平方録

アレッ、明日ですよ忘年会

そこはこの繁華街一帯でも超の付く人気店で、開店時間の5時前から善男善女の行列ができるほどである。

この日も忘年会シーズンも重なって普段は開けない2階に忘年会の団体客が入り、階下のカウンターもテーブル席も座敷も2~4人連が占拠して活気にあふれていた。
のれんを分けてガラス戸を引いて中に入るとシャチョウが「アレッ、明日ですよ忘年会。さっき〇〇さんから『明日よろしく』って電話がありましたよ。間違えたんでしょ」とニヤニヤする。
う~ん…とあいまいに返事をしていると、「まあまあ、座って座って」とたまたま一つだけ空いていた目の前のカウンター席を指さす。
こういう時は「明日の偵察だ」とかなんとか言ってごまかした方がいいのかもしれないが、見透かされてしまっている以上何を言っても始まらないだろうと思い、黙って席に着いた。
カウンター席から埋まる店なのに、なんで1つだけ開いてんだろうと思いつつ…

ここまでくる間に15分ほどとぼとぼ歩いたこともあって、体はすっかり冷え切ってしまっていたのだ。
言われなくてもお湯割りショーチューの2、3杯も引っ掛けないことには収まらない。このまま来た道を震えながら帰るのは身体に毒である。
でもボタンは掛け違っていたのだ。ビールジョッキの「中」ほどの大きさのグラスになみなみと注がれた芋焼酎のお湯割りが何とも間の抜けたことにぬるかったんである。
「熱くしてくれ」と言うべきだったのだが、言わずもがなだと思ってしまって念を押さなかったこちらが悪い。

酒を捨ててしまうなんて罰当たりなことは出来っこないので、ぬるいお湯割りを速攻で胃の腑に流し込み、あれなら間違いあるまいと狙い定めた「フグのヒレ酒始めました」の張り紙を指さした。
しずしずと差し出された690円もするヒレ酒にマッチで火をつけ、ポッと立ち上る青白い炎に「お久しぶ~りぃネ ♪ 」と目くばせし、唇の方から器に近づけたところまでは作法どおりなのだが、これまたボタンの掛け違いは続いていて、ヌ・ル・カ・ッ・タ ! んである。
バッカスの神はお忙しくあらせられるらしい。こういう日もあるのだ。
日本にも酒の神様はいるようだが、何せヤオヨロズの内のワンノブゼムで、しかも1人ではないから特定の名前は浮かんでこない。
すぐ隣の席で一緒に飲んでいるかもしれないのだが、燗酒の温度にまで口は挟まない主義らしい。

仕方ない、言わずもがなであっても言おう! と決心し、今度はシャチョウに「アッチッチにしてくれ」と念を押し、ようやく望む温度の、体がポカポカと暖まるヒレ酒が我が物となったのである。
随分と遠回りしたものだが、継酒継酒で結局6杯も飲んでしまった。

近くの病院に入院中の母親を見舞っていた妻にメールを送って間違えたことと、軽くひっかけてから帰ると伝えたところ「店はどこ? 」と返信をよこしたのだ。
用事を済ませてきた妻は車だったので焼き鳥数本と刺身をウーロン茶で食べ、「山芋と納豆のオムレツ」という珍奇なものを注文した。
すりおろした山芋と卵と納豆を混ぜ合わせた卵焼き、オムレツなのだが、これが美味しかったのだ。
まぁ、妻との忘年会の予行演習ですナ。

さて、日にちの間違いはどうして起きたのか。
オイラにはオイラの言い分というものがあらぁ ! と啖呵の一つも切りたいところだが、何を語っても、どんな説明をしても、所詮は言い訳にしか聞こえないだろう。
ならば潔く「おボケになったのね」という言も甘んじて受けようじゃないの。

それにしても最初にあのシャチョウが見せたニヤニヤした表情が気に入らねぇ!



◆追記 昨日12月13日のブログで「コハクドウセイガン」を「虎白堂青眼」と書いたが、図書館で立原正秋全集を引っ張り出して確かめたところ「虎」jは「虚」が正しいことが分かった。よって「虚白堂青眼」の誤りでした。訂正します。



この店は鶏肉屋の経営で焼き鳥は言わずもがな、刺身はそれ以上に新鮮で種類も多く、美味しいのだ。このアジは運ばれてきたときも生きていて口をパクパクさせていた。最後に頭から尻尾まで素揚げして骨せんべいにしてくれるのもうれしい


相模湾産のキビナゴの刺身もウマイ


意外や意外美味しかった山芋と納豆のオムレツ


今年初めてのフグのヒレ酒。香りがいいねぇ


午前中、用事で出かけた武蔵小杉の駅前は高層アパートが10数本も林立して一風変わった景観を見せている
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