電通大前・甲州街道交差点の信号横に小さな看板がありました。
『くらしの友 国領総合斎場1.2km』この『くらしの友』の表現が面白く笑ってしまいました。
落語で志ん生の噺を思い出しました。『命の基だよ!』『命の基ってなに?』『目の前にあるでしょう』、『みるとご飯が茶碗に山盛りのがあった。まあ、誰も文句は言えませんね。』
「くらしの友も」ネーミングには誰も文句はつけられないのかも知れません。
斎場の言葉は以前は火葬場と同意語でした。しかし、最近は違います。
「斎場」とは、「神仏を祭るために、特別に設けられた清浄な場所。祭りを行う場所」という意味です。かつては、自宅から棺を運び村(村落)のはずれで、そこで葬儀を行ってからそのまま火葬をしていました。ここで「葬儀式」をするから斎場と言ったのです。やがて「告別式」を重視する風潮になってきたため、「葬儀式」「告別式」を自宅(あるいは集会場など)で行ってから、あらためて火葬場へ行くようになりました。このため火葬場は火葬をするだけの場となったワケですが、火葬場のことを斎場と称する市区町村はまだ多いです。
簡単に言えば、かつては、「斎場=火葬場」(葬儀式もするし・火葬もする)だった。現代では、「斎場≠火葬場」(葬儀式は別の場で・その後運んで火葬だけする)です。時代とともに言葉の意味あいも変わってきているのですね。
『くらしの友 国領総合斎場1.2km』この『くらしの友』の表現が面白く笑ってしまいました。
落語で志ん生の噺を思い出しました。『命の基だよ!』『命の基ってなに?』『目の前にあるでしょう』、『みるとご飯が茶碗に山盛りのがあった。まあ、誰も文句は言えませんね。』
「くらしの友も」ネーミングには誰も文句はつけられないのかも知れません。
斎場の言葉は以前は火葬場と同意語でした。しかし、最近は違います。
「斎場」とは、「神仏を祭るために、特別に設けられた清浄な場所。祭りを行う場所」という意味です。かつては、自宅から棺を運び村(村落)のはずれで、そこで葬儀を行ってからそのまま火葬をしていました。ここで「葬儀式」をするから斎場と言ったのです。やがて「告別式」を重視する風潮になってきたため、「葬儀式」「告別式」を自宅(あるいは集会場など)で行ってから、あらためて火葬場へ行くようになりました。このため火葬場は火葬をするだけの場となったワケですが、火葬場のことを斎場と称する市区町村はまだ多いです。
簡単に言えば、かつては、「斎場=火葬場」(葬儀式もするし・火葬もする)だった。現代では、「斎場≠火葬場」(葬儀式は別の場で・その後運んで火葬だけする)です。時代とともに言葉の意味あいも変わってきているのですね。