いつもご笑覧いただいている方ですが、私と同年の方「団塊シニアのひとりごと」さんのブログが気になっています。
はからずも同世代として、気持ちの上でも助けられる内容が多く大変参考になっています。
しかしながら、コメント欄などは閉じられており承諾も得ないままに、昨日の内容をご紹介したいと思います。
*すみませんが、ご紹介するのが不都合でしたら、何らかの方法でご連絡ください。すぐに削除いたします。
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人と会わなくなったけれど 2024-07-23
老後の生き方
母が亡くなってから人と会うことが激減した、母が生きてたころは月2回新幹線で実家に行き、掃除、買物、夕食の準備、病院への付き添いを7年間続けた、その後認知症になり高齢者施設に入居してからも実家への訪問と施設の訪問をさらに2年間続けた、晩年は大腸がんに罹患、4年前コロナ禍の中95歳で亡くなった。
病院の医師、看護師、近所の人達、施設のスタッフ、葬儀社、さらに実家の処分では不動産業者、解体業者、市役所、法務局、税務署など事務的とはいえ会って話さなきゃならない人がそれなりに多かったが今は激減してしまった。
かといって誰かと会いたいという気持ちもない、若い頃は自分の気持ちを、自分のつらさを、自分のやりたいことをわかってもらいたい、だから会って話したいと思ったものだが今はそんな気持ちはない、感性が鈍ったのかもしれない、それでも年老いてしがらみから解放され、なぜか生きやすくなったと思っている。
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*私も一昨年、102歳で母が他界し、また72歳まで働いていたせいか、やらなきゃいけないことや、多くの方々との会話もありました。今年の春先にはその関係は全て終了し、仕事関係も年金暮らしとなり、お話しする方々も激減いたしました。
でも、余計な?お付き合いも無くなり、何故か生きやすくなったことも事実です・・・。
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はたからみて幸せそうにみえても悩みや苦しみのない人なんていないはず、満ち足りているよう見えても人は必ず心の片隅に苦しみを抱えているものだ。
人はなぜ苦しむのかというと自分で思いどうりにならないことが多いからだ、例えば身近にいる他人と比べる、相手が自分より裕福で子供も優秀で幸せそう、それに比べ自分は不幸だと思いこんでしまう、しかし本当のところはわからない、幸せそうに見えても人に言えない悩みや苦しみを抱えてるかもしれない。
そういう時は他人と比べるのをやめたほうがいい、やめると人生らくになる、実際自分だけに都合のいい人生などありえない、だから苦しくて当然、悪くて当たり前と思ったほうがいい、そして人は人、自分は自分、ありのままの自分を生きた方がいいと思っている。
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*そう、隣の芝生は青く見えるのは当然です。しかしながら、今さら生まれ育ちの環境や現状を説明するのも必要なくなったのでしょう。
自分は自分、ありのままの自分を生きた方がいいと紹介されていました。
この言葉で少し、気が楽にもなりました。
この方とはいつから、どのようにつながったかは分かりませんが、プロフィールも同じ世代(1948年生まれ)です。ご趣味も音楽(アメリカンフォーク)のようです。
同世代として、私と同じような方がいらっしゃることにある種の安らぎも覚えます。
ご本人の了承も得ずに、投稿されている内容をご紹介していますので、お許しいただければ幸甚です。
yuki76
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