ぎょうてんの仰天日記

日々起きる仰天するような、ほっとするような出来事のあれこれ。

ボヘミアン・ラプソディ

2019-08-17 21:14:31 | コラム

遅ればせながら映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観た。クィーンの音楽と才能を持つ人間が才能があるがゆえに蝕まれていく様子が描かれていた。
クィーンの名前も知っていてその音楽はラジオやテレビCMを通して知っていたけれど、それがクィーンであると認識していない程度なのでとてもコラムにする程の見識はない。書いたらファンに叱られそうだ。そこで何を書くかというとそんな私があの映画を見ていいなと思ったことを2点ほど。

映画で紹介された音楽は聞き覚えのある、つまりは大ヒット曲で「ああこれもクィーンなんだ」と今さらながら知った次第で申し訳ないくらいだ。英語の曲を聴いて内容を理解できる程の英語力は私にはないので声やメロディー、テンポ、音の構成などで曲の好き嫌いを判断するしかない。それでももちろんいい曲だとは思っていたけれど映画で字幕付きで紹介されると自分の中の「いい曲だ」の言葉が途端に厚みを持ってくる。これは人に支持される曲だ、人の心を歌っているんだと感じる。「伝説のチャンピオン」(これ、他に訳しようがなかったのだろうか?)「ウィー・ウィル・ロック・ユー」「レディオ・ガガ」がそうだった。日本のポップソングは恋愛に関するものが多くてどうも甘ったるい曲に流れがちで。恋愛の歌も悪くないけれどそれだけではね。「人間、恋愛だけがすべてではないでしょ」とか言いたくなる。ロックもあるけれど、どうもメロディーや音の構成が「歌える」感じではなくていま一つ。(好きなものもあるけれど)

もう一つはフレディ・マーキュリーがエイズの診断を下された後に病院の廊下を歩くシーンについて。サングラスで顔を隠し帽子を目深に被って歩く後ろ姿に向かって少年が「エーオ」と静かに、まるで独り言のように声をあげる。コンサートでファンと一体になるためにフレディがよくする掛け声の交換だ。フレディは立ち止まり、間を置いた後ほんの少しだけ少年の方を向き短く「エオ」と返す。嬉しそうに微笑む少年。しかしその少年の顔は明らかにエイズの症状が見られる。そう、その病棟の廊下に座る少年もまたエイズ患者なのだ。

ここで掛け声を返したら自分の正体と病が世間にバレてしまうかもしれない。しかしこの病棟にいる少年もまた自分と同じ不治の病を持つ。そして病気だけでなく、スーパースターであり、ゲイであり、複雑な背景を抱えるが故に少年の持つ孤独ややるせなさを誰よりもわかる自分。なればこそ励ましたい。少年もスーパースターを見つけて嬉しさと同時にフレディへ同じことを思っただろう。同じ病を持つ二人だからこその交感。そして(フレディがファンとの間に望んでいた)一体感と励まし。
「君もなんだね。」
「そう僕も。そしてあなたも。」
そんな声が聞こえてきそうな静かで悲しくて暖かくて、相手への労りに満ちた一瞬の一体感。それまでのストーリーのすべてが反映されて観る者に幾重もの思いを抱かせる良いシーンだった。




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