平方録

花咲じじいの憂鬱

大手の某種苗メーカーの友の会会員になってかれこれ30年になる。
目的は草花の種が10%引きで手に入るほか、年に2回、種や苗、園芸道具などを載せた分厚いカタログが届くこと、そして毎月、季節季節のトピックスや最新の栽培方法など様々な情報を満載した冊子が届くので、ボクの庭いじりに役立っていたほか、眺めて楽しく、重宝な存在だったのである。

ところが、「だった」と過去形で書いたように、現在は少し趣が異なってきたのである。
10%引きで種や苗が手に入るのは同じだが、毎月の情報誌が2、3年前に廃刊になってしまったのだ。代わりにネット上で同じような情報を展開しているらしいが、残念ながら見ていない。
一言でいうと、今までは情報誌の存在は愛好者のサロンのような場所で、いつだって身近に置いてあり、ページを開きさえすれば何事にも煩わされることなく、ゆっくりとソファーに腰を下ろしてほかの愛好者と情報を交換しているような感じだったものが、情報誌が廃止されてネットに移った途端、大きな駅の大勢の人間がぞろぞろ行き交っているような自由通路のど真ん中に放り込まれたような感じで、はなはだ居心地が悪い。
そもそもが、自由通路はのんびり情報を交わすようなところではないのだから、それも無理からぬところと言ってしまえばあきらめもつくが、今まで居心地の良いところにいたものだから、その落差に愕然とするのである。

もう一つ付け加えておくと、カタログも情報誌も7、8年前までは草花の種・苗をメーンに据えていたが、今や大逆転で、野菜の種・苗の後塵を拝することになってしまった。
別に目くじらを立てているというわけではないが、それがなぜか寂しいのだ。
世の中はいつのまにか実利優先になってしまったのかしらんと、愚痴の一つも言いたくなるし、そうかい花より団子かいと、花咲じじいとしては少々面白くないんである。

カタログにも変化が現れた。
つい2、3日前に届いたカタログは従来の1/3程度のボリュームとなり、手に持った時の軽さと言ったら情けないくらいで、当然のことながら情報量はガタ減りである。
カタログの構成は大まかにくくれば、草花の種・苗、野菜の種・苗、花木の類、園芸グッズといったところだが、当然ながら情報の総量が減ってしまったうえに、草花の種・苗に至っては看板を下ろしちゃったのかい? と思わざるを得ないくらいに、申し訳程度に掲載されているに過ぎない。
これは驚きを通り越して噴飯モノで、どうやって種を選べばいいのサ、と途方に暮れるありさまなのである。

例えば春を迎えて園芸好きが取り組むのは、夏以降に咲く花の種をまき、芽を出させて苗を育てることである。
その第一歩として、今年の夏の庭をどう彩ろうかと、カタログのページを手繰って「これぞ」というものを選ぶのだ。この選ぶ作業がまた楽しい。
アサガオ一つ取り上げたって、ヒマワリ一つを取り上げてみても、20種類を超えるような実に様々な品種の種が用意されているはずなんである。
夜、ウイスキーのシングルモルトでも舐めながら、カタログを開いてあれこれ想像力を働かせ、配色なども考えるのは園芸愛好家にとっての至福の時なのだ。

パソコンの前に座ってカーソルを動かし、何度もクリックを重ねて中身を確かめていく作業のどこに楽しみを見出せっていうのさ。オフィスの机で仕事してるのとわけが違うんだから……、
かくして園芸愛好家のひそやかな楽しみ、喜びも失われてしまった。奪われてしまったのだ!

今をさかのぼること数百年前、15世紀にヨーロッパのどこぞの国のグーテンベルグさんが活版印刷機を発明して以降、人類は大切な情報を活字に記した印刷物を経由して手に入れてきたのである。新聞しかり、書物にしてしかり。そういう人類の英知の賜をやすやすと放棄してしまっていいんですかい。
……と、ボクは声を大にして叫びたい!



わが家の2階ベランダは春満開である
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