ハナの花

そのときどきの出来事や見聞について記します。

『論語』つれづれ12 「剛毅木訥は仁に近し。」 2021.1.24

2021-01-24 13:54:26 | 論語
孔子の言葉です。「剛毅木訥は仁に近し。」
読み 「ごうきぼくとつはじんにちかし。」
意味 〈剛毅木訥といった徳はそれ自体で仁とは言えないけれども、仁に近いことは間違いない。〉

 「剛毅木訥」は全体として熟語のようになっているとされます。一応それぞれの字の意味を私なりに記してみます。(古い注釈では、別の解釈をしているものがあります。
・剛・・・意志が強くひるまない。
・毅・・・つよい。いったん決めたらゆるがない。剛毅という熟語がある。
・木・・・素朴。飾り気がない。
・訥・・・話し上手ではない。うまくしゃべらない。朴訥という熟語がある。

 毅然としていて、お上手がなく、素朴でばらべらしゃべらないというのが、人格的によいと言っているようです。
 自己の立場をよくしようとして、何につけても愛想よくうまく立ちまわり、言わなくてもよいことをぺらぺらしゃべるのは、いただけません。
 これもまた、思えばわが身の反省すべきことであります。

**ご覧くださり、まことにありがとうございます。

 

『論語』つれづれ11 「躬自ら厚くして、薄く人を責むれば、則ち怨に遠ざかる。」 2021.1.23

2021-01-23 18:20:22 | 論語
 孔子の言葉です。
「躬自ら厚くして、薄く人を責むれば、則ち怨に遠ざかる。」 
読み「みみずからあつくして、うすくひとをせむれば、すなわちうらみにとおざかる。」
意味〈己の責任はきびしく問い、人の責任はゆるやかに問うようにすると、必ずや怨みの気持ちから逃れられるのだ。〉
 
 孔子は、自己に厳しく向き合い、他者には寛大に対する人で、そうした姿勢は『論語』のあちらこちらからうかがえます。

 おそらく、孔子もまた自分が理解されないときには、内心〈怨み〉を抱くことがあったのでしょう。そうした自己を反省しつつ努力して、徐々にそこから脱していったのだと思います。

 孔子は、60歳で〈耳順(じじゅん)〉、すなわち〈60歳で他人の意見にも冷静に耳を傾けるようになった〉と言います。孔子でも淡々として客観的に人の言を受け取るには、時間がかかったのだと思い、またまた恥ずかしく思う次第です。

**拙文をご覧くださって、まことにありがとうございます。


 

『論語』つれづれ 10 「知者は惑はず。仁者は憂へず。勇者は懼れず。 」 2021.1.15

2021-01-15 09:47:53 | 論語
孔子の言葉です。「ちしゃはまどわず。じんしゃはうれえず。ゆうしゃはおそれず。」
意味〈知者(知識・知恵のある者)はものごとのありようがよく分かっているので判断に迷うことがない。仁者(思いやりのある者)は、他者を優先して考えているので内心くよくよすることがない。勇者(恐れず心の強い者)は外に向かって果断でありびくびくすることはない。〉

この言葉は、『論語』に二度出てきます。二度目に出ている個所では、孔子は、知・仁・勇を君子の道として、自分には実践できていないと述べています。それは、孔子が知・仁・勇を、惑う・憂える・恐れるというように自分の心の問題としてとらえているところから出てきている思いです。ここに、内省を重んじ努力する孔子の素晴らしさがあるように思われます。
門弟などから見れば、孔子の内面はわかりようもなく、その言動はまさに君子として知・仁・勇が実践されていると思われたのではないでしょうか?

**ご覧くださり、まことにありがとうございます。





『論語』つれづれ 9 其の身正しければ、令せずして行はる。其の身正しからざれば、令すと雖も従はず。」2021.1.12

2021-01-12 09:59:15 | 論語
孔子の言葉です。「其の身正しければ、令せずして行はる。其の身正しからざれば、令すと雖も従はず。(そのみただしければ、れいせずしておこなわる。そのみただしからざれば、れいすといえどもしたがわず。)」
意味〈「為政者自身が正しければ、命令を下さなくても国はきちんと治まる。反対に、為政者自身が正しくなければ、命令を下しても人々は従わなくて、国がうまく治まらないのだ。」〉

若い頃に、尊敬すべき職場の先輩が、「率先垂範(そっせんすいはん)」とよくおっしゃっていました。私にはとてもできませんでしたが、そういう言葉を教わったことだけでも、ありがたいことだと思います。

**最後までご覧くださり、まことにありがとうございました。


『論語』つれづれ8 二松学舎の「論語カレンダー2021年版」を入手しました 2020.12.30

2020-12-30 15:06:18 | 論語

 欲しかった二松学舎(にしょうがくしゃ)の月別論語カレンダーを入手することができました。月ごとに『論語』の章の原文が掲載され、それに訓読と意味が添えてあります。
 また、二松学舎の創立者三島中州(みしまちゅうしゅう)や舎長を務めた渋沢栄一に関する貴重な資料も画像付きで載っています。
 監修は石川忠久氏、『論語』の章の選者は町泉寿郎氏です。
 日々、このカレンダーを見ながら、少しでも向上すべく努めたいと思う次第です。

**ご覧くださり、ありがとうございました。