(17日目・5月7日) ホテルSP~35番札所 清滝寺~三陽荘~36番札所 青龍寺
いよいよ足摺に向けて歩きだす。そして様々な出会いと、
懐かしい風景。
6:00起床、準備、朝食→8:40発→11:20 35番札所 清滝寺(きよたきじ)
12:15→16:10三陽荘→16:30 36番札所 青龍寺(せいりゅうじ)16:55→17:05三陽荘
泊り
晴れ後快晴。本日怒涛の歩き2日目。昨日の道迷いのおかげで本日はスムーズに歩
けた。とはいえずっと県道、国道の交通量が多い道路で、あまり快適ではない。やが
て仁淀川、清流で自転車遍路の時はしばらく橋上で止まって、上から川で魚を取って
遊んでいる子供たちを見ていたの思い出す。10:00前に仁淀川大橋を渡り順調だった
が土佐市の街中に入ってからが大変。
(仁淀川大橋を渡る)
(仁淀川は河口近くでも清流)
遍路道の案内看板がほとんど見当たらず、山の中腹に清滝寺は見えてはいるのに。
地元の人に道を聞いて11:20に何とかたどり着いた。標高100m程度の遍路道を登った
ところの山門では、私と同年配と思われる男性が石段の掃除をしておられた。先方か
ら、
「どこから来られました?御歳はいくつですか?通し打ちですか?」
しばらくいろいろと話していると
「私は、徳島で仕事をしていましたが、この寺が好きでこちらへ移ってきま
した。」
とのこと。清滝寺には平和観音という新しいけれど立派な観音像が境内に建立され
ている。その観音像の後光が太陽の当たり具合で黄金に輝くという。今日は天気がい
いから見られると思う、と言われるので見に行くと、なるほど時計でいうと1時から
5時くらいの部分が太陽の光を反射させ、黄金に輝いているように見える。お礼を言
い、これからの通し打ちの予定を言って、青龍寺を目指した。お詣りを済ませ、平和
観音様の後光を見て、境内で佇んでいるとしばらくすると男性が再びやってきて、
「お遍路さん。無理には言いませんが、失礼かもしれませんが青龍寺までお送りし
ましょうか。私は足摺の金剛福寺まで、お送りしたこともあるんですよ。」
と、言われた。清龍寺までは15Km以上ある。しかし、車に乗せていただくという
のは遠慮してもいいことになっているので、丁重にお断りした。仕事はリタイアされ
ているが、遍路との触れ合いをとても大事にされている。思いやりに感謝。
(清滝寺山門にて)
(清滝寺の境内)
(清滝寺の平和観音。後光が金色に?)
(清滝寺境内から土佐市街、土佐湾遠望)
青龍寺を目指して土佐市街を抜けると、また遍路地図に悩まされる。地元の方に道
をお聞きして確かめつつ歩いていると、後ろから40代前半位に見える歩き遍路さんが
追い付いてきた。彼も道悩まされの“ご同病”やはり北が上になって書かれていないと
イメージが大きく狂う。お互いマイペースで、というルールーを守りながらも、しば
らくの区間同行した。島根県からきて明後日までとのこと。今回は室戸半島東側の番
外霊場の鯖大師のある鯖瀬からスタートして、全部歩き通しているとのことで大変御
健脚。やはり山が好きで中国山脈はほとんど踏破しているそうだ。私は大山と蒜山、
それと近畿圏かもしれんけど氷ノ山、扇の山などと話も弾んだ。ずっと県道を歩いた
が、塚地の休憩所から彼は山道の峠越えというので、そこで別れた。謙虚で優しそう
な人だった。私の“通し打ち作戦”を話していると、参考になります、と言ってくれ
た。
やがて、土佐市も南西の端となる宇佐町に入り宇佐大橋を超えて本日宿泊の海辺の
三陽荘に着。立派な旅館だ。荷物を置いて、先に近くにある青龍寺に参る。古刹であ
った。
(青龍寺への遍路道にて)
(青龍寺山門)
(青龍寺の民衆の歴史を感じる境内)
観光地にもかかわらず、摩耗した古仏が寺に落ち着いて並んでいる。清滝寺は
清滝が落ち、宇佐町のシンボルは青龍寺の名前にあるように Dragon で、青龍寺にも
竜神が祭られている。竜は水神のシンボルで、この地方は雨水が少なく、雨乞いなど
で寺が在所のコミュニティセンターだったのだろう。お参り後三陽荘に戻り、宿泊の
チェックイン。
(本日の宿泊所 三陽荘の立派な夕食の一部)
(本日、45,511歩。 すべて歩きで、31,8Km)
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