ここ鎌倉五山一位の建長寺境内、その奥に続く道をずんずん遡り、さらに横道にそれてしばらく進むと目の前に階段が現れ、その上に建つ小ぶりの山門が行儀良く迎えてくれた。
ここまでくると大伽藍の境内の一角とはとても思えず、しもた屋風というか老舗旅館風とでもいうのか、お寺臭くない本堂が池の脇にちょこんと建っていて、今たどってきた道筋が少し開けている以外は山が迫るという「えっ、ここはどこかしらん」と不思議な気持ちにさせられるような場所である。
回春院という。
建長寺の塔頭の一つで、池を回ってさらに奥へと進めば細く伸びた谷戸に田んぼが階段状に連なり、秋になると黄金色に色づいて頭を垂れる稲穂の波が現れもする。
この辺りまでくると本堂は見えず、さらに山懐の奥に紛れ込んだような佇まいである。
普段、観光客は横道には目もくれずに直進して海が見えて見晴らしの良い半僧房を目指すので、この境内はいつも静まり返っているのだ。
谷戸の奥には尾根筋に通じている消え入りそうな細い道が幾筋かあるが、それをたどれば西御門の住宅地はすぐだし、天園ハイキングコースの十王岩付近に出られるという。
早咲きのサクラは満開になっていたし、ツバキの赤い花が白い桜の花びらと鮮やかなコントラストも見せているのだ。
ここにたたずんで春風の吹くのを感じ、芽吹きの匂いをかぎ取ろうとしていれば、ウグイスの鳴き声が谷にこだましたことだろう。
この冷たい雨ではウグイスはおろか他の鳥たちのさえずり一つ聞こえてこない
谷戸の奥の陽だまりと思しき場所に群落しているタチスボスミレの可憐な花も冷たい雨に濡れそぼり、打ちひしがれて見る影もない。
ここをわが二合会句会の吟行場所に選んだ仲間の思いは良く伝わってきたのだが、如何せん生憎の天候にすべての目論見は吹き飛んだ。
サッサと会所に行って、今度は自分たちの体の内部から温めなくっちゃ風邪をひいちまうぜと、途中八幡様を抜け、段葛脇の酒屋で四合瓶3本を買い求めていそいそと向かったのだ。
句会の名の由来は「酒は二合まで」という厳粛な気持ちを表したものなのだが、一応飲む人数に合わせたので一升二合は計算上は合っていたのだ。
ただし、私も少しいただくわなんぞと言われれば嫌とは言えない。いささか不安を感じる量だったことは否めない。
かくして駅前の4階建てビルの3階フロアを貸し切り状態に使わせてもらい、目と鼻の先には絹張山が迫る絶景を眺めながら酒瓶3本は予想通りにあっさり空になり、混みあう立ち飲み屋に河岸を変えてまで談論風発のひと時を過ごしたのでした。
それにしても「回春」とは! 普通は「若返る」などという意味に使われるが、日本ではもう少し性的な意味合いを含んだ言葉として受け止められることも多い。
ジジイとババアの俳句仲間をかくも思わせぶりな場所に連れだす同人は間もなく還暦を迎えるという仲間内で一番若いご仁で、茶目っ気というか、しゃれっ気というか、ある種の思いを込めたに違いないのだ。
彼女の句が今回少し精彩を欠いたきらいがあるのは、仲間の反応に気を取られ過ぎたせいなのかもしれない。
はてさて…
昨日のお題は「春なぎさ」。
そしてわが提出句。
書き換えたぁ聞き捨てならねぇ春なぎさ
シラスども大欠伸する春なぎさ
潮騒に混じって届く初音かな
啓蟄に足跡消し消し虫出る
林住のみんな揃って回春院
シラスの大あくび…は我ながらちょっと気に入ってるのだ。
咲き出した建長寺山門前のソメイヨシノ
咲き始めたとはいえ、全体の印象はまだ蕾ばかり
山門を潜り抜けて伽藍左手にそった道をずんずんすすんで横道にそれたその奥に小ぶりの門が見えてくる
回春院の境内に入って池の反対側に回ると門と本堂の佇まいが望める
本堂の右奥が田んぼの連なる谷戸
谷戸の奥の田んぼ
門の脇から見た早咲きのサクラとツバキ
法堂内部に描かれた雲竜図。5本ある爪が作者の小泉淳作画伯の気概を示している。日本に伝わった龍の爪は3本とされてきたのだ。5本の爪は中国の天子にしか許されなかったのをものを「そんな馬鹿なことを」と小泉画伯は5爪の龍を描いたのだ
仏殿前に植えられたビャクシンの古木。開山の蘭渓道隆が中国から持参した種子を創建時にまいたものと言われ、胸高周囲6・5mで推定樹齢760年とされているそうだ
仏殿から山門を見る
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