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平方録

追いかければ逃げ 逃げれば追って来る…

陽が昇ってくるにはまだ間があり、辺りはまだ真っ暗だが、昨日から降り続く冷たい雨は止む気配がない。
いつもの如く、前の晩の寝る前までに書きたいことが決まっていないときはパソコンを立ち上げても、ただぼんやりキーボードを見たり虚空に当てのない視線を投げかけるだけで時間が過ぎていく。
ガスストーブの強力な火力のお陰で部屋の中はみるみる温まっていくが、時間はボォ~ッと過ぎていくだけ。
5時を過ぎるころになると少し焦りが出てきてうろたえかける。
そういう時に決まって手を伸ばすのがパソコンのすぐ脇に置いてある気付け薬だ。
今朝も、この琥珀色の液体を舌の上に転がして初めて覚醒しかけるというか、見切り発車の決心をつけ、とりあえず身辺の描写を始めてみる。
キーボードのキーを叩き始めはしたが行きつく先が定まったわけではなく、ただただ文字を連ねて行けばひょっとすると何とかなるかもしれないという、無責任なスタートになってしまった。

昨日、今年最後の坐禅会が円覚寺で開かれた。
いつまでたっても坐禅の最中の雑念から解放されず、いい加減うんざりしていたところに先週の法話で横田南嶺管長が「雑念を消し去った先には『敵意』という雑念より厄介なモノが現れることがある。雑念は人の心そのものなのだから無理して消し去ることも無い」と目からウロコのような話をされ、なるほどと痛く心に響いたのだった。
で、気合を入れて今日こそ晴れて ? 雑念まみれになってやろう、雑念カムカム、どんどんおいでの気持ちで臨んだのだ。

ニンゲンってのはつくづくいい加減なイキモノだと思う。
いつもは足を組みマナコを半眼にした途端に「アノ子は今頃どうしてるかな」とか「斜め前に座っている若い男はモゾモゾ動き過ぎだ。ジッとしてろ ! 」とか、もちろん脈絡もなく次から次に、何でこんなことが頭に浮かぶのかというくらい、浮かんでは消え、消えては浮かんでいたのに…
昨日はなぜか「あれっ、今何も考えてなかったような」とか「あれっ、何にも頭に浮かんでないよな、おかしいなぁ」と思えることがしばしば起きたのだ。

昨日のところはただそれだけの話で、それがどういう物なのか、どういう現象なのかはまだ分からない。
聞くところの「雑念が消えた後の無の境地」ってやつなのかなともチラッと思いはするが、思うのは勝手で、「そんなことはあるまい。そんな気軽にそういう境地に行きつくはずがない」と打ち消してはみるが、凡人としては気になることは気になる。
ただ普段に比べると、「あぁ、今日は何だか知らないけどいつもと比べるとリラックスして坐れているなぁ」と実感していたのは確かなのだ。そこらあたりにヒントがあるのかもしれない。
年明けの坐禅会でも同じような現象が現れるのかどうか。

そんなことで、ボク自身は普段よりもなぜか集中できていたんだと思う。
それが…邪魔者は必ず現れる。
シンと静まり返った大方丈の空間に突如電子音のメロディーが素っ頓狂に響いたのだった。
携帯電話の着信音。
ボクの斜め前に座ったアラサーかアラフォーの女性が脇に置いたカバンをごそごそやって慌てて音を切ったのは当然として、5分くらい経ったらもう一度あの素っ頓狂なメロディーが鳴り響いたのだ !
てっきり1度目で電源そのものを切ったのだと思った。
1度目は、そういうこともあるよな、ケアレスミスだよな、と思ったのだが、2度目に鳴った時は「馬鹿か、こいつは」と呆れた。

そして思ったものだ。横田管長が口にした「敵意」というものは、案外こういうようなものかもしれないと。
携帯電話機の場合は電源さえ切れば済むが、世の中にはそう単純ではないもの・コトがたくさん転がっている。多分そういう類のものに一度心が引っかかると、それを受け流せなくなった場合に本格的な「敵意」となって、その人間を苦しめることになるのではないか。
「敵意」はその性格上、外に向かう。他人に向かうことになる。
それに比べたら自分自身の中だけであれこれもがく雑念と言うのはむしろ歓迎すべきものでもあるのだ、というのが横田管長の話の趣旨だった。

で、急に雑念が愛おしくなっていたっていうのに、今度は雑念の方から距離を置かれたようになってしまった。
追いかければ相手は逃げる。知らんぷりしたり無関心を装えば近づいてくる。
とかくこの世は住みにくい…あれ、漱石になってしまった。

とにかく結論も無いまま、ただただグダグダ書いてしまった。
ユズ湯につかりながら飲んだ日本酒のことも書こうと思ったのに…


冬至の日の円覚寺 どんより曇った肌寒い日で観光客の姿もちらほら

鎌倉唯一の国宝の建物・舎利殿

右の茅葺屋根が禅の専門道場 この辺り一帯は立ち入り禁止の聖域

横田南嶺管長筆による坂村真民の詩(黄梅院門前)
見出し写真は黄梅院の門の内側から見た光景
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