平方録

葛湯

たまたま覗いた食材店で「葛湯」を見つけ、無性に懐かしくなった。

葛湯に親しんだのは多分小学校のころだと思うから、かれこれ60年近く前の話である。
当時はまだモノの少ない時代だったから、食べるものも豊富なわけではなく、いわんや菓子類などは限られていて、それも大しておいしくないものばかりだったように記憶している。
したがって、おやつといたってロクなものがあるわけでもなく、乾燥芋とか、芋けんびとか、せんべい、かりんとうぐらいしか思い浮かばない。
キャラメルとかドロップスなどを大事に舐めていた時代である。

そんな中で、冬の寒い時期になると、母親が葛湯を作ってくれたものである。
これは冷え切った身体にはとてもありがたく、熱々の液体が入った容器を両掌で拝むように持ち、尖らせた唇を近づけてフウフウ息を吹き付けて冷ましながら、猫舌の舌に少しづつ乗せて飲み込んでいくと、次第に身体が温まり、ようやく人心地が付いたものである。
当時は砂糖を加えただけで、ただ少し甘いだけの、(形容矛盾は承知の上だが)白濁しつつも透明感のあるドロッとした液体であった。
そんなものでも舌はおいしいと感じたものである。

そんな中で、なぜか強く印象に残っているのが、風邪気味の時などに、寝る前に作ってくれた赤玉ポートワインを加えた赤い葛湯である。
赤玉ポートワインとはラベルの真ん中に赤い真ん丸の玉が描かれた国産ワインである。
というか、ああれは「ブドウ酒」と呼んだ方がいいと思うが、アンクルトリスで有名になった洋酒メーカーの寿屋が売り出していた飲み物で、今でもあるのかどうか知らないが、当時わが家には置いてあったようである。
後年、中学生くらいになって盗み飲みしてみたら、甘いだけでおいしくなかったように記憶しているから、やはり当時のものなのである。

そういう類のものであっても、子どもの目と舌には新鮮で、単に白濁した飲み物としか映らなかった葛湯が、ほんのりと赤く染まり、多分若干のアルコールが含まれていたからだろうと思うが、香からして違っているし、飲めばアルコールのせいで身体がポカポカしてくるのである。
それのおかげでぐっすり眠って、翌朝は元気に学校に行っていたに違いない。
だから、連想ゲームのように、冬といえば葛湯、葛湯といえば赤玉ポートワインなのだ。
ボクにとっては母親の思い出とともに心の奥にしまってある懐かしい飲み物が葛湯なのである。

葛湯といえば夏目漱石の「草枕」に次のような文章がある。

「葛湯を練るとき、最初のうちはさらさらして、箸に手応えがないものだ。
そこを辛抱すると、ようやく粘着(ねばり)が出て、攪(か)きまぜる手が少し重くなる。
それでもかまわず箸を休ませずに廻すと、今度は廻しきれなくなる。
しまいには鍋の中の葛が、求めぬに、先方から争って箸に附着してくる。
詩を作るのはまさにこれだ」

かの漱石先生も自身の手で葛湯を作ることがあったと見える。
読んだことはないが、谷崎潤一郎にも「吉野葛」という作品がある。
してみると、文豪も葛湯にはお世話になっているのである。

買ってきたのは「生姜葛湯」といって、あらかじめ生姜の粉末か何かが混ぜてある品で、湯に溶いて飲んでみると、生姜の香りのする今風の飲み物に仕上がっている。
ちょっと甘すぎるのが欠点であるから、くず粉を使って自分で砂糖を入れずに作ってみるのも一興だろうと思う。
ワインは何も葛湯に垂らすこともあるまい、そのまま飲んだ方がよっぽど効能豊かなはずであるなぁ、でもちょっと垂らしてみるか…

こたつにもぐりこんでそんなことをしみじみ思ったものである。



一杯の葛湯が様々なことを思い起こさせてくれた
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「随筆」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事