町内のMさんより京都のお土産をいただく。
京都でお父さんの納骨をされたとのこと。
私の家の両親の小さな骨壺に入った喉仏は、夫婦並んで仏壇に供えたままだ。
まだそのままにしている。
妻は墓地の骨壺の中に一緒に入れたらいいと言っていた。
私もすぐに決めなければならないことではないので後回しにして今に至っている。
いずれにかは決めなければいけないとは思うが、近くに両親の喉仏が入っている小さな骨壺があると安心するのも、どうにもしていない大きな原因だと思う。
両親の骨の一部分でも、私たちが寝起きしている生活の場にあると両親を身近に感じることができるのも正直な気持ちだ。
私が親の年を超えるまではそのままにしておきたいと思う。
いつまでも私は父母の思い出の中に生きている幼い子供のままだ。
☆彡関係ないけど 村上春樹
➣TVピープルより
・まるで憂鬱な考えや、秘密めかして音もなく降る雨のように、彼らは時刻の薄闇の中にそっともぐりこんでくるのだ。
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