学生の頃から三十代前半と間違われており、最近でも32~35歳くらいと言われているため、年々見た目と実年齢のギャップが埋まってきました。
三十代としての自覚や立ち振舞い等と云った堅苦しい事は抜きにして、二十代と変わったこととしては食事の量が減った事でありますが、一日ご飯を4合半~6合くらいは余裕で食べられていた時に対して、今は1日3合半くらい…といったところなので、減って当然といいますか、むしろもっと減らさないと糖尿病待った無しでしょうか?
立志尚特異
俗流與議難
不思身後業
且偸目前安
百年一瞬耳
君子勿素餐
志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない
世俗の意見に惑わされてもいけない
死んだ後の業苦を思い煩うな
目先の安楽は一時しのぎと知れ
百年の時は一瞬にすぎない
君たちはどうかいたずらに時を過ごすこと勿れ
吉田松陰先生が弟子の山田市之允に贈った言葉ですが、学生時代にゼミの教授と伊豆下田へ松陰先生の足跡を訪ねた際、先生から教わりました。
それ以降、この言葉を胸に二十代を邁進して参りました。
とはいえ、二十代は新卒で入った会社がブラック企業だったり、その後ワーキングプアになったりと、本当に失敗だらけの十年でもありました。
しかしながら、その都度多くの方々の助力を賜り、それと同じだけ良い経験、教訓も得ることが出来、感謝が堪えません。
そして、國士舘大學居合道部に入部した時に一つの目標としていた「二十代で居合道五段に合格し、全日本へ行く」という29歳、一度きりのチャンスも、お陰様で得る事が出来ました。
三十代では失敗少なく過ごしたいものですが、されど失敗を恐れずに挑戦する気魄は忘れず、一層邁進して参りたいと思う所存です。
失敗はある意味慣れてしまいましたが、何より失敗した後、如何に立ち振る舞うかが肝要であることを二十代で学べた事は、自分にとって非常に大きな収穫だったと思います。
まさに国士舘大学で学んだ不断の読書、体験、反省を実践、思索し、誠意、勤労、見識、気魄を備える国士たる教錬であり、活学なのだろうと感じる所です。
皆様に於かれましては、今後とも宜しく御願い申し上げます。
失礼します。
志を立てるためには人と異なることを恐れてはならない
世俗の意見に惑わされてもいけない
死んだ後の業苦を思い煩うな
目先の安楽は一時しのぎと知れ
百年の時は一瞬にすぎない
君たちはどうかいたずらに時を過ごすこと勿れ
今の私に響く言葉です。
語彙力の無い私には「縁」とゆう葉しか思いつきません。
迷っていたけど、自分の志を真っ直ぐ行こう。人と異なることを恐れてはならない。と思おました。
突然来てすみませんでした。
福田様の文章とても気に入っています。
またお邪魔させて頂きます。
また、返事が遅くなり申し訳ありません。
ご紹介した格言をお気に召して頂き、大変嬉しく思います。
歴史や過去の人物を調べると、自分がどう生きるべきか指南してくれているように感じられるので、歴史、偉人伝は子供の頃から好きなことの一つです。
学校で習う「歴史の教科」は、単なる暗記ゲームで全く面白くなかったですが…
吉田松陰先生も、将来の日本のために御自身が正しいと考えた姿勢を貫き通し、最期は残念ながら安政の大獄により処刑されてしまいましたが、その意思を貫徹する力は、自分も見習いたいと強く思うところです。