小父さんから

ミーハー小父さんの落書き帳

記事/岩見隆夫のコラムサンデー時評:世襲政治家よ、脇が甘すぎるぞ

2009年02月27日 | ニュース
 ライオンにほえられ

     トラに足とられ

 先日、TBSラジオの番組が募集した時事川柳のなかの一つだが、麻生政権は弱り目にたたり目である。ライオン(小泉純一郎元首相)発言をマナイタに、と思っていたら、そのいとまもなくトラ(中川昭一前財務・金融担当相)騒動だ。タガがはずれる、というのはこういうことなのだろう。

 中川さんは、

「情けない……」

 ともらしたが、いちばん情けない思いをしたのは日本国民だった。小泉さんは麻生太郎首相に〈あきれる〉という言葉を投げつけたが、その十倍くらい国民は酔いどれ記者会見にあきれ返ったのだ。

 これ以上いろいろ書くのもばかばかしい。ただ、因縁話を一つしておきたい。麻生さんの祖父、吉田茂元首相も蔵相(いまの財務相)の失態では同じような目にあっているからだ。

 戦争に負けて約三年が過ぎた一九四八年暮れのことだった。第二次吉田内閣の蔵相、泉山三六さんが大醜態を演じる。

 その夜、泉山さんは国会内の参院食堂に衆院大蔵委員会のメンバーを招き会食していたが、酒好きのため深酔いして民主党の山下春江議員を廊下に連れ出し、抱きついてキスしようとした。山下さんが首を振って拒むと左アゴにかみついたという。

 さらに通りかかった社会党の松尾トシ衆院議員にもたわむれかかり、手を何回も握るなど狼藉を働いたあと、廊下のソファに前後不覚、眠りこんでしまった。衆院本会議場で一身上の弁明に登壇した山下さんは、

「蔵相は暴力をもって私に侮辱的行為に及んだ。私は恥を忍ばなければならないのか」

 と訴え、野党各党提出の懲罰動議が可決、泉山さんは翌朝、議員辞職願を出して認められた。蔵相もわずか五十五日でクビである。

 しかも、驚いたことに、吉田さんは泉山さんを一面識もないまま蔵相に起用していた。泉山さんは三井財閥の大御所、池田成彬(日銀総裁、蔵相など歴任)の秘書をつとめて政界入りしたが、敬愛する池田さんから、

「使ってやってくれ」

 と頼まれただけで、吉田さんは、いきなり大臣に大抜擢したというのだ。大臣乱造時代のひとコマと言えばそれまでだが、ひどい話である。

 歴史上、酒癖の悪いのが災いして大臣を棒に振ったのは泉山さんについで中川さんが二人目、六十年ぶりだ。いかに盟友とはいえ、以前から酒のうわさの絶えなかった中川さんを最重要閣僚に据えた麻生さんのいい加減さは、吉田さんに通ずるものがある。

 同じ酒の失敗でも、中川さんのほうがはるかに罪が重い。泉山事件は国内の騒ぎで収まり海外メディアに登場することもなかったが、中川ショックは世界中のスキャンダルにされ、日本は大恥をかくことになった。国益を損なうこと、甚だしい。

 ◇歴代首相、ほとんど一世の昭和、平成はほとんど世襲
 改めて痛感するのは世襲政治家の脇の甘さである。筆頭が三世の麻生さんであることは言うまでもない。森喜朗元首相が、

「余計なことを言うから、こんなこと(小泉発言)になる」

 とぼやくのはまったくその通りで、郵政民営化の見直し問題にしても、ただ、

「見直したい」

 と言っただけなら、小泉さんの怒りを買うことはなかった。〈余計なこと〉をいろいろとつけ加え、それがどんなリアクションを起こすかに思い至らないのは、ほかの麻生さんの発言にもしばしばみられることで、脇が大甘としかいいようがないのだ。

 政界でも、麻生さんはもともと笑いを誘うような失言、放言が多いことで知られ、それが人気を呼んでいる面もあった。しかし、一議員と違って首相発言は重たいから、口を慎まなければならないという自覚は一応あって、就任前に講演などで本人がそう語っていたのだ。

 ところが、就任後も放言癖が直らないどころか、逆にひどくなっている。自覚があるのに、なぜブレーキがかからないのか。麻生側近の一人は、

「クレー射撃でオリンピックまで行った人だから、空中を皿が飛ぶと条件反射のように狙い撃ちする。あれですよ。何かあると言葉が飛びだす。もう習性になっているから、止まらない」

 と奇妙な説明をするが、そういうことなら、もはや手の施しようがない。

 二世の中川さんの場合も、

「酒には気をつけなければ」

 とやはり本人が自戒していたし、周囲に忠告する人もいた。麻生さん同様、自覚があったのだ。ところが肝心なところで、しくじる。

 二人の自制心の欠如は、先述したように、世襲政治家特有の脇の甘さからくると思われるが、やや病的なものも感じさせる。そういう指摘をあちこちから聞いたが、この点は専門家に任せることにしよう。

 世襲といっても係累によって濃淡があるが、もっとも濃密なのは、〈国会議員の子供〉である。戦後三十人の歴代首相でみると、それに該当するのは、芦田均、鳩山一郎、宮沢喜一、羽田孜、橋本龍太郎、小渕恵三、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎の十人だ。小泉、安倍、麻生が三世、あとは二世である。

 宮沢以降の八人は〈平成の首相〉(全部で十三人)であり、世襲が最近に集中していることがわかる。首相、県議、町長の子供、孫など名望家系となると、さらに宇野宗佑、細川護熙、森喜朗も加わり、〈平成の首相〉は海部俊樹、村山富市を除く十一人が世襲首相なのだ。

 みんながみんな脇が甘いとは言わない。だが、ほとんどが一世だった戦後の〈昭和の首相〉十七人とくらべると、どうしても甘さ、軽さが目立つ。粘りが乏しい。政権を投げ出すタイプも多い。こんな状態を続けるわけにはいかない。

 世襲政治を本気で見直すときにきている。

<今週のひと言>

 さっさと総選挙やるしかない。

(サンデー毎日 2009年3月8日号)

2009年2月25日

 確かに、地方のお祝い事をやるスピーチですら国会議員と名のつく人は、特に「数字」を述べる時などポケットからメモを出して慎重に話しを続ける。前福田総理のように、全方位に注意深く、はじめから終わりまで原稿の朗読をやられるのも魅力はない。

 一昨日、麻生総理との会談直後のアメリカ議会でのオバマ大統領演説をたまたま見たが、一区切りごとに議員がスタンデングオベーションしている雰囲気に驚いた。中国でも北朝鮮でもない自由主義の国アメリカで。いったい、日本との差は何なんだろうか?

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 映画 『チャイナタウン』 ... | トップ | 記事/どんなものが、どれだけ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ニュース」カテゴリの最新記事