平成27年4月29日(水)
JR東海主催 さわやかウォーキング
「❽醒井の湧水とチューリップ畑、飛行観音の松尾寺を訪ねて」の続きです。
コースを進んでいくと、お堂のような建物が見えてきました。
霊山寺
霊仙というお坊さんを記念して建てられたお堂だそうです。
日本で唯一、三蔵の称号を贈られたお坊さんです。
お参りします。
仏像いっぱい安置されていました。
比較的新しい感じです。
霊仙三蔵記念堂建立趣旨
三蔵と聞くと、西遊記の三蔵法師、玄奘三蔵を思い浮かべるのですが、
この霊仙三蔵は日本人なのです。
霊仙三蔵の出身地については、いろいろな説があるそうですが、一つはここ、滋賀県の醒井なんだそうです。
山の中腹の見晴らしの良い場所。
本当に良いところです。
さらに奥の方へ行ってみます。
松尾寺があるようです。
番犬のわんちゃん。
思いっきりカメラ目線だわ。
途中にお店が数軒並んでいました
お店で虹鱒丼を食べたかったのですが、人が沢山居てあきらめましたw
お店の横の細い道を抜けて行きます。
傍の池を見てみると、大きなニジマスがいっぱいいました。
松尾寺の山門を潜っていきます。
松尾寺が見えてきました。
階段を上がって、後ろを振り返ったところです。
本当に山深い場所です。
松尾寺本堂。
こじんまりとしたお堂ですね。
このお堂も新しいです。
松尾寺の由来
鈴鹿山地の北端にそびえる霊仙山(標高1083.5m)は古くから神仏の棲む山として信仰されてきました。
丹生川の谷間を隔て、霊仙山を一望することができる松尾山(標高504m)の山腹には、
霊仙山と深いつながりをもつ普門山松尾寺がありました。
松尾寺は現在、ふもと醒井養鱒場に隣接する松尾里坊に本堂が再建され、
資料館が建てられましたが、急峻な山腹に造られたかつての境内地には、
本堂跡や坊院跡、石造九重塔、曼荼羅堂、修行の場だった岩場などが広い範囲に残され、
平成23年3月に滋賀県の史跡に指定されました。
松尾寺は寺伝によると天武天皇9年(680)にこの地で修行していた役行者が、
雲に乗って飛来した聖観音像と十一面観音像を洞窟内に安置したことに始まるとされています。
松尾寺の本尊は、この時飛来したとされる飛行観音です。
元慶年間(877~885)には、伊吹山を中心として活躍した僧三修の弟子である松尾童子が堂宇を建立したと伝えられます。
中世には、山伏が勢力をもつ有力な寺院であり、浅井三代の基礎を築いた浅井亮政や佐和山城にいた石田正継(石田三成の父)など
有力大名の庇護を受けました。
江戸時代には、彦根藩井伊家の庇護により、寺領60石が寄進され、寛文年間(1661~1672)に本堂が再建されました。
(昭和56年冬の豪雪により倒壊)
お堂横からの眺め。
素晴らしく清々しい。
戸締り用心、火の用心で本堂の扉はしっかり鍵がかけられた状態。
中央に屏風があって、中もうかがい知る事の出来ない状態で、残念だなぁ~と落胆していたら・・・、
ちょうど関係者の方が来て、お堂横の扉鍵を開けて、
扉をしばらく開けっぱなしにしてくれていたので、堂内を見ることが出来ました。
1mほどの阿弥陀様、飛行観音様も安置されていました。
本堂の露盤
金ピカで眩しいですw
本堂からの眺めは最高でした。
そろそろコースへ戻ります。
霊仙三蔵記念堂まで下りてきました。
松尾寺、霊仙三蔵記念堂を後にして、
次の目的地へ向かいます。
長くなりましたので、続きはまたにします。