その戦のために命を落とした人はどのくらいの数に上るのだろう――
そう考えた坊さんがいた。
今から百数十年前に一人でセイロン(今のスリランカ)に渡って仏教の修行をした29歳の釈宗演という坊さんである。
この人の日記が残されていて、その坊さんが導き出した犠牲者の数は「14億人」というものだった。
この数字には大勢の犠牲者を出した第二次世界大戦はおろか第一次大戦の犠牲者も含まれていない。
で、14億という数字がどれくらいの数なのかを感じ取ろうとして試算を重ねたものが残されている。
犠牲になった人々が赤道の上に立ったとしてそれぞれ左右の手を伸ばし、手をつないだらどのくらいの長さになるかと。
その答えは何と地球を608回取り巻く長さであること。
さらに14億の人々のたかだか10cmほどの人差し指だけを一直線に並べると、これは月を通り越してさらに3万余里先まで届いてしまうこと。
14億の人々の名前をひとりづつ読み上げるとして1時間に6000人の名を読み上げたとしても1日19時間読み上げ続けて366年もかかること――などである。
14億という数字はこれで打ち止めではなく、ベトナム戦争や対テロ戦争までとどまるところを知らないかの如く積み上がっているところがおぞましいのだ。
釈宗演は臨済宗の坊主にして34歳という若さで円覚寺の管長に就任した稀有な人であり、欧米への布教にも力を入れ、鈴木大拙を見出してアメリカで禅を伝える活動を勧めた人でもある。
アメリカで禅が浸透しているのはこの釈宗演と鈴木大拙の力によるところが大きい。
以上の「14億人」の話は昨日の円覚寺の日曜説教坐禅会で横田南嶺管長が披露したものの一端だが、言われてみると途方もない数字であることに今更ながら驚く。
ちなみに釈宗演という人は円覚寺で修行中、英語を学びたくて師である当時の今北洪川老師に慶應義塾に行かせてほしいと願い出て反対されたものの押し切って福沢諭吉の元に行って英語はもちろん西欧のものの考え方を学ぶのである。
セイロンに渡ったのはその福沢諭吉から、セイロンには釈迦以来の伝統的な仏教が息づいているということを聞かされ、当時イギリスの植民地支配下の島に単身渡ったのだ。
この話は枕で、横田管長の言いたかったのは1893年に開かれたシカゴ万博で万博の一環として開催された万国宗教大会での演説内容についてだった。
釈宗演は武力によってアジアを植民地支配している西欧人に対して、戦争の愚かさと真の平和をもたらすものが何なのか――について述べ、結論として「慈悲」と「寛容」であると説いている。
慈悲は思いやりの心であり、寛容とは広い心で相手を認め許す心であるとも付け加えている。
当時はダーウィンの進化論が発表された直後で、神が世界を作ったのだという宗教観が危うくなりかけ、それまでの思想そのものが漂流しかける時期に当たっている最中の釈宗演の指摘は強烈なインパクトを持って迎えられたようである。
驚くことに明治初期の日本の宗教家が「人類愛」という表現まで使って「慈悲」と「寛容」を説いたのだから説得力もあったに違いないのだ。
慈悲の心も寛容の心も神によってもたらされるものではなく、人間には生まれながらに備わっていて、それに気づき意識することで確かな心に育っていくものだとも説くのである。
禅が注目をされることになった所以がここにある。
演説は2度に渡ったようだが、最後の演説内容については記録が残っていなかったために分からなかったのだが、その演説の英語の草稿が今回の遠諱のための資料整理の過程で慶応大学から発見され、改めて光が当たることになったという訳である。
そして横田南嶺管長は釈宗演の考えを踏まえつつ「大自然の大きな営みの中で目に見えない深い愛に包まれて生かされ、そのことにおのずから手を合わせて素直な心になってゆく、そんな心を大切にしていくことから始めるしかないのではないでしょうか」と締めくくった。
正直言って宗教家はそれでいいかもしれないが、ボクのような俗世間でも気の短い部類の人間は「そんな悠長な」っていう気分だが、多分ボクは例のウサギとカメの競争に出てくる如く、わけてもそそっかしいウサギであって結局カメには勝てないということなのだろうが、現にある殺し合いを何とかしてよとも声を大にして言いたい部類の人間でもある。
これから先どれだけの時間が必要なんだろう。
円覚寺のヤブカンゾウ。別名「忘れ草」ともいうそうである
在家の禅道場・居士林の庭にもヤブカンゾウがたくさん咲いている。「居士林」の表札が書き換えられていた。横田南嶺管長に揮毫のようだ
こちらの斜面にもヤブカンゾウ。ヤブカンゾウというのは今回初めて認識した。さるブログでこの花のスケッチとともに「形もくちゃくちゃな気がするし…」とか「忘れられない忘れ草」という表現があって、妙に気になって坐禅の後境内を散策してあちこちに咲いているのを写真に撮って帰り、ネットや図鑑で調べたところ、ヤブカンゾウは「八重咲」で、よく似たノカンゾウは「花弁が6枚」ということが分かり、ヤブカンゾウであることが知れた。ボクにも〝忘れられない草〟になった
こんな花も見つけたが何の花か分からない
何だってこんな岩の間から顔を出すのサと言いたいが、先週から比べるとつぼみが膨らんできた。このユリはヤマユリ。それにしても痩せこけている(円覚寺・龍隠庵)
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