多聞櫓を抜けて、桜門に行く途中にある、南仕切り門跡・太鼓櫓跡。
ここはマチュピチュか?と思うような石積み!
向かい側も
南仕切り門跡・太鼓櫓跡の手前から見える桜橋。
近くにあった石。ノミ跡が残っていて、そこからヒビが入っているのがよくわかる。
まっすぐに入っているヒビ。
正面からだと、カメラに収まらない!
タコ石の左隣の石。
あ〜やっと天守閣に行ける!
ここはマチュピチュか?と思うような石積み!
隙間なく石が積まれている。
これだけきっちり平面を出す技術があったことに驚く。
向かい側も
仕事きっちり♪
南仕切り門跡・太鼓櫓跡の手前から見える桜橋。
大手橋もこの桜橋も、土橋。
土橋という言い方が正しいのか不明だが、要するに橋の下が通行できない橋。木造の橋と違って、戦の際、焼かれる心配がない。
近くにあった石。ノミ跡が残っていて、そこからヒビが入っているのがよくわかる。
大阪城石垣には、花崗岩(御影石)が使われたそうだが、ノミ跡のところからわりとまっすぐに、きれいに割れているのがわかる。
目が揃っているというか、素直な石なのだろう。
まっすぐに入っているヒビ。
印が彫られているのがわかる。
受け持ちの藩ごとに印が違っているらしい。それに、文字らしきものも彫られている。読めないけど。
そして、いよいよ桜門。
桜門から望む天守閣。
その下に見えるのが、桜門入って正面にある、巨石タコ石。
この石は数ある巨石の中でも、大きさ一番。
正面からだと、カメラに収まらない!
タコ石の左隣の石。
これも大きい!
桜門の内側いある石垣。多分、こことタコ石のある石垣に渡櫓があったのでは?
説明文、撮影したと思うのだが、行方不明。
(^^ゞ
ここも、仕事きっちり♪なのに、一箇所だけ自然のままと思われる石が使われているのがおもしろい。
コレ、実物を写真撮り忘れた。
しかし、金明水、銀明水という表現がおもしろいなと思った。
この時代、水がいかに貴重か、ということを表していると思うから。
あ〜やっと天守閣に行ける!
長い道のりだった。
多分、すんなり歩くと西外堀からここまで20分ぐらいかと思うのだが、
説明文読んだり、写真撮ったりしていたら、2時間ぐらいかかった。
ホテルを夕方4時半頃出たのだが、6時を目安に帰ろうと思っていたのに、終わらなかった(笑)。
当然、天守閣にはもう入れないし、ミライザの土産物屋さんも閉まっているので、続きは翌日に!
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