平成26年12月12日の時点で、香港の民主化闘争は、当局の巧妙な排除によって収束する見通しである。何故天安門事件のような暴動状態にならなかったのだろうか、という疑問の答えを誰も説明してくれないことが、小生には不可解である。当局が天安門事件の教訓から、国際社会の反発を招かないよう、巧妙かつ温和な手段をとったと勝手に考えているのであろう。それは事実であろう。
だが根本的原因はそうではない。香港の闘争は結果を出したのである。平成26年の台湾の総選挙で国民党が敗退した。その原因のひとつが、大陸との協調を訴える国民党の馬英九総統の主張が、香港の闘争によって、一国二制度などが大嘘で、台湾が大陸に併合されたら、結局、非人間的な大陸の独裁政権によって蹂躙されてしまう、という現実を見せ付けられたのである。
台湾の総選挙と中共当局が行政長官の民主派候補を排除した時期が接近したのは偶然である。しかし、民主化闘争の指導者はこの偶然を利用したのである。はなから中共当局が闘争の要求を受け入れる筈はない、と考えていた。すなわち、中共が台湾併合の際に一国二制度を認めるなどというのは嘘だ、という事実を明白にしたかったのである。
それによって国民党が総選挙で敗退することを計画したのである。その計画は成功した。だから闘争は総選挙の結果が出ると、急速に弱体化した。そして指導者も馬が曳かれるごとくにおとなしく当局に逮捕されて行った。通常この手の運動は、最後に残った連中は、失敗の絶望から過激になるものである。それもなかったのも、この闘争が計画を達成したために終結していった、という状況証拠である。
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