銀座4丁目交差点に面して建つ服部時計店に行く。
って言うか、服部時計店という会社は今ないから「旧」の字がつくわけだが、敗戦後の荒廃した光景の中でも時計塔のあるビルがすっくと焼け野原に立っている姿を映した写真は教科書でもおなじみで、とても印象的なビルである。
服部時計店はなくなってもセイコーホールディングスの登記上の本店で、ショールームになっている。もちろん修理も受け付けてくれるから分解修理を頼みに行った。
ボクの腕時計は「キングセイコー」と呼ばれる製品で、現在主流となっているクォーツ時計が出回る直前の手巻きの時計。
その中でも71年から売り出された最終モデルの「ハイビート」って言うやつで、この製品以降、ゼンマイ式時計は消えてクォーツ振動による時計が主流となっていく。
その直前の記念碑的な製品と言ってよい。
自動巻きとしても設計されていたようだが、毎朝竜頭に指を当ててゼンマイを巻くのが日課だった。だからゼンマイを巻き終えると「さぁ行くぞ ! 」と気合を入れて仕事に出かけたものだった。
なにやらゼンマイ仕掛けの人生…
古いタイプの人間でござんス。
1972年から社会に出て働き始めたのだが、73年に24歳で早々と結婚する前に婚約指輪のお返しに妻からプレゼントされた時計だから既に47年も使っていることになる。
それが、店の記録によると2014年までは2年に1度の頻度でオーバーホールをしていたのにそれ以降途切れてしまっていた。
おまけにリタイアした2017年からは時間に縛られるのが嫌で、腕時計を外す身軽さ気楽さというものを味わって以来、旅行とか遠くに出かける時を除いて腕時計をしなくなってしまったのだ。
そういう積み重ねがあってのことだろう、最近動かなくなってしまったのだ。
ここの店員はいつもそうだが、差し出された時計を見るなり「あぁ、大切に使っていただいてありがとうございます」と口にするのだ。
昨日もそうだった。
で、カクカクシカジカだと説明すると「止むを得ません。既に随分前からアンティークの時計なのです。部品はとうにありませんし、掃除して油をさし直せば動くようになりますが、はたして以前のように正確に動くかどうか…」。
会社名が示すとおり、日本の腕時計の精巧さは世界で折り紙つきだったのだ。
それが骨とう品扱いになったものはその限りではないというのは、何とも割り切れない思いが残るが、そういうものであるというなら致し方ない。
とにかく動くようにはなるのだ。
店員の言い方も過度な期待を持たせないように、と言う配慮なのだろう。
しかも2014年までの分解修理代金は1万円台であったと記憶するが、今回示されたのは3万円超 !
なんと2倍に跳ね上がっている。骨董品ゆえの技術料ってところか?
しかも修理次第ではさらに上乗せになるかもしれないということだった。
じゃぁ分解修理はやめます、とは言えないのだ。
何しろ結婚記念の大切な品なのだから。
子々孫々まで家宝として残すというほどのものではないとしても、気持ちはそういうことなのだ。
物があふれ、手軽にとっかえひっかえできる世の中にあって、大切にしたいモノを持つこと自体嬉しいことだが、それをさらに長く持ち続けることができるということは誇りでもある。
たかだか腕時計一つで大げさかもしれないが…
分解修理完了はひと月後である ♪
旧服部時計店のビルの階段踊り場の窓装飾。なかなかしゃれた意匠だと感心する。
見出し写真はネットから拝借したキングセイコーハイビート。ボクの時計は腕輪部分もオリジナルの金属製。ゼンマイ式のキングセイコーはアンティーク時計の中でも人気が高いです、と店員が言っていた。売らないよ!