なぜもっと早く面接対策セミナーを受けなかったのか。
これはすごく役に立った。
しかし、すぐに効果は出ない、出せなかった。
やってみたいです、やりたいですと伝えること。
これが一番大事だということが頭に入っていても、
「あなたの希望の仕事と違うこのような仕事をするになるかもしれませんよ、
なぜこういう話をするかというと、うちの会社の現状の説明として。」と、
面接者の方がその仕事をつまらない仕事のように説明すると、
そんな仕事でもいいと心の中で思っても、
面接官に同調してしまって、大丈夫です、やりたいですとアピールできなかった。
“説明として”と付け足されて言われて、
それに対してリアクションを取るのが拒まれた感じがした。
だけど面接が終わってみれば、
なんどもその点に関して話された=説明されたから、
一度くらいは、そのような仕事もやってみたいです、やりたいですと伝えるべきだったなと思った。
面接官はその言葉を待っていたんじゃないかと思った。
どうして面接官はよく、自分の仕事がつまらなかったり、辞めてしまいたいように話すのか。
自分の仕事をいやそうに話す人と仕事をするのは気が滅入る。
中にはダイレクトに確認してくれる面接官もいる。
こういう仕事をやっています。やりたいですか?と。
そういうときは私はやりたいという気持ちがもちろんあるから、
やりたいですと答えて、選考は通る。
たくさん面接をすると、
様々なカラーの企業あるなと感じる。
エントランスには気をつかっている企業が多い。
受付けで待っている間に人の出入りが多い企業、
ひっそりとしている企業、
立派な自社ビルだったり、ビル自体に受付けがあったり、
古い雑居ビルだったり、古いビルなのに中はキレイだったり。
お茶を運んでくる人がギャルみたいだったり、裸足だったり、
きちんとした立派な人だったり。
面接官も様々だ。
ちゃんと大人として話す人―和やかなムードだけど調子にのって話さないように注意。なにを考えているのか、どう感じているのかわかりにくいときがある。
偉そうに話す人ー圧迫面接のようにどんどんツッコンでくる場合はその時点で雇う気ないから落ちたということ。偉そうにしているけれど、こちらのどの部分かを認め、やれそうだねといったり、なにか褒めてくることがあれば、選考通過。
ロジカルに考えながら話す人ー求める人物像がもう決っていて、それに合うか、話している内容が矛盾しないか、その場で考えて質問してくる人。
リラックスさせるためなのか、ビジネスの場にふさわしくない態度の人。―両肘を頬に当てて、質問してくる人、炭酸飲料の飲みかけを持って入って来る人、ギャルな言葉の人(偉い立ち場の男性なのに)。
だいたい面接中に結果もわかる。
経験者がほしいんだよね~と言ったら、スキル不足だから雇わないということ。
逆に、こういう経験ありますか?と聞かれて、ないですと答えたのにも関わらず、
でもすぐできるようになるよね?と前向きに返してきたら、雇う気満万。選考は通る。
選考は通るし、一緒に働くのも気持ちがいい。
私の可能性に信じてくれているし、期待してくれている、
私のやる気をわかってくれている感じがするからだ。疑われるとがっかりする。
一度疑われたら、私はもうあきらめ気味だ。
信用を得るのも、信頼を得るのも、
もがけがもがくほど、苦しい。からまわりしてしまう。
まだ疑われてるかな?まだ信用されていないのかな?
そんなことが気になってストレスになるし、
仕事に集中できない。夜もよく眠れなくなってしまう。
信用されていないのかもしれないと思う中で生きるのは苦しい。
私は一生懸命やっていきたい意思があるからだ。
それでも、どこか疑ってかかられる中で生きるというのは、
まるで監獄の中にいる気分だ。
こういうパターンが一番気まずいし、対処に困る。
例えば、仕事の一つとして掃除があったとする。
掃除は既に終わっているところへ
上司が来て、掃除してと言う。
そのとき何と答えたらいいだろうか?どのような表情で。
「さっきやりました。」と言って面目をつぶさないか恐る恐るいうか、
「はい」といって、まだ掃除をやっていなかったと思われてしまうかもしれないことを思いながら、
上司はどのように評価するだろうかという気持ちに蓋をして掃除をするか。
「さっきやりました。」と答えて、一応仕事はしているという報告をするのがいいのだろうけど、
私の経験上では、なぜか上司は不機嫌になることが多かったように思う。
前職の職場では、そんな理不尽なことがなかったから、すごくよかった。
ああ、感情的にならずに、サバサバと仕事をしていたところがよかったのかもしれない。
いや、感情的になるときは、前向きな方だったと思う。
たとえば、「やりました」なら、「そう、OK」といったという具合だ。
やりましたと都度、報告が必要な仕事もある。
前の職場とは違う、職場では、やりましたというと、
そっか~もう終わっちゃったかぁという感じで、仕事をふるのもめんどくさそうだった。
それは私が仕事を振る方になって、仕事を振るのも仕事の一つになるという感覚からわかったけれど、
なんか申し訳ないなぁという気持ちでいた。
小さな職場だったり、自分専用のパソコンという感じではなかったから、
仕事を振られるのを待つ間に、仕事に関わる勉強をネット検索でもしてするというのも、
自分で持ってきた本を読むというのも、気が引けてできなかった。
特に先輩に、さぼってるの(遊んでるの)?と疑われたり、
いいよね勉強できてと思われそうな感じが漂う職場だった。
前の職場は逆で、仕事がなくて暇なときは、
どんどん勉強したり、試作品をつくって実験していいというものだった。
そして共有会で、共有するというのがあったから、すごくよかった。
とても前向きだった。
悪いことをしている訳ではないのに、悪い目で見られたりしなくて、
のびのびとできるのがよかった。
これはすごく役に立った。
しかし、すぐに効果は出ない、出せなかった。
やってみたいです、やりたいですと伝えること。
これが一番大事だということが頭に入っていても、
「あなたの希望の仕事と違うこのような仕事をするになるかもしれませんよ、
なぜこういう話をするかというと、うちの会社の現状の説明として。」と、
面接者の方がその仕事をつまらない仕事のように説明すると、
そんな仕事でもいいと心の中で思っても、
面接官に同調してしまって、大丈夫です、やりたいですとアピールできなかった。
“説明として”と付け足されて言われて、
それに対してリアクションを取るのが拒まれた感じがした。
だけど面接が終わってみれば、
なんどもその点に関して話された=説明されたから、
一度くらいは、そのような仕事もやってみたいです、やりたいですと伝えるべきだったなと思った。
面接官はその言葉を待っていたんじゃないかと思った。
どうして面接官はよく、自分の仕事がつまらなかったり、辞めてしまいたいように話すのか。
自分の仕事をいやそうに話す人と仕事をするのは気が滅入る。
中にはダイレクトに確認してくれる面接官もいる。
こういう仕事をやっています。やりたいですか?と。
そういうときは私はやりたいという気持ちがもちろんあるから、
やりたいですと答えて、選考は通る。
たくさん面接をすると、
様々なカラーの企業あるなと感じる。
エントランスには気をつかっている企業が多い。
受付けで待っている間に人の出入りが多い企業、
ひっそりとしている企業、
立派な自社ビルだったり、ビル自体に受付けがあったり、
古い雑居ビルだったり、古いビルなのに中はキレイだったり。
お茶を運んでくる人がギャルみたいだったり、裸足だったり、
きちんとした立派な人だったり。
面接官も様々だ。
ちゃんと大人として話す人―和やかなムードだけど調子にのって話さないように注意。なにを考えているのか、どう感じているのかわかりにくいときがある。
偉そうに話す人ー圧迫面接のようにどんどんツッコンでくる場合はその時点で雇う気ないから落ちたということ。偉そうにしているけれど、こちらのどの部分かを認め、やれそうだねといったり、なにか褒めてくることがあれば、選考通過。
ロジカルに考えながら話す人ー求める人物像がもう決っていて、それに合うか、話している内容が矛盾しないか、その場で考えて質問してくる人。
リラックスさせるためなのか、ビジネスの場にふさわしくない態度の人。―両肘を頬に当てて、質問してくる人、炭酸飲料の飲みかけを持って入って来る人、ギャルな言葉の人(偉い立ち場の男性なのに)。
だいたい面接中に結果もわかる。
経験者がほしいんだよね~と言ったら、スキル不足だから雇わないということ。
逆に、こういう経験ありますか?と聞かれて、ないですと答えたのにも関わらず、
でもすぐできるようになるよね?と前向きに返してきたら、雇う気満万。選考は通る。
選考は通るし、一緒に働くのも気持ちがいい。
私の可能性に信じてくれているし、期待してくれている、
私のやる気をわかってくれている感じがするからだ。疑われるとがっかりする。
一度疑われたら、私はもうあきらめ気味だ。
信用を得るのも、信頼を得るのも、
もがけがもがくほど、苦しい。からまわりしてしまう。
まだ疑われてるかな?まだ信用されていないのかな?
そんなことが気になってストレスになるし、
仕事に集中できない。夜もよく眠れなくなってしまう。
信用されていないのかもしれないと思う中で生きるのは苦しい。
私は一生懸命やっていきたい意思があるからだ。
それでも、どこか疑ってかかられる中で生きるというのは、
まるで監獄の中にいる気分だ。
こういうパターンが一番気まずいし、対処に困る。
例えば、仕事の一つとして掃除があったとする。
掃除は既に終わっているところへ
上司が来て、掃除してと言う。
そのとき何と答えたらいいだろうか?どのような表情で。
「さっきやりました。」と言って面目をつぶさないか恐る恐るいうか、
「はい」といって、まだ掃除をやっていなかったと思われてしまうかもしれないことを思いながら、
上司はどのように評価するだろうかという気持ちに蓋をして掃除をするか。
「さっきやりました。」と答えて、一応仕事はしているという報告をするのがいいのだろうけど、
私の経験上では、なぜか上司は不機嫌になることが多かったように思う。
前職の職場では、そんな理不尽なことがなかったから、すごくよかった。
ああ、感情的にならずに、サバサバと仕事をしていたところがよかったのかもしれない。
いや、感情的になるときは、前向きな方だったと思う。
たとえば、「やりました」なら、「そう、OK」といったという具合だ。
やりましたと都度、報告が必要な仕事もある。
前の職場とは違う、職場では、やりましたというと、
そっか~もう終わっちゃったかぁという感じで、仕事をふるのもめんどくさそうだった。
それは私が仕事を振る方になって、仕事を振るのも仕事の一つになるという感覚からわかったけれど、
なんか申し訳ないなぁという気持ちでいた。
小さな職場だったり、自分専用のパソコンという感じではなかったから、
仕事を振られるのを待つ間に、仕事に関わる勉強をネット検索でもしてするというのも、
自分で持ってきた本を読むというのも、気が引けてできなかった。
特に先輩に、さぼってるの(遊んでるの)?と疑われたり、
いいよね勉強できてと思われそうな感じが漂う職場だった。
前の職場は逆で、仕事がなくて暇なときは、
どんどん勉強したり、試作品をつくって実験していいというものだった。
そして共有会で、共有するというのがあったから、すごくよかった。
とても前向きだった。
悪いことをしている訳ではないのに、悪い目で見られたりしなくて、
のびのびとできるのがよかった。