遊女~asobime~色街道中探訪記

遊廓、赤線、青線があった場所、古い温泉街や町並み、看板建築、古い旅館や旧遊廓などの建物内も画像付きで紹介しています。

舘町周辺から矢島駅へ…

2018-03-09 23:58:00 | 日記
前に紹介した大井家もある舘町の通り。
黒板壁が両側に建ち並ぶ広い通りです。


大井家の向かいにあるこの建物…

実は映画監督「斉藤 寅次郎」の生家

寅次郎監督は矢島の出身で喜劇映画の神様と言われた方で、「寅さん」の映画で有名な「山田洋次」監督は、寅次郎監督の愛弟子だったそぅです。寅次郎の「寅」の一字を貰って寅さんと名付けたとも言われています。

玄関。

西宮神社の坂を登ると…

丸窓のある平屋が見えてきます。

店舗跡の様な建物。小料理屋かお茶屋さんだったのでしょうか…

この坂を更に登って奥の方へ進むと…
旧堀江歯科医院(大正14)の建物



車で矢島を出る前に駅へ…
現在の駅舎。

矢島駅は1938年(昭和13)に開業。初代駅舎は老朽化と駅前整備のため2011年に解体。
昭和30年国鉄矢島線の写真が飾られていました。

駅舎の中は矢島の歴史等を展示してあり、休憩も兼ねて一休みしていた所に、由利高原鉄道鳥海山ろく線の終着でもある矢島駅に「おばこ号」が到着(o・ω・)ノ))


この日は風が強く、探訪中は少し肌寒かったのですが、駅の売店にいた着物姿のマダムに温かい桜茶と手作りの「おばこ号」しおりをいただきました(*^^*)

最後に…
遊廓時代の貴重な大福帳と写真を見せてくださった錦旅館の女将さん。
舘町の観光案内と大井家を紹介したくださったおじさん。
昼食中にもかかわらず非公開のお屋敷を見せてくださった大井家の家主様。
駅で桜茶としおりをくださった着物姿のご婦人(まつ子さん、地元では有名な方らしいです)。皆さま凄く親切な方ばかりで、とても良い思い出になりました(*´ω`*)

探訪日 2017.4.16



矢島の豪商・大井家住宅(大正5年)

2018-03-09 23:56:00 | 日記
秋田県由利本荘市矢島からの続編。館町にある豪商、大井家の建物(寄棟造り)は、大正5年に建てられ、母屋部分は平成16年に国登録有形文化財に指定されました。

通り土間

通り土間沿いに見世、仏間、帳場を並べた造りになっています。
寒い時季には囲炉裏にあたりながらの商談も…



奥にある応接間…


応接間からは中庭が見える様になっています。

少し歪みのある貴重な手造りガラス越しに眺める中庭


柱も天井も殆どが当時のまま

一枚板の襖に描かれた画

床の間

さすが豪商、泥棒対策に武器も完備。


欄間の波は立体的に作られています。

4月半ばなのに雪がこんなに…

※実はこの日「大井家」は非公開だったのですが、観光している時に地元の親切なおじさんに出会い、大井家の家主さんに話しを付けてもらい見学する事が出来ました。更に観光案内まで…大変お世話になりました、ありがとうございます。

そして、昼食中にもかかわらず非公開のお屋敷を見せてくださった大井家の家主様、本当にありがとうございます。

探訪日 2017.4.16




洋館のある古い街並み(矢島)

2018-03-09 23:37:00 | 日記
今回泊まった秋田県由利本荘市矢島の錦旅館のある通り「乳母坂」を散策していると古い洋館風の建物がいくつか…
↓錦旅館の近くにあるこのお宅…凄いです。アールヌーボー風の外壁に起り破風でしょうか?


○今野邸(七日町)↓
昭和の時代に医院を営んでいたらしぃです。木造二階建ての洋風建築。壁は下見板張り

玄関前ポーチは切妻屋根になっています。庇には洋風建築の特徴でもある飾り付き板のバージボードが施されています。

二階部分には縦長の窓。カーテンが破れていて少し怖い雰囲気f(^_^;)

手前が医院で建物の奥は居住スペースになっている様です。

奥の方は崩れかけています。

隙間から見えた部分…
家主は現在、施設に入所されているらしく、暫く不在とのこと。

畳は埃を被っていますが生活感があり、そのまま時が止まった様な…不思議な感じ。


○出羽の富士醸造元別館↓
石垣の上に建てられた木造二階建ての洋風建築。こちらも外壁は下見板張り、玄関前のポーチは切妻屋根になっています。

大正初期に設立された風力発電所の事務所として建てられたとか。

出羽の富士醸造、元は明治40年に佐藤酒造店として創業。切妻・妻入りの建物で、一階正面に下屋を出しています。

乳母坂からかつての歓楽街「観音通り」へ曲がると、「秋田県の遊廓跡を歩く」に掲載されていた写真のアーチが無くなっていました…残念。

錦旅館から酌婦、芸妓さんを派遣させていた料理店の「千代の屋」「牧亭」があった通りも散策してみましたが、建物は何も残っていませんでした。


かつて「喜鶴楼」があったと思われる通り↓



探訪日 2017.4.16