あかるいほうへ

       おばあさん魔女への道

くよくよしない。

2021-11-09 | 家族

飛行機は苦手だ。

でも、貴重な休みを私の運送時間にダラダラ使うわけにはいかないから

飛行機を使う。

座席に座り、シートベルトをつける。

飛行機がゆっくり走り始める。

だんだん速度が増していく。

ピン

この音がなると、もうすぐ離陸のサイン

私は逃げ出したくなる。

怖い。

しかも、2年ぶりの飛行機。

でも、私は飛行機と一体化して身を委ねようとする。

怖がるのではなく、身を委ねる。

そうすると飛行機がベッドみたいな感覚になる。

よーく見渡すと、皆さん静かで同じように緊張してるのかな?

本を読むことにした。

2年ぶりの帰省で、親の弱くなった姿に対面することにビビっている私に

良さそうな本だと、バックに一冊忍ばせておいた。

飛行機の中の読書は、緊張感も相まって、心にガンガン入っていくようだ。

前向きな気持ちにもっていく。

 

この本に書いてあるとうりだった。

 

私はあまり泣かない方だ。

でも、母の前では泣けた。

昔の厳しい母にはあまり心を委ねられなかったのに

病の中で歳を重ねていく母とは深い話が出来るようになった。

泣きたくなかったけどね。

母は、くよくよしない。と言った。

私もそうしようと思った。

 

1週間ぶりに、保育園で働いた。

帰省の話を、同僚は耳を傾けて聴いてくれた。

子どもたちは可愛い。

改めて、爽やかな職場だと思った。

私は自分の人生を爽やかにしたい。

この職場に巡り会えたのは、神様からの贈り物だと思う。

本当に感謝している。

 

母の住んでいる特別養護老人ホームも爽やかだ。

 


爽やか

2021-11-07 | 家族

爽やかでいたいと思います。

環境も自分自身も。

 

今回の帰省は、タイミングが良かった。

もちろんコロナが落ち着いていることもそうだけれど

帰省中に、父の介護の認定結果が出て

母と同じ特別養護老人ホームに入所が決まった。

実家に近いのに、コロナで父と母は2年も会っていないそうだ。

父に苦労させられてきたから、母は嫌がるかな?

と思ったら、父の荷物の処分の話を早速してきた。

「くよくよしない」なんて言って

もう、気持ちは前に向かってる。

夫婦がずっと離れて暮らしてたのに、

まさか終の住処が同じになるなんてね。

あまり仲のいい夫婦ではなかったけれど

父が目が見えなくなり、母は心配してたので、

同じところで様子が見られるのは、嬉しいんじゃないかな。

父は、どんどん可愛くなってきた。

母は、とてもしっかりしてる。

妹も楽になる。

 

正直、今までの私はこの問題に関して腰が引けてた。

それを妹から指摘された。

返す言葉もない。

でも、そこは姉妹。

さっぱりとした。

 

母の住む特別養護老人ホームは、毎日窓越し面談をさせてくれた。

話は父のことがメインだった。

あまり辛くなる話はしたくなかったけれど

母は、家族のことはなんでも知りたいと言った。

帰省最終日に、父が同じところに入所できるという連絡が出来て

なんだかドラマチックでした。

 

タイミングって大事だなぁと思います。

今回は、奇跡のように上手くまとまりました。

 

母のいる特別養護老人ホームは爽やかです。

毎日通うの恐縮してたけど、どうぞ毎日来てください。って。

2人の写真まで撮って下さいました。

翌日には、現像した写真を渡してくださいました。

本当に感謝です。

父も大事にしてもらえると思います。

 

今朝はとても爽やかです。

 

爽やかだと身体も動きます。

 

爽やかを持続させたい!

 

 

 

 


帰省

2021-11-05 | 家族

帰省4日目

父が緑内障で目が見えなくなっていた。
目が悪くなっていたのは知ってたけれど
再会の時、父は私を見ているようで、グレーの瞳と焦点が合わなかった。
全く見えなくなっていた。
慣れないなんちゃって介護をしてる。
5日間しかいないので、その間は出来るだけ父に優しく。

一方、母のいる特別養護老人ホームは、窓越し面会が出来た。
会えないかもと覚悟していたけれど、良かった。
しかし、感染防止のため、窓は閉めたまま、大きな声で話しかけて、それをスタッフの人に言って、それを母に伝える。
父のことを話すと、それをまた繰り返して伝える。
悲しさも2倍になるような涙が止まらなくなった。
母に元気な姿を見せようと来たのに、母に励まされている。
東京からきたのだから毎日来ていいですよ。と言ってくださり、毎日通ってる。
母の前で泣かない日も、面会が終わると涙が溢れる。

今までの帰省は、人に会ったりもしてて、父が嫌がった。
今となっては、父の気持ちがよくわかる。
少しでも長くいてあげたい。

父は施設に入ると言った。
目が見えなくなって施設に入るのは大変心細いと思う。
父は東京では暮らせないと言った。
熊本に帰ってお世話をすることも考えたけれど、メンタルがもたないと思う。

保育園でやっているようなことを父にしてる。
なんちゃって介護
父が食べたいものリクエストには応えてる。
おでん、白菜漬け、ハンバーグ、ちゃんぽん、炊き込みご飯、ポテトサラダ

わたしが好きな馬刺しは絶対食べていけ!と何度も言う。
もう、父にご飯を作るのは最後かもしれないな。

やってもやっても足りないことばかりだけど、
今回帰れてよかった。

父は優しくなった。
施設に行くことを冷静に決めた。
今まで何度も嫌なことがあれば施設に行く!と言ったけど、今回は冷静だ。

感情的になることは、出来るだけ避けたいな。
言葉も選んで、気持ちよく人と関わりたい。
お世辞は言えなくてもね。
保育園で働く人たちは、とても配慮がある。
人として見習うところがたくさんある。
母もそうだ。
父はとても感情的になる人だったが今回はとても冷静だ。
私が父の言葉に耳を傾けたからかもしれないな。

あと二日、色んなことがあると思うけれど、
心穏やかに過ごせるようにしたい。



帰省ドキドキ

2021-10-31 | 思う

藤圭子聴いてます。

父に聴かせようと思ってね。

 

歌詞に昭和を感じます。

昭和良かったな。

私のトマト、ダメ元でしたが実がついてます。

帰省の間は水はあげられないから、

どうなるかなぁ。

実が色づく頃いないかもしれない。

もう少し頑張って欲しいな。

こんな言葉がありました。

本当です。

 

写メするとき間違って自撮り画面になったとき

こんな表情してるんだ。と愕然とすることが多いです。

 

父の前では、なるべくスマイルでいたいな。

母とは会えるかな?

心通う会話をしたいな。

今回は泣くかもな。

 

藤圭子の会わずに愛してじゃないけれど、

会うと、別れが辛いんだよな。

仕方ないな。

 

呟きでした。


家族ってなんだろう

2021-10-26 | 思う

帰省のためのキャリーバッグを

サリーの所にか置いてあったので

仕事帰りに、駅で落ち合った。

チャイを連れてきてくれた❣️

ありがとう。

晩ご飯の支度があるので長くは居られなかったけど、

別れてもチャイが駅を離れなかったそうです。

会ったときはそっけなかったのにね。

泣けるな。

チャイを育てた環境では、浦和の家が1番の思い出かな。

夫は単身赴任で、2人の子どもが去って行き

シーモとふたりだけになった家。

もしかしたら、

一番私の寂しさをわかってたのはチャイだったかもしれない。

 

子どもたちの成長は喜ばしいことだけど、

離れていくの早かったなぁ。

心の準備も出来ないまま去ってった。

 

保育園で子どもたちと関わることが、

どれだけ今メンタル助かっているか。

子育てした後だからこそ、それを痛感する。

今のように穏やかに、我が子と関わってたらなぁ。

でも、そうはいかないよね。

自分の子どもだもの。

 

何か楽しみをひとつ持っていれば

そこまでは頑張れるのかな。

今の私、何があるんだろう。

 

もう少しで、帰省。

コロナで2年以上会ってなかった。

人は「里帰りできて良かったね」という。

でも、それは悲しい現実との向き合いになりそうで

この2年の間に父はとても弱ってる。

そんな父と会うのが正直怖い。

これから、そう遠くない親との別れもあるだろう。

私のメンタルは持つのかなぁ。

 

最後かも?

それは帰省のたびに思ってたことだけど、

今回はその可能性が高い。

親不孝だったな。

東京に行ったことで、親に寂しい思いをさせた。

しかも25歳で。

そうか、今のサリーの年で、私は東京に旅立ったのだ。

親はさぞかし心配しただろうな。

父に勘当だ!と言われたっけ。

でも、行かずにはいられなかったんだ。

自分の人生、やり直したかったんだ。

 

あの頃出会ったのが、あんじーさんだったな。

5年一緒に働いた。

結婚して仕事との両立がきつくなって、

子どもができて辞めたけど、

あのままあの仕事続けてたらって、よく思う。

でも、仕事と家事の両立でさえきつかった私には、

それに子育てまでもは無理だとわかってた。

 

私くらいの年齢になれば、親の死を経験した人の方が多く

みんなそんな苦しみを持ちながら、

仕事をして日常生活をおくるんだな。

凄いな。

私には、それが出来るだろうか。

自信がない。

 

でも、私の今の悩みのヒントもくれるかもしれない。