「巷に乱れ飛んでいた 憲法改正問題も 相次ぐ政府の失態に
やや、腰折れの感じである。私にとっては 慶賀すべき事情である。」
戦争 賛美者の勇ましい掛け声・論評を見聞するたびに 嫌悪感が走った。
まず 憲法改正の根本が 大国主義への道を求めていることである。しかもそのエンジンは
日本人の持つ 恒久平和への道のりとは およそ真逆の戦争による覇者の夢であった。
勝手の国粋主義・全体主義・完全無欠主義などとうに構造的欠陥を暴露した戦争論手に依存しているあやふさである。
私たちは全戦争において 日本軍が描いていた戦争構図と、相手国の戦争構図が全くすれ違っていた。
たとえば、真珠湾攻撃の大銑かの裏で にたりと笑みを漏らした連合国とね勝った勝ったと
はしゃぎまくった悲しい日本の構図の違いが一番だった。それに付随したのがミッドウェーの
大惨敗で会った。強大な海軍と優秀な空軍を海に沈めてしまった。
第二がソロモン・比島開戦のこれも大惨敗と言える。ここに至って大本営も配線をしり始めた。制海権制空権を失った日本国は田んぼの中の案山子となった。行き着く頃は
哀れ若者たちの特高作戦である。更に最後の戦争構図の決定は廣島・長崎の原爆の
洗礼であった。かくのごとくみじめに終わったのは なぜが。それは現在でも残存して
大いに国民に共鳴されている 国粋主義である。
そもそも、憲法改正が自衛隊を国民軍として位置図けたいという野望の一団である。
しかしねこれには大いに意義ある。まず現在の自衛隊自体国軍と言えるだろうか。
アメリカの洋平ではないのかという見方もある。自衛隊の備える武器の対部分はアメリカ製だから その思想まで受け継いでいるわけだ。武器は日清月歩の勢いで進化している。
中國?アメリカ。ロシヤ ヨーロッパなど いずれも 「最終兵器」を目標にして競争だ。AI化の進歩世界第一位という中国が後数年でアメリカを追い越すだろうといわれている。
遂にアメリカは北朝鮮にすらお手上げだった。その間日本アメリカの背後でピエロの役を果たすことにったのが平昌オリンピックの総理の内政干渉問題であった。
一強主義に最近ほころびが見え始めている。でもそう簡単ではないチョコレートでも転んだ
日本与論だ。日本が日本人の持つ天性を縦横に発揮して 世界の尊敬を雨ひいては世界の恒久平和の座標点となりうるか それとも再び焦土の国となり地球の歴史から消えるか。
90歳の私には見える。地方創生は何をしなくてもやがて活気を取り戻すときが近くやってくる。
天はその人に大役を与えんとして、まずその人に大きな苦しみを与えられるそれが今しいたげられている人たちである。それは日本国憲法の完全平和主義 戦争放棄 人権主義
換言するなら「和」野世界であり「抜かざる日本刀」であろう。
もう昔タイプの戦争ではないの。自衛隊員が一人死ぬ前に民間人が一万人死ぬそんな戦争のこうす゜である。