薄汚れた
惨めなものなのかもしれません

自分のなかに痕跡を残したもの
それは、たった一度の出会いにも
かかわらず
深い痕跡を残すこともあり
自分のみならず、相手にも
自分の知らないところで
その痕跡を残すでしょう

そういう痕跡をいわば
人生の痕跡を読書は
あたえてくれるのではない
でしょうか

読書をしていて
「あっ、これは自分肌合いが
あいそうだ」
と思うことないでしょうか?

肌合いがあえば
その作家の著作をどんどん読んでいく
一度ならず、二度、三度
繰り返し読んでいきます
四度、五度でもいいです

そうすると、一度目で気づかなかった
その作家の人生や自分とは違う視点
わかってくると思うのです
小説、エッセイ、書簡集など
全部読んでいきます

すると
他人の、眼鏡をとおして
別人の人生を知ることができ
自分自身の人生が膨らんでいきます

まったく別の人格をもった作家
ですから、肌合いがあっても
読み進めていくうちに
「少し、違和感があるかな」と
思うことも、あるでしょう

それでも、自分が「惚れ込んだ」
なら、それを越えて読んでいくと
ピッタリと自分の体に馴染んできます

途中、他の作家に目移りがしても
じっと我慢して(決意)、読み進めると
枝葉、枝葉がひろがっていき
「この作家に影響をあたえた人は
どんな人だろうか」とか
「静かな感動」や「苦しみの分かち合い」などが理解でき、読書に
幅がひろがります

そして
何度も繰り返し読むことで
その作家に関しては
人並み以上に知っているぞと
思うようになると思います

「惚れ込む」

「いい本が良書ではなく、人の
問題意識を疼かされるものが、その人
にとっての良書」であることに
気づけば
読書は楽しいものになるのでは
ないかと思うのです