毎日のできごとの反省

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曽野綾子氏の舛添知事擁護論の的外れ

2016-07-23 14:59:25 | 政治

既に旧聞に属するが、産経新聞平成28年6月15日の、曽野綾子氏の舛添前都知事に関するオピニオンは、氏らしい意外な着想だが、筋論としてはおかしいことが多いと考えられる。氏は知事が海外出張するときは、ファーストクラスでスイートルームをとるのは当然である、という。だがどんな組織にも旅費規程のようなものがあり、一定以上の役職ならファーストクラスやグリーンの交通費を払い、役職に応じて宿泊費が規定されている。

インターネットで調べたら東京都には「職員の旅費に関する条例」というのがあった。まず海外出張の航空運賃であるが、都知事のような「特別職」は運賃が二段階設定の場合は上級の運賃、三段階の場合には、中級とある。例えばファーストクラス、ビジネス、エコノミーがある便の場合はビジネスを適用、ファーストクラス、エコノミーの場合はファーストクラスを適用となる。ファーストクラスだから即いけない、という訳ではないという曽野氏の意見は正しい。そしてエコノミークラスに乗れと言わんばかりのマスコミはおかしいのである。

余談だが、小生は10年以上前に、東海道新幹線で、指揮者の小澤征爾氏を見かけたことがある。小生と同乗していた人は、しばらく前に、イベントに小澤氏をよんで間近で見たから、間違いない、という。何と小澤氏は小生と遠く離れていない普通車に乗っていた。グリーン車ではないのだ。その後しばらくして、上野駅構内の雑踏で、一人か二人のお付きらしい若者と立っていた。世界的指揮者が大勢の者を従えて威張り腐って闊歩していたのではなかったのに驚いた。

次に条例の宿泊費を見る。すると、外国旅行の旅費は一日当たりの「日当」、一夜あたりの「宿泊費」と「食卓料」の計3つで構成される表がある。表の指定職で3つの一番高いものを合計すると、41,700円となる。マスコミが都条例の宿泊費の上限は4万円と主張するのはこのことだろう。正確には、日当はホテルに払う宿泊費ではなく、昼食その他の滞在の経費だから、一泊二日なら日当は二日分払われる。そんな厳密なことは無視しよう。

曽野氏の言う「スイートルーム」は当然、というのはどの程度を言っているのか分からないが、一泊二〇万円というのは、どう考えてもべらぼうである。ちなみにインターネットでホテルの宿泊予約検索すると、国内の場合だが、大抵一泊二万円を超えると「ハイクラス」と表示される。都条例は既にハイクラスであるが知事クラスなら当然だろう。

都条例を遥かに超える宿泊費を毎回使っていたのは条例違反である。条例の金額が世界の常識に反しているのなら、都条例の規定を改めなければならないのであり、改めずに毎回べらぼうな宿泊費を使うのを繰り返すのは単なる条例違反である。

VIPだからといってホテル側が勝手におためごかしに高い部屋に泊まらせて正規料金を払わせることがあって、迷惑な話だと、曽野氏は同情するのだが、その次から反省して担当がホテル側のおためごかしに騙されなければいいのであって、条例違反を黙認する理由にはならない。そもそも舛添氏は「知事が二流のビジネスホテルに泊まれますか」と反論した。誰も二流のビジネスに泊まれとはいっていない。そんな下手な論理のすり替えをするから国民は怒ったのである。

湯河原なら災害時にも、そんなに時間もかかれずに都庁に戻れる、と曽野氏は言う。だが災害時という緊急時に何時間もかけて戻らなければならないところに、毎週定期的に二日以上滞在するのが危機管理上問題である。災害なら交通網が寸断されて、都知事が都庁に付けなくなる確率が高いことを想定すべきである。これは曽野氏らしくもない言説である。

舛添氏は「私がいなくても副知事が代行できる」といったが、危機管理を全く知らない暴言である。都でも、知事に何かあれば副知事が、その副知事にも何かあれば誰々にと、職務権限を継承すると言う緊急時の規定があるはずであって、舛添氏はそれを言っている。

しかし、それは知事が万一指揮を取れなくなる非常事態を想定した規定である。毎週末知事が指揮を取れなくなる可能性の高いところにいることが常態化している、という事自体が危機管理を知らないのである。その点は悪評の高かった菅元総理よりたちが悪い。知事がいなければ、副知事が代行できるからよい、というのが慣行化常態化しているのなら、最初から知事という役職者はいらない

第三者による調査に時間がかかったのが問題だから、徹夜でも調査させるべきで、できないのが社会的問題である、と曽野氏はいうのだが批判としては的外れである。時間より根本的な問題を見逃している。舛添氏は自費で弁護士を雇ったと言う。それなら、法的には弁護士は依頼人の舛添氏の個人的利益を守るのが責務の「代理人」であり、弁護士倫理規定にもかなっている。

当然であろう。裁判では原告と被告の双方に弁護士が付き、弁護士は報酬をもらうから、双方の弁護士の主張は異なる。舛添氏の代理人たる弁護士が、誰からも反論の余地のない客観的な調査をすることはあり得ない。例えば、弁護士がもっと調べるべきことがあると考えても、舛添氏に不利になる可能性があれば、調査しないでおく方が、舛添氏の代理人たる弁護士としては正しいのである。

確かに明白に、政治資金規正法違反だと言える案件は指摘されていない。新聞の投書にあったように、舛添氏はかつて、同法はザル法だといっていた。それを機能させるには、政治家個人の倫理性に頼らざるを得ない。だから、舛添氏は何度も政治家や公務員の倫理保持の必要性について語っていた。結果的に舛添氏はザル法だから放っておいてはよくない、と主張していたのである。それを承知で舛添氏が、ザル法を逆手にとっていたから嘘つきなのである。ちなみに小生は政治資金規正法をいくら厳格化しても無駄で、政治家の倫理性に頼るしかない、と考えるものである。

曽野氏は、美術品の所在が分からないのは、都庁の役人の怠慢である如きことを言う。だがこの件も含めて、曽野氏には、首長は総理大臣と比べても、遥かに独裁的権限を持っている、という根本的認識が欠けているように思われる。本来日本の公務員は、物品管理にはうるさいほど几帳面である。だが買った美術品の保管場所を確認させて下さい、と部下が言っても、余計なことをいうな、と言われればお終いである。横暴とは思っても、部下は従わざるを得ないことが多いのである。

だから、舛添氏ばかりではなく、宿泊費が条例違反だと首長の部下は諫言できないのである。今回明らかになった最大の問題は、首長が節操を無くして独裁権限を振り回した、と言う事であろうと思う。東京都の場合には組織が大きいし、マスコミなどの監視は厳しいからましな方である。だが、県、市町村など組織が小さくなり、人間関係が濃密になると、首長の独裁的傾向はひどくなる。小さな組織で、何期も連続して首長をしている自治体では、幹部ばかりではなく、かなり末端の職員まで横暴な首長の顔色を窺わなければならない実態があり得ることこそ問題である。

曽野氏の言うように、わずかな私的流用のために、多額の議員給与が浪費されたことが問題なのではない。独裁権限を乱用した首長が、政治資金規正法については違法性をないことを利用して居座り、それをやめさせるのに多額の議員給与が浪費され、マスコミが大騒ぎしなければならなかったことが問題なのである。

個人的な妬みの溜飲をさげた人たちを見るのは、あまり楽しくない、という氏の結語は大いに賛成である。一部週刊誌のような、舛添氏の少年時代の生活を私的流用の心因であるがごとき報道は下品の極みである。だが、以前は高潔と見られていた舛添氏が、首長と言う独裁権力を手にすると、次第に暴慢な独裁者の如き者になり果てたのは、多くのトップが他山の石とすべきなのであろう。毎週湯河原まで車で送ることを批判した部下に「俺の車を自分で使って何が悪い」と言ったと伝えられるのは、事実ではないにしても、象徴的である。

 


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