今の僕らの常識から考えたらすさまじい人生である。宮澤元総理が総理大臣になりながら、大蔵大臣にカムバックしたことをもって、平成の高橋是清と自称したが、優等生で平穏に過ごした宮澤にはふさわしくない。ぜんぜん似ていないのである。
アメリカに語学留学したつもりが、いつの間にか奴隷に売られていた。憤然と相手の不正を正し、何とか切り抜けて日本に帰ってくると、英語優秀ということで、わずか十六歳で大学南校の教授手伝いとなる。正規の語学留学者よりも英語優秀であったというが、ものすごい努力をしたのであろうが、この点が一切書かれていないのが残念。この時代の人は豪放磊落の一面もあるが、努力は尋常ではない。命をかけているというに等しい。
ところが遊びたい生徒にだまされて大学からカネを持ち出して、一緒に遊ぶうちに芸者遊びに熱中する。これがばれると敢然辞職するが、同情した芸者に囲われて吐血するまで飲み続ける。一晩3升飲むというからすごい。「日露戦争物語」というコミックに、是清が芸者の襦袢を羽織って、昼間から飲んだくれている描写があったが、本当の話だったのだ。
ところでビッグコミックスピリッツに連載された、このコミック、いつの間にか連載が消えてしまった。中国人、朝鮮人の敗北を描くので、その筋からの抗議で小学館が連載を打ち切ったのだろう。今の出版社は根性なしである。この漫画、明治の偉人をけっこうリアルに描きバンカラな風潮を良く表現していて秀逸だったのに残念。日本の国もだめになったものである。予言する。日本は滅びる。
閑話休題。そこで友人に同情されて、株屋、牧場経営など点々とする。みな頼まれると断れないので、せっかく財産や地位を築いても簡単に職を変えてしまうのである。ペルーの鉱山経営に行ったときは、ろくに調査もせずにインチキ鉱山をつかまされてしまう。すると連れてきた鉱夫たちを救うために、相手をだまし返して損害を最小にして逃げ帰るのだが膨大な借金をする。これも自宅を全て売り払って返済に充て、借家住まいになってしまう。
高橋のすごいのは、転職したり遊んだりするのに多額の借金を繰り返すが、きちんと自分の責任で返済していくことにある。その後日銀副総裁から総理大臣に登りつめるのは有名な話だが、その間信念に合わなければ簡単に辞表を書いてしまう。しかし、ただ逃げるのではなく、後に問題なきよう処置していくからたいしたものである。最後に大蔵大臣となったとき、経済政策のために軍人に嫌われてテロに倒れるのは周知のことだが、これは時代のなせる業でしかない。かつて緒方竹虎が喝破したように、政府部内の軍人はサラリーマンに過ぎない。政府の軍人が予算獲得で頑張れば、それに対して予算削減で対抗するのは、当時の風潮では当然のことである。