「なんちゃって」という言葉は、ご存知かと思います。
けれども、今のような使い方がされるようになったのは、わりと最近のこと、ここ3、40年ぐらいのことでしょうか。
何か嘘っぽい、偽もの、まがい物について言う時に、「なんちゃって何々」というような言い方をしますね。
変な例えですが、自分で小麦粉と砂糖を水で柔らかく練って凍らせたものを作って、「これは、ウチではアイス代わりなんだ、言わば、なんちゃってアイスさ」とか・・ちょっと例えが変過ぎるかな?
この「~しちゃう」という言い方を、私などが知ったのは、テレビが普及し始めた頃で、テレビで、都会の子?が、「~しちゃった」とか言うのを耳にした頃だと思います。あ、そうそう、「♪困っちゃうな、デートに誘われて♪」なんていう歌も流行りました。
この「しちゃう、やっちゃう、言っちゃう」のような言い方の語源的なものをたどると、おそらく「してしまう、やってしまう、言ってしまう」という言い方で、それが「しちまう、やっちまう、言っちまう」のようになり変化していったのではないでしょうか。
元々は、ちょっとやりにくいことを、無理やり推し進めてしまうようなニュアンスがあったのだろうと思います。
で、これが、今のような使い方をされるようになったのには、3、40年ほど前の、一つのエピソードがありました。新聞の投書だったか、ラジオの番組だったか、記憶は定かではありませんか、その中で話題になった「なんちゃってオジさん」については、ご記憶の方も、多いのではないでしょうか。
ある時、電車の中で、何があったのか、数人の強面(コワモテ)に囲まれて、絡(から)まれている年配の男性が居ました。例えば、こんな感じだったのかも知れません。
「オイ、このヤロー、テメー、フザケやがって、なんタラかんタラ、ドータラコータラ!!」
「す、すみません、ゴメンなさい」
で、最後まで、この年配の男性は、平身低頭の姿勢を通したのだそうです。
ある駅で、その強面連中が降りて行きました。すると、その年配の男性、他の人々の方を向いて、頭の上で両手で大きく丸の字を作って、ニッコリ笑って
「なぁーんちゃって」
と言ったのだそうです。
まあ、その意味する所は、面従腹背、つまり表面では、相手に恭順の姿勢を見せておいて、内面ではそうではないという事なのではないでしょうか。
それが微妙に変化して行って、まあ、今の嘘っぽい、まがい物を形容する意味を含んで行ったのだと思います。
要は、見かけや謳い文句と、内実が違うものを表現する言葉になって行ったということなんです。
で、何で今回、こんなことを長々とご説明して来たかと言いますと、今の世の中の多くの事が、これなんじゃないか、ということを言いたいわけなんです。
例えば、「なんちゃって民主主義国家」「なんちゃって日本国憲法」「なんちゃって議会政治」「なんちゃって国民主権」・・・まあ、あとは、ご自分で考えてみて頂きたいと思います。
私たちが、自分のことを「なんちゃって日本人」などと思わなくてはならないとしたら、どれだけ不名誉な恥ずかしいことか、考えてみればわかりますよね。けれども実際は、そんなような恥ずかしい事があちこちで為されている、あるいは、もしかして自分達もやってしまっている、そういう事をたまには振り返ってみるのもいいかも知れません。
けれども、今のような使い方がされるようになったのは、わりと最近のこと、ここ3、40年ぐらいのことでしょうか。
何か嘘っぽい、偽もの、まがい物について言う時に、「なんちゃって何々」というような言い方をしますね。
変な例えですが、自分で小麦粉と砂糖を水で柔らかく練って凍らせたものを作って、「これは、ウチではアイス代わりなんだ、言わば、なんちゃってアイスさ」とか・・ちょっと例えが変過ぎるかな?
この「~しちゃう」という言い方を、私などが知ったのは、テレビが普及し始めた頃で、テレビで、都会の子?が、「~しちゃった」とか言うのを耳にした頃だと思います。あ、そうそう、「♪困っちゃうな、デートに誘われて♪」なんていう歌も流行りました。
この「しちゃう、やっちゃう、言っちゃう」のような言い方の語源的なものをたどると、おそらく「してしまう、やってしまう、言ってしまう」という言い方で、それが「しちまう、やっちまう、言っちまう」のようになり変化していったのではないでしょうか。
元々は、ちょっとやりにくいことを、無理やり推し進めてしまうようなニュアンスがあったのだろうと思います。
で、これが、今のような使い方をされるようになったのには、3、40年ほど前の、一つのエピソードがありました。新聞の投書だったか、ラジオの番組だったか、記憶は定かではありませんか、その中で話題になった「なんちゃってオジさん」については、ご記憶の方も、多いのではないでしょうか。
ある時、電車の中で、何があったのか、数人の強面(コワモテ)に囲まれて、絡(から)まれている年配の男性が居ました。例えば、こんな感じだったのかも知れません。
「オイ、このヤロー、テメー、フザケやがって、なんタラかんタラ、ドータラコータラ!!」
「す、すみません、ゴメンなさい」
で、最後まで、この年配の男性は、平身低頭の姿勢を通したのだそうです。
ある駅で、その強面連中が降りて行きました。すると、その年配の男性、他の人々の方を向いて、頭の上で両手で大きく丸の字を作って、ニッコリ笑って
「なぁーんちゃって」
と言ったのだそうです。
まあ、その意味する所は、面従腹背、つまり表面では、相手に恭順の姿勢を見せておいて、内面ではそうではないという事なのではないでしょうか。
それが微妙に変化して行って、まあ、今の嘘っぽい、まがい物を形容する意味を含んで行ったのだと思います。
要は、見かけや謳い文句と、内実が違うものを表現する言葉になって行ったということなんです。
で、何で今回、こんなことを長々とご説明して来たかと言いますと、今の世の中の多くの事が、これなんじゃないか、ということを言いたいわけなんです。
例えば、「なんちゃって民主主義国家」「なんちゃって日本国憲法」「なんちゃって議会政治」「なんちゃって国民主権」・・・まあ、あとは、ご自分で考えてみて頂きたいと思います。
私たちが、自分のことを「なんちゃって日本人」などと思わなくてはならないとしたら、どれだけ不名誉な恥ずかしいことか、考えてみればわかりますよね。けれども実際は、そんなような恥ずかしい事があちこちで為されている、あるいは、もしかして自分達もやってしまっている、そういう事をたまには振り返ってみるのもいいかも知れません。
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