毎日のできごとの反省

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米国が尖閣を日本領と明言しない訳

2014-05-03 15:51:31 | 政治

 保守の人たちでも、米国が尖閣を日米安保の対象となると明言したことに安堵し、日本の領土であるとは言を左右にして言わないことに疑問を呈しない。日本に一方的に肩入れせず、中国が尖閣を自国領と主張していることに対してのバランスを取るのは、米国の政治家としては当然であると認めている様である。だがこれは、実におかしなことである。例えば九州が中国領である、と主張した時にアメリカは同様に日本領と明言しないとしたらどうか、と考えればそのおかしさが明瞭になる。

 一国が独立国と国際法上認められるかどうかは、どれだけ多数の国が独立国として承認する、すなわち外交関係を樹立しているかどうかにかかっている。同様に独立国として日本を認めている米国は、日本の一部の領域が領土が日本に帰属していることを明確に承認しているのであれば、第三国がそこを自国領と主張した場合、米国は日本領と明言するのは当然であり日本へのサービス過剰などではない。

 明言しないとすれば、米国は領土問題が係争中であるから、中立の立場をとり、当事国同士の解決に委ねるということを表明したことになる。つまり、オバマ大統領らの米政府首脳が、尖閣は日米安保条約の対象となる、と明言したことと、矛盾していると考えるのが国際法上普通である。

 ところが、ことはそう簡単ではない。安保条約では「日本国の施政の下にある領域」において武力攻撃にあった場合に日米は共同防衛にあたる、と言っているのであって「日本の領土」とは言っていないのである。施政権とは何か。司法、立法、行政を行う権利であって、領有権とは全く同一ではない。領有権のある領域には施政権はあるが、その逆は必ずしも成り立たない。尖閣は沖縄の一部である。しかも、沖縄返還協定で日本に返還されたのは「施政権」であって「領土」ではない

 従って、日米安保が尖閣に適用される、ということと、日本の領有権を認めてはいないと言うことは矛盾しないのである。しからば、返還前の沖縄はどういう立場にあったのか。沖縄にはアメリカの国内法が適用されていた。だから車は右側通行であった。しかし、沖縄の住民には、アメリカの参政権はなかった。大統領を選ぶこともできなかったのである。

これに似た立場にあるのが現在のプエルトリコである。プエルトリコは米西戦争でスペインからアメリカ領になった。沖縄同様、自治権はあるが米国での参政権はないが米国の領土である。これを植民地という。しからば沖縄は、アメリカ領であったのか。「正義の国」アメリカは、第二次大戦で領土の獲得はしないと宣言した。従って、沖縄はアメリカ領になってはおらず、領有権の内施政権だけ奪ったのである。そうなら領土主権すなわち、領有権の内施政権だけがアメリカに奪われたから、その残りの領土主権の一部は依然として日本にあったということになるが、これもそう単純ではない。

アメリカは日本から台湾を奪ったが、日本が日清戦争で割譲を受けたことを理由に、領有権を中華民国に与えた。アメリカは日本から沖縄の領有権全部を取り上げて、アメリカ自身は施政権だけ受けとり、領有権全体は宙ぶらりんにした、と言いうるのである。そうでなければ、日米安保が「日本国の領土」にではなく、わざわざ「日本国の施政の下にある領域」と限定したことの説明ができない。

通常、施政権と領有権は違わないものとして混同されている。現に沖縄返還も「領土返還」と騒がれた。日米安保は、日本には領有権全体を持たず、施政権しか持たない領域もあることを明示したのである。このように沖縄の領有権をアメリカが不明瞭にした理由を、故意に日本と中国の外交関係を不安定にしておこうという意図がある、という説がある。しかし、その明確な証拠はない。だが、現実に日本が中国に付け込まれる余地を作っているのも事実である。

 はっきり言おう。アメリカが尖閣は日米安保の対象であると言ったのは、むしろ婉曲な言い方なのである。アメリカが明確に、尖閣諸島は日本の領土である、と明言さえすれば中共は尖閣に領土的野心を持つことを断念するのである。


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