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須磨観光ハウス~花月と猫の物語

1937年(昭和12年)に神戸市迎賓館として誕生した須磨観光ハウス「花月」と猫ちゃんたちを応援するブログです。

離宮公園(5)~須磨離宮植物園・志らはま鮨

2020-11-12 06:33:51 | 日記
植物園は「華麗なる一族」(山崎豊子)のモデルとなった旧岡崎邸があった場所です。「華麗なる一族」をもじって花月猫ちゃん達を「華麗なる猫一族」と紹介したのですが、ご覧になってくださいましたよね!

ドン・キホーテの現代彫刻等を左に、煉瓦と花崗岩の切石でできた美しいトンネルを抜けると、児童公園があります。ここのジャンボ滑り台は有名かも??同行した方によると「子供の時、めっちゃ怖かった~。。。」




連絡橋をわたると、植物園エリア。十月桜と紅葉の共演が見事でした。桜と紅葉を一緒に鑑賞できるのは嬉しいですね。



ここで、時間切れです。連絡橋を戻り、新池のメタセコイヤ並木を横にスイレン池(新池)の鯉たちを眺め、花しょうぶ園を右折。月見山(月見台)下の細道を森林浴を楽しみながら正門まで戻りました。





ランチは「志らはま鮨」で。この店の名物盛り合わせ「すまの関守」をいただきました。「花巻き寿司」、「焼穴子手押し寿司」、「鯖・うの花」をかわいい木の葉に見立てた「柚の香寿司」、赤出し、デザートで大満足!お持ち帰りもできる老舗のお寿司屋さんです。



今回の歴史散歩はこれでおしまいです。
次回もおたのしみに。


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離宮公園(4)~傘亭・石灯籠・行平月見の松・月見山

2020-11-10 22:19:15 | 日記
さて、夢のようなバラ園を南に、わが国のプリンスを探しましょう。

須磨は在原行平が蟄居した場所です。
別の歴史の先生に聞いた話ですが、平安時代には、女性関係でヘマをした時、須磨へ流されるというのが一般的であったようです。
「源氏物語」で光源氏が自主的に須磨へやってくるのも「女性問題」があったからですね。



ヘマした行平が寂しく侘しく月を愛でた場所こそ「月見山」です。
その復元場所が園内にあります。傘亭というあずまやと石灯籠があり、ここでは昭和天皇、そして母君の貞明皇后もご散策なさったようです。
数多くの伝承でこの地に縁ある松の木は「須磨区の木」にも指定されています。松風・村雨堂も近くにありますからね。




月見台からは比較的眺望が良く、広範囲に海原を見渡せます。
しかし、高層建築が多くてホントに視界が悪いです。海辺の高層マンションに住む人たちは日々恵まれた景色を目にするのでしょうが、国民の公園となった離宮からの眺めがこれでは恥ずかしいかぎりです。



外国と比べ、日本はその土地全体の歴史的景観をほぼ考えない国だと言えるでしょう。奈良、京都、鎌倉等等・・・きっと有名な町々も地元の方々の理解と協力があってこそ、歴史的景観の現存が成立しているのでしょう。公的な指定ができないものでしょうか。
栗林公園を思いだしました。写真スポットで撮影すると高層ビルが写りますので、とても残念でした。



大都市部で高層マンションに住むのはよいでしょう、既に自然の風景はないのだから。
神戸のような地方都市の歴史的景観が問題なのです。
月見山、離宮道、塩屋・・・万葉の時代から海原を見渡す景観は、高層マンションによって奪われました。栗林公園しかり、中規模な都市部では絶対にしてはいけないことがあると思うのです。

須磨観光ハウスと「花月」を守りたい理由の一つがここにあります。
最後に残った「古代からの須磨の景観」が視界いっぱいに眺められる場所は、もうあそこにしかありません。

皆さんもどうか、須磨観光ハウス「花月」を守り、須磨の原風景を守りぬくことに共感してください。
(続きます)


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離宮公園(3)~噴水広場・王侯貴族のバラ園

2020-11-08 21:34:36 | 日記
噴水広場は離宮公園のハイライト!!
今日は歴史散歩で来たので、いつもとは違う視点で離宮公園を観察しているのですが、普段は噴水広場周辺しか目に入りません。ヨーロッパにある宮殿の庭園さながらなきらびやかな場所です。



今日はレストハウスに上がりませんでしたが、レストハウスから見る眺望には息を飲みます。眼下には左右対称の庭園~噴水、芝生、王侯貴族の薔薇とゴージャスです。
天気のいい日の海原を借景に入れるなら、ベルサイユ宮殿のお庭よりステキかもしれません。とはいえ、離宮公園の庭園はフランス風でなくイタリア式・露壇式庭園です。



バラには改良種の四季咲きと、春にしか咲かないオールドローズがあるようで、今日のバラは全て1867年以降のもの。オールドローズ以降の改良種です。



プリンセス・ミチコ、マサコ、プリンセス・アイコ、プリンセス・ドゥ・モナコ(グレース・ケリー)、クイーン・エリザベス (前のエリザベス女王)、ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ、クレオパトラ等等、女王様・王女様が勢ぞろい。ディズニーのお姫様より多くいらっしゃいます。





他にもイングリット・バーグマン、マリア・カラス、チャイコフスキーなど著名人がずらり。バラの花名、名付け親はとっても楽しいでしょうね。
(続きます)



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離宮公園(2)~中門・潮見台

2020-11-08 20:50:37 | 日記
馬車道を登り切ると視界が開けます。ここは離宮なので中は広々としています。そして中から外側がみえる、しかし外から内側は見えない工夫があります。



樹木も様々植えられているのですが、目を引くのがヤマモモ。歴史の先生によると、須磨区白川のヤマモモは昔、朝廷に献上されたそうです。須磨区では強いヤマモモの木が、造営時に裏山から移植されたようです。食べても美味しいんですね。

広場の主はクスノキ。凄い枝ぶりですね。クスノキは枝と木じぐらいの根が地下を這って支えているので、こんなに枝が張り出していても木は倒れないそうです。二つの枝が一つになった「連理の枝」も、結合部分のコブは大きいです。



オリーブの木もあります。今では小豆島で有名になったオリーブ園はそもそも神戸が発祥の地だそうです。



中門の獅子はどちらも「阿形」、後に「二楽荘」を作った大谷光瑞率いる大谷探検隊が持ち帰ったものでしょうか。阪神淡路大震災で壊れた部分は補修してありますが、もちょっと上手に直してほしいかな~。



中に入ると、またもや亀甲形の石を使った塀、賀川県産花崗岩の堀です。デザインが古びません。



そして、潮見台。どこかのお城のテラスのようです。



ここに座って海を見るのは気持ちよかったでしょうが、今では樹木が茂り、海までの土地に高いビルやマンションが立ち並び、当時の面影はかなり薄いです。残念ながら「花月」から見る景色にはかないません。



さあ、王侯貴族のバラ園へと進みましょう。(続きます)


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離宮公園(1)~バラの小径から正門・馬車道

2020-11-08 20:22:41 | 日記
今日は山陽電鉄月見山駅からの「歴史散歩」、須磨離宮公園に行ってきました。
須磨観光ハウス「花月」でお泊りの際には観光地としてお勧めです。



「バラの小径」を月見山駅から離宮公園まで10分程度歩きます。
道路に貼ってある薔薇ステッカーと住宅前の薔薇鉢とを追っていくと迷子になりません。





このあたり、離宮前町は高級住宅街で以前は大きな家も多かったのです。高校の友人宅には立派な階段が二つありました。
多くはマンションに変わってしまって、超ビッグな邸宅は少なくなりましたが、高級感あふれるお屋敷が並び、それぞれのお庭がまたステキです。


さて、須磨離宮公園ですが、前身は皇室の別荘「武庫離宮」で、天皇陛下のご宿泊のため、大正3年(1914年)に造営されたもの。選定当初の主目的は身体があまり丈夫でなかった皇太子時代の大正天皇のご静養でした。
昭和20年(1945年)の神戸空襲で御殿などの主要建物が焼失するまでの約30年間、大正天皇や貞明皇后、昭和天皇(当時皇太子)、「ラストエンペラー」として知られる溥儀皇帝(当時満州国皇帝)がご利用されました。

離宮の造営には国宝の迎賓館赤坂離宮(旧:東宮御所)などの建築を手がけた片山東熊や、新宿御苑の庭園設計を行った福羽逸人など当時最高レベルの技術者らが携わっており、宮内省(現:宮内庁)が西本願寺の門主・大谷光瑞の月見山別邸と隣接する土地を買収して大規模に造成が行われた国家事業でした。

戦後、進駐軍の射撃訓練場に接収されたのち、昭和31年(1956年)に神戸市に返還されました。昭和33年(1958年)に当時皇太子であった上皇陛下のご成婚記念事業として整備がはじまり、昭和42年(1967年)に正式開園しました。

門左右の壁、亀甲形の石は当時のままです。入場するとヒマラヤ杉(インド杉)がお出迎え。
向かって左側、建設当時のままのコンクリート壁に沿って植えられたカイヅカイブキの並木に沿って馬車道が続いています。右側には人工的な石組みが勾配をなし、馬車道に左右から樹木の影を落とします。馬の蹄の音が聞こえそうな佇まいです。




さあ、馬車道を進みましょう。(続きます)



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