あらすじをざっくり言うと、かつて犯罪組織の一員で、現在は自動車修理工場を営む男・ボーレガードが、金に困って再び犯罪に手を染め、さらなるピンチに陥っていくという話ですね。典型的な南部アメリカノワールの形をとりながらも、王道とは少し違う新しさがある小説だったみたいです。
緩急をつけた構成の巧さや読みやすさ、あからさまな危うさは読者を引き込む技だったんだなあと皆さんのコメントを聞いて思いました。
■”マッチョなアメ車”的な強い男性像、理想の父親像の終焉
色々意見はでましたが、まずこの小説が一番目立って提示してくる「強い男性、理想の父親像」について。
ボーレガードは犯罪で稼いでいてある日失踪した父親アンソニーの存在、影響からどうしても逃れられないでいます。家族を困窮から守るには「お金=犯罪」しか選択肢がないという、父親と同じ行動原理で動いてしまう。皮肉にも、父親ゆずりの卓越した運転技術と悪くはない頭脳がそれを可能にしてしまいます。それに対して
「有害な男らしさ、が苦しい」
「すべてを一人で引き受けて、でも支配している。自分がすべてひっかぶるという父親としての在り方は違うよと言いたい」
といった声がありました。また中には、
「ボーレガードは自分はけっこう好き。いい悪いは置いといて、他人より優れている部分でやっていく。自分の能力ひとつで乗り越えていく男性像への憧れは、男性なら誰でもあるのでは。ただ、いまはそうじゃないとわかる。それが本当の強さになるとは限らないというより、ものすごくだめじゃん」
という声もありました。つまり、結局「だめだよ…」と誰でも思うことなわけです。
そして、それこそ本作の意図するところであるようで、
「自分のスキルで押し通すのがかっこいいこととは描かれてない」
「アメリカンマッチョ思想(男たるもの理想の父親であれという)の限界と終焉とを、政治の貧困を背景に描いた一冊だと思いました」
という指摘もありました。つまり、時代もあってもうそういうことじゃないんじゃない?と疑問を呈していると。「パワフルだが燃費の悪いバカでかいアメ車」になぞらえた解説もなるほどです。(ダスター初め、そんなマッチョなアメ車の見本市みたいな小説なので)
■翻訳ミステリ、ハードボイルドノワール好きな立場の方から
私は自分では好んでこういう小説を読まないのですが、好きでよく読むという立場のかたのコメントがまた秀逸でした。ちょっとうろ覚えのところのあるメモです。
***
「ベタな南部アメリカノワールの類型から少しずらして、これまでの『強い男の在り方』に対してそれでいいのかと問いかけ続けている。従来ノワール作品は、結局失敗して家族にも見放され野たれ死んでいくが、本作はそうはならない。
おちぶれて死んでいくほうが、ある意味かっこいいし物語としてはきれいに終わるのだが、ボーレガードは、死ぬでも失踪するでも、出頭するでもない。彼が今後どう生きて行くかの具体的な決着はつけられておらず、どういう方向にも行ってしまいそうな、きれいな終わり方はしない、危うい終わり方がよかった。
彼はいつまでも父親のことを諦められないが、当の父親はボーレガードが好きなシェイクの味も覚えていない。実は家族のことをちゃんと見てはいない親だったことが(読者には)わかる。ボーレガードがそれをやっと認めて、『(父親の)亡霊を追うのをやめる話』なのではないか。
また印象深いのは、『理想の父親像』を求める思いの根深さで、ボーレガードの息子もまた間違ったやり方でそれを踏襲している。きりのないやるせなさが全編に漂っていて、犯罪ドラマとしてみると小気味いいが、そういう家族の話としてしてみると、その根深さがやりきれない。
ホワイトプアのロニーにしてもそうだが、負の連鎖を止めるにはお金(しかも犯罪で得る)しかないという選択肢のなさがきつい。読みやすいけれど、意外とすっきりしない小説だったと思う。」
***
「すっきりしない」というのは、「座りの悪さで読者を捉える」ということかなと思いました。それがノワールってものかしら。「面白いけれど、それだけで終わってはいけないと思わせる読後感のざらつき」とおっしゃったかたもいましたね。社会の闇を描きつつエンタメに昇華するという感じ?
それは、皆さん共通して感じていた様子の「犯罪で得た汚いお金を…と批判的に見てしまう面もあるけれど、"豊かじゃない黒人"として生きるというのがどういうことなのか、実際に理解することができない我々からは、どうするのが一番よいことか簡単に断じることはできない」というモヤモヤとも通じるものかもしれません。
***
次回は最近文庫化された『掃除婦の手引き書』ルシア・ベルリン著、岸本佐知子 訳 です。大変評判が高かったこの短編集、わたしは一度図書館で借りて全部読めずに返してしまったのですがと言ったら、同じく…という人が2人いらっしゃいました。みんなでリベンジよ~。
最新の画像もっと見る
最近の「読書」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事