製薬会社の利益優先し、研究結果歪曲の疑念払拭できず…臨床研究の信頼揺るがす事態
産経新聞 6月3日(月)8時39分配信
京都府立医大(京都市)など5大学による高血圧治療薬「バルサルタン」(商品名・ディオバン)を使った臨床研究に、販売元の製薬会社「ノバルティス」(本社・スイス)の日本法人社員(当時)が身分を明示せずに関わっていた問題が波紋を広げている。製薬会社の利益のために研究結果がゆがめられたのではないかという疑念が払拭できず、研究データの捏造(ねつぞう)などの不正があれば日本の臨床研究のあり方や産学連携そのものが根底から揺らぎかねない深刻な事態になっている。(前田武)
■揺らぐ信頼
「臨床研究の信頼を揺るがせる許し難い行為。二度とあってはならない」
5月下旬、この問題をめぐって東京都内で開かれた日本医学会の会見で、高久史麿会長は憤りをあらわにし、「日本の医療イノベーションには産学連携が不可欠。今回の問題で臨床研究が停滞することになれば、日本にとって大きなマイナスだ」と危機感を示した。
研究者が自分の所属する研究機関以外から給与を受け取るなどして、公的な研究の中立、適正な判断に疑問が生じる「利益相反」状態となることは好ましくないとされる。大学と企業が連携して研究を進める機会が増え、利益相反は起きやすくなっているという。
今回、臨床研究にノ社の日本法人の元社員が加わり、研究内容を発表する論文では非常勤講師を務めていた大阪市立大の肩書を記載するなど、ノ社の所属であることを明らかにしていなかった。
臨床研究では、高血圧の治療に使われるバルサルタンが、心臓疾患などの発生にどのような影響を与えるのかを調べており、府立医大では平成16年に始まり、心臓疾患などのリスクが減少するとの結果が出た。
東京慈恵医大、千葉大、名古屋大、滋賀医大でも同様の臨床研究が行わ、いずれもこの元社員が関わっていた。現在、各大学やノ社の本社などが経緯を調べている。
■売り上げ1千億円
バルサルタンは年間1千億円以上を売り上げるノ社の主力商品。ノ社の日本法人は内部調査を行ったが、「会社としての関与やデータ改竄(かいざん)の有無などは判明していない」と説明。バルサルタンそのものは、一連の臨床研究が始まる前の12年に国内で承認されており、「高血圧に対する治療効果や安全性そのものに問題が生じるわけではない」としている。
一方、ノ社は5大学に対して奨学寄付金を提供しており、府立医大で臨床研究の責任者だった元教授の研究室には21~24年度だけで約1億円を寄付していた。この寄付行為とは関係ないが、元教授らの論文6本は「データに問題がある」などとして国内外の学術誌が相次いで掲載を取り下げた。
元教授は今年2月、「一身上の都合」として辞職した。元教授をめぐっては、別の研究の論文14本で画像の加工などの不正行為があったことが判明している。
■チェックは不可欠
厚生労働省はノ社に対して、「研究における公正な判断がゆがめられる恐れがある」として、再発防止を求めて行政指導した。
日本医師会も「現場の医師は研究成果を踏まえて医薬品を使っている。ノ社は早急に説明責任を果たすべきだ」とする見解を発表するなど、影響は広がる一方だ。
日本生命倫理学会長を務める東洋英和女学院大学の大林雅之教授(生命倫理学)は「産学連携を進めることは重要だが、利益相反についての基準の明確化と、大学当局によるチェック体制が必要だ」としている。
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