枕元に置いてある超小型のトランジスタラジオに付属している時計のデジタル表示を見ると「3:46」と表示されている。
間もなく起きる時間なのだが、「違う何か」の正体はすぐに分かった。
寝室の西側に細い縦長の窓が3つ並んでいて、そのうちの一つからブラインド越しにベッドの枕元に青白い月の光が差し込んでいるのだった。
ボクの顔に直接当たっていたわけではないが、直ぐ脇にまで迫っていて布団の襟元が異様に光り、そこだけがとても明るい。
秋から冬にかけて太陽の南中高度が下がるにつれ、月の高度は反比例するように高くなっていく。
高く登ると滞空時間が長くなるものだから、沈む時は北に寄った位置まで回り込んで沈むことになる。
それがために、時々こうした現象で目を覚まされる時があるものなのだ。
これは決して安眠妨害でもなくて、ボクも自然の一因として迎え入れられているんだということを、しみじみ実感させられる瞬間の一つとして好ましく思っている。
ただ寝ぼけマナコで見るためか、怪しく光る月光もボクには何の作用も引き起こさず、またすぐに寝入ってしまうだけだが、感受性の豊かな人にはまた、別な力を与えるのも洋の東西を分けず、古今に知られたところでもある。
ベートーベンはピアノの名曲をものしたし、尾崎紅葉が金色夜叉を書いてヒロインのお宮が貫一を振る場面の着想を得たのも月の光なかりせば成り立ち得なかっただろう。
それよりなにより、怪しげに青白く光る月光が熱海の海岸を散歩するお宮に降り注いでいなければ、一緒にいた貫一を袖にすることもなかったはずなのだ。月光がお宮の心を狂わせたのだった。
このことは英語の「ルナティック」という「ルナ」という月に語源を持つ単語の意味が「気のふれた」とか「おかしな」ということでも証明される。
月の光は乙女心を狂わすのだということを、若い男はよく理解しておかなければならない。
女性ばかりではない。西洋ついでに言うなら狼男とやらが変身するのも満月の晩らしい。
もっとも最近の世相は、満月でなくても常に狼男を誕生させ泳がせているから、味気ない恐ろしい世の中になったものである。
ネオンきらめく大都会では月光が月光の役目をはたしていないからね。人工の光が常に狼男が動きまわるのを可能にしてしまった。
で、ボクの頭にすぐ浮かんだのは李白の詩です。
あの「静夜思」。
牀前看月光 ショウゼン月光ヲ見ル
疑是地上霜 疑ウラクハ是レ 地上ノ霜カト
挙頭望山月 コウベヲアゲテ 山月ヲ望ミ
低頭思故郷 頭ヲタレテ 故郷ヲ思ウ
ベッドの辺りに差し込む月の光をじっとみつめる
そのさやかな色は まるで霜が降ったようだ
その光を求め 顔を上げ山の端の月を見上げる
顔を伏せて 故郷を懐かしく思い出す
中学で漢文の授業はなかったから、おそらく高校生の時だろう。授業でこの詩に初めて出会った時には感動した。
以来、枕元に差し込む月の光を見るたびにこの詩を思い出す。
それにしても、貫一にならなかったのはつくづくよかったと思う。
庭の「ブラッシングアイスバーグ」(手前)と「ノリコ」(奥)にまだツボミが付いている。白内障の手術後のマナコも落ち着いてきたようだし
時期的にもぼちぼちバラのせん定に取り掛からなければいけないのだが…
冬型の気圧配置は太平洋岸には好天をもたらすものだが、今年は実によく雨が降る。お陰でせん定の邪魔ばかりされている
こちらは鉢植えの「空蝉」
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heihoroku
ひろ
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