日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

山と河にて (26)

2023年10月24日 06時11分24秒 | Weblog

 皆が黙々として、前を行く組に従い歩いているうちに、雲の切れ間から下界の緑が眺められる様になり、やがて暑い日ざしが照り映え、下からソヨソヨと吹き上げる生温かい微風は、風雨に濡れた身体や衣服を乾きやすくしてくれた。
 マリーは、ちゃっかりと六助に負ぶさっていたが、健ちゃんが大声で
 「もう直ぐ休憩小屋に辿りつくので、そこで服を乾わかし、休んで行こう」
と声をかけて、疲労気味の皆を励ました。 
 山の中腹にある休憩小屋に辿りつくと、荒れた天候も一変して雲一つなく晴れ渡り、夏の陽光が眩しく草原を照らし、薄紅色のハクサンコザクラや白や黄色の名も知らぬ小さな草花が綺麗に咲き乱れていた。
 暑い日差しにも拘わらず、そよ風が心地よく吹いていて、疲れた身体を癒してくれた。

 直子は、健ちゃんの背から降りると、まだ、六助の背から降りようとしないマリーを見て
 「六助さん、重かったでしょう」「マリーさん、離れたくないでしょうが・・」
と二人を冷やかすと、六助は疲れきった表情で
 「このフイリッピン産のクロマグロは痩せていて脂身が少なく、売り物にならんと思うよ」
 「刺身にしてもアジに自信がもてないなぁ~」
と、彼女の我侭と甘えた態度に懲りて、独り言を呟やきながら皮肉を言って降ろすと、彼女は彼の頭をいたずらっぽく軽く叩いて
 「なに言っているのよ」「賞味する勇気もないくせに」「わたし、お魚ではないゎ」
と、小さい声で負けずに言い返していたが、健ちゃんが
 「お前達、お互いに山の神様の御利益でよい思いをしたので、言い争いは止めろ」
と冗談を言って、二人をなだめたあと
 「宿にたどり着くまでに時間もたっぷりあるので、此処で服を乾かして行こう」
と声をかけた。

 奈緒は、皆の笑い話の輪からそっと外れて、大助の背後で
 「シャツを脱いでぇ~、小川で洗うから」
と小声で言うと、大助は
 「いいよ、木にぶら下げて乾かすから」
と返事したが、彼女は彼の白いシャツの胸元をチラット見て
 「いいから脱いでぇ。口紅が付いていると困るので・・」
と言って、袖を引張って無理に脱がせると、小川の淵に行って洗い出した。
 皆は、彼女に攣られるように、夫々が、小川の方に行き、シャツやズボンを脱いで洗い出したが、珠子がシュミーズ姿になった女性群を代表して、少し離れた男性群に向かい
 「わたし達、ヒュッテの中で休ませて貰いますので、貴方達は杉の木陰で休んでいてね。来ないでねぇ。。。」
と叫んで、さっさと小屋の方に女性達を連れて行ってしまった。
 健ちゃん達は、パンツだけの姿になり、洗った衣服を枝に吊るし、彼女達が川の淵に並べて置いた靴と自分達の靴を洗い終えて、石の上に並べて干したあと、木陰の下で輪になって腰を降ろし雑談していたが、六助がいまいましげに
 「チエッ! 背負って難儀した分、ゆっくりと目の保養をしようと思っていたのに、小屋に逃げ込んでしまい、ツイテネェナァ~」
と、冗談ともつかぬ不平を漏らし、大助に向かい
 「女性のあの姿は凄く色っぽく男心をくすぐるなぁ~」「奈緒ちゃんは、一番若いせいか初々しくていいなぁ」
と、やけっぱちに言って皆を笑わせていた。

 直子は、隣合わせて座っている、マリーのシュミーズからのぞいている胸や上腕を見て
 「あなた、素肌が白いのね。肌も艶があって凄く健康的で羨ましいゎ」
 「良い美容方法があったら教えてくれない」
と聞いたところ、マリーは
 「わたしは、赤道直下のフイリッピンで育ったけれども、私の祖父はアメリカ人の軍人だったらしく、要するに、現地人の母親とのハーフよ」
 「特別に手入れなどしていないが、時々、お風呂に薬用の炭酸を少し入れているためかしら・・」
 「血液の循環が良くなって、サウナに入ったみたいに汗をたっぷりかいて、皮膚からも老廃物を出して気持ちもすっきりするゎ」
 「もともと、地肌も黒いし、それに、お給料も安く、高級なお化粧品は欲しいが勿体無いし・・」
と、健康的な白い歯を覗かせて、明るく笑って答えていた。

 珠子は、そんな会話を興味深そうに聞いていたが、隅の椅子に黙って座っている奈緒を傍に呼んで
 「奈緒ちゃんも、子供の頃に比べて肌が白くなったわね」「大助が見たら、きっとビックリすると思うゎ」
と話しかけたら、奈緒は恥ずかしそうに俯いて、上腕を両手で隠すようにしていたが、珠子が
 「奈緒ちゃん。大助は霧の中で、ちゃんと貴女を面倒みてくれたの」
と聞くと、奈緒は
 「雷が鳴って怖かったけれども、大ちゃんは、心配ないよと言って、力強く抱きしめてくれたゎ」
と、小声で答えていたが、珠子が、尚も
 「そぅ~、それっきりなの?」「アイツ、そうゆうところが駄目な男なのよ」
 「わたしが、あとで、よく言っておくから、大助を諦めたりしないでね」
と言って、奈緒の返事が期待に反したのか、少しがっかりした様に答えたので、奈緒は
 「お姉さん、大ちゃんには、なにも言わないで」「彼は必死になって、わたしを濃い霧や風雨から守ってくれたゎ」
と、霧の中の出来事を避けるように言葉を選びながら、やっとの思いで当たり障りなく、はにかみながら答えていた。

 一行は、暫く休憩した後、マリーが携行して来た湿布薬で直子の足を応急措置をすると、健ちゃんは
 「六助と永井君の組は先に行き、宿についたら、一風呂浴びたあと晩酌の用意をしておいてくれ、俺と大助の組は、直子を庇いながらゆっくりと行くから」
と言って、夫々が二組に別れて下山した。
 大助は、健ちゃんに腕を抱えられて歩く直子の後ろから、彼等の様子を見るようについて歩いたが、彼は道中、杖で草叢を払いのけながら、黙って歩いている隣の奈緒に顔を向けることもなく
 「奈緒ちゃん、好きな人でも出来たかい」 「親しい人が出来たら必ず教えてくれよな」
と声をかけると、奈緒は
 「それ、どうゆう意味?」 「そんな人いる訳ないじゃない。判っているのに聞かないで」
 「失恋の苦しみは、もう、懲り懲りだゎ」 「わたしは、恋をする女にむいていないみたいだゎ」
と元気なく寂しそうに答えたので、彼は奈緒の手を握って
 「僕達は、まだ先のことなど、どうなるか判らないので、あまり型にはまることなく、勝手な思い込みで自分の心を縛らずに、今まで通りに、伸び伸びと行こうよ」
 「明日、学校に戻ったら、今度は秋まで帰れないが、気が向いたら手紙でも出してくれよ」
 「学校は携帯電話は禁止だし、およそ色気のない所なので、心を癒す愛をこめてだよ・・」
と言うと、奈緒は彼の問いかけに直接答えることもなく
 「美代ちゃんとの連絡はとれているの」
 「わたし、同年代の女性として、彼女の幸せの邪魔になる様なことはできないゎ」
 「これまで通り、お友達でいいゎ」
 「大ちゃんも、周りの人達の話に振り廻されず、わたしにも気兼ねなく、彼女と幸せになってね」
と、しゃがみ込んで草花を摘みながら、呟くように小声で寂しそうに答えていた。
 

 

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