じゅにあ★Schutzstaffel II

キン肉マンの2次創作。小説載せてます。(以後更新予定無し)

導き(4)

2019-06-13 22:06:00 | 小説/導き
 
 
 
俯いたまま立ち尽くし、しかし自分が思っていたよりはずっと短い時間を経て顔を上げたJr.は、思わず弱い心中を晒してしまった気恥ずかしさからだろうか。
微かに頰を赤らめながら、一言「悪い」と私に詫びると右手を空に掲げた。
 
すると間もなく、放り投げた軍帽が音も無くその手に戻って来た。
 
 
徽章を手にした事で、奴の肉体は再び盛り上がり張りを取り戻していった。人間に戻った時よりも苦しげな呼吸を繰り返す。摂理に反した力を無理矢理その身に宿すのだから、無理もないと思った。
 
そして徐々に、肩と腕はかつての色味を纏っていった。
 
 
ただ、人間の姿を見た時程の驚きは最早無かった。
ひとたび常識を覆された思考は、それらの光景をも比較的容易に受け入れる柔軟さを持ち合わせていた。
 
 
 
 
 
 
太陽の位置が大分高くなっていた。
 
 
昼食の時間はとうの昔に過ぎただろう。
安静を言い渡していた患者が二人揃って居なくなっているのだ。もしかすると今頃、院内を探し回っているかもしれない。
 
しかし何となくそこに戻るのも躊躇われた私達は、今度は二人並んで通用口の扉がある壁の側に座り、しばらく何を話すでもなく空を眺めていた。
 
 
いよいよ妙な心地。
 
親を殺した本人と殺された子供が、こうして並んで過ごしている事に、やはり戸惑いが全く無いと言えば嘘になるが、しかしこれも悪くないと思える確かな何かが、二人の胸を満たしていた。
 
 
 
それに、面と向かうよりもこうして並んだ方が素直に本音を話し易い。
 
そういう理由ーー真理ーーも後押ししたのか、やがて隣の子供は再びぽつりぽつりと話し始めた。
 
「俺、本当はあんたに感謝してたのかもしれない」
「何をだ?父のあれを持っていた事ではなくーーか?」
「うん。俺・・・確かに親父が死んだ時、すげぇ悲しくて、だからあんたを何としても殺してやろうって・・・そう、思った」
「私が言えた義理でもないが・・・至って正常な反応だな。それは、無理もない事だ」
「ああ。だから必死で殺してきた。親父が死んでからずっと。あんたを殺す為に。あんたが親父を殺したリングに立つ為に」
「・・・」
「もっと強くなって、殺す。その為だけに・・・」
「・・・ああ」
 
 
そこで少し会話は途切れた。
 
お互いの視線は、変わらず快晴の空に向けられていた。
しかし私は、直接見るより遥かに正確に奴の表情を思い浮かべていた。
 
 
無理に先を急がせはしない。
ただ静かに待てば良い。
 
そして再びJr.は語り始めた。
 
 
「ファ・・・親父が居なくなって悲しかった。でも、時間が経ってくうちに、だんだん違う事がもっと悲しくて辛くなってきた」
「人を殺す事か?」
「それも・・・あったかな。でもそれよりも、だんだん親父が周りの人の中から消えてくのが辛かった・・・」
「・・・」
「親父が死んで、すぐに俺が次の頭首になった。何で俺かなんて知らない。俺以外の徽章持ち全員、俺より年上なのに。気付いたら、勝手に決まってたから・・・って、別にどうでも良かったけどさ」
「・・・」
「俺、ずっと徽章が欲しいって事しか頭に無かったから・・・頭首が何するかなんて訓練の間も全然考えた事もなくて。だから頭首に就いても言われた最低限しかやらなかった。試合に出る・・・殺す事の方が忙しかったし、俺にとって大事だったし・・・」
「・・・ああ」
「でも、ちょっとだけ気持ちが落ち着いてきて、それで周りを見てみたら・・・気付いちまった。俺の周りの誰一人、悲しんでないって事・・・」
「・・・」
「みんな、普通にしてたんだ。みんな頭首が居ないのは困るけど、親父が居なくても、次期頭首が全然役立たずでもそれでも・・・悲しんではなかった」
「・・・」
「聞いてなんかない。聞いたらきっと、悲しいですって言うと思う。でもみんなとっくに忘れてた。少なくとも俺にはそう見えた」
「・・・」
「ついこの前まで親父は居たのに、俺はこんなに覚えてるのに、みんな忘れてるんだ。それが嫌だった。嫌で悲しくて腹が立って、でもーー」
 
 
ここで初めて、Jr.はこちらを向いた。
蒼い目が微かに揺れながら、縋るように私を捉えていた。
 
 
「でも、あんたは親父をちゃんと覚えてた。そしてあんたが戦ってんのを観る奴らも、あんたを通して、親父を思い出してた。どんな無様な姿でもいい・・・だから、それが嬉しい・・・とはちょっと違うけど、でも、だからーー」
「だから私を、殺せなかったーーか」
「うん・・・あんなに殺すつもりだったのに、殺せなかった」
 
 
 
誰かに理解して貰いたくて。
なのに誰にも、口にすら出来なかった胸の内。
 
しかも、望まず得た頭首という立場が、一層周囲との隔たりを広げてしまったのだろう。
 
 
ーー辛い・・・いや、ずっと、お前は寂しかったのだな・・・。
 
 
ただ、まさかそれを己の仇に打ち明ける事になろうとは、何と皮肉な巡り合わせだろうか。
 
 
ーー全ての事象には必ず理(ことわり)がある ・・・とするならば、これも?
 
 
 
しかし、少なくともその皮肉を恨めしく思う心情は、二人どちらの中にも存在してはいなかった。
 
 

導き(5)

2019-06-13 22:06:00 | 小説/導き
 
 
 
身の内の芽生えの正体を、遂に確信した。
 
私はこの子供の手を取り、そして共に歩んでいきたいと思っていた。
 
 
 
 
 
 
秘めた本心の告白は、更に二人の距離を縮めていった。
 
Jr.は最早何の遠慮も無いといった様子で、会話を続けていった。
 
 
「あんたと戦ってる間・・・正直、自分でも困ったよ。だって殺したいってだけで大会に出て、もし組み合わせであんたと対戦出来ないまま終わったらどうしようかって、それだけが心配で・・・」
「私がお前と戦う前に負けると?」
「いや。でも真剣勝負の世界だから、何が起きるか分かんねぇし、他の奴らがどれくらい強いかだって・・・。でも、そんなこんなでやっと掴めた完璧な復讐の舞台だったのに、いざ始まったら・・・迷っちまった」
「技の甘さは、単なる経験不足ーーだけでは無かったという訳か」
「さあ、どうなんだろう。でも、ずっと練りに練って作ったあんたを殺すシナリオが、迷ったせいで完全に狂っちまって・・・」
「ほう・・・どう殺される予定だったのだ?私は」
 
 
こんな冗談めいた言葉が自然に、しかも悪気無く自分の口から出る。
遠慮が無くなったのはJr.だけではなかった。
 
物騒な私の問い掛けに、奴は更に物騒な返事を、さも大した事でもない様子で返した。
 
 
「ええと・・・何分かは普通に試合して、一応体裁だけ整ったら、あとは毒食らわせて、あんたが怯んだところに”こいつ”をお見舞いして・・・。で、最後にあんたをあれで上下真っ二つにして、体に乗ったまま笑ってやろう・・・って、思ってたんだけどーー」
 
 
あっけらかんと、自分の描いた死の台本を復讐相手に披露するJr.。
その最中、奴が”こいつ”と称して空(くう)を切った右手が、仄(ほの)かに熱を帯びたように見えたのが気になった。
 
 
 
「ところでその手刀は・・・なかなか見事な手捌(さば)きだが」
「ああ・・・これ?俺が訓練で・・・超人レスリングを始める前から覚えてた、唯一の技らしい技・・・かな」
「手が一瞬、異質に変化したようにも見えたが?」
 
 
するとJr.は、さっきまでとは違う何処か陰りを含んだ笑みを湛えながら、自分の右手に視線を移し、握ったり開いたりさせつつ言葉を続けた。
 
 
「殺して、相手の血を浴びる技だ。出来るだけ効率良くやる為の・・・」
「成る程・・・確かにやれそうだ」
「うん・・・。訓練でも、特にみっちりやらされたしな。それに、試合で殺すのにもすげぇ便利だったし・・・」
「・・・」
「殺しつつ勝って、血も一緒に頂戴出来る訳だからさ。おまけに瞬殺だから時間も掛からねぇし・・・。だっていくら、何でもありの超人レスリングでも、負かした相手を改めて殺すなんて流石に出来ないじゃん。だから・・・でもーー」
「虚しい・・・か?」
「うん。力を得るには仕方ない、とは・・・思ったけど。でも、何か・・・虚しかった」
 
 
語尾は殆ど聴き取れない程に小さくなった。
 
 
無理もない。余程の悪党でない限り、超人でもーー人間なら尚更ーー殺める事は己の中に一生消えない痛みと傷を残す。
それを承知の上で、しかし”復讐に必要な力を得る”という自己都合のみで実行するには、それは余りにも重い行為だった。
 
 
ーーしかもお前は、本当はとても優しい。
 
ーー親に愛され、そして親を愛して・・・。
 
ーーそうして培われた優しさ。そんなお前に殺しは向いていない。
 
 
 
もう、止(や)めさせなければならない。
 
そう思った。
 
 
 
 
 
 
「それで、お前はこの先、どうするつもりなのだ?」
「え?先、なんて・・・それこそ考えた事もなかったけど・・・。でもファ・・・親父の弔(とむら)いも一段落しちまった以上、レスリングやる理由もねぇしなぁ・・・」
「国に戻り、そして一族に尽くすか?」
「そうだなぁ・・・まあ、それくらいしかねぇのかな・・・。俺に向いてるとは思えねぇけど」
 
 
私の確固たる決意。
 
しかし、この子供が自らの意志で本来の場所に戻るーー人間と共に一族と生きるーーと言うなら、流石にそれを止める事は出来ない。
 
 
だが今、子供は迷っていた。
漸(ようや)く成人を過ぎた程度の、まだまだこの先長い人生をどう進むべきなのかを。
 
 
ならば、違う道を示してやりたかった。
此奴が本当に望む世界を、共に求め、守ってやりたいと私は思っていた。
 
 
 
「私と・・・これからも共に戦う気はないか?」
「え、それって・・・?」
「この先も超人として。何もこの大会だけが超人格闘技の世界ではない。お前は知らないかもしれんが、それこそ何百年、何千年と超人は戦い、そして戦いでのみその存在を示してきた」
「・・・」
「お前は強くなる為に殺してきた。だが私なら、もうこれ以上殺さずとも強くなれる方法を教えてやれる。もちろん時間は必要だが・・・お前はまだ十二分に若いし、筋もいい。技を磨き、体と心を鍛える事でも、お前が今持つ超人の力は何倍にも高められるだろう」
「・・・」
「だからもう無理には殺すな。私と共に・・・共に高め合い、そして、そうして得た力で戦う。そうすればーー」
 
「そうすれば、皆・・・お前の父を思い出す。私が殺した敵として。そして何より、お前の父としてーー」
 
 
 
私の突然の誘いに暫し呆然と、だがやがて心を決めたJr.は、この日一番の笑顔を返した。
 
 
これまで己の精進のみに生きてきた私に、初めて守り育てる存在が出来た。
そんな、自分含め誰も予測していなかったであろう瞬間だった。
 
 
 
 
 
 
明らかにこれまでと違う眼差しを向ける蒼い目。
尊敬と親愛と。ようやく見えた色鮮やかな未来に、それは眩しい程輝いていた。
 
しかしまだほんの微かに躊躇いーー私への遠慮ーーが残っているように見えなくもない。
そこでそれを払拭してしまうべく、私は師として、最初の申し付けをする事にした。
 
 
ーーこれを言うと・・・拗(す)ねるだろうか。
 
 
もちろん私は、先ず明日の試合に臨まねばならない身ではある。
 
だがそれに差し支える事なく、簡単に今から始められる提案事が一つ、自分の中に閃(ひらめ)いていたのだった。
 
 
「ところでブロ・・・いや、Jr.」
「何?」
「私はさほどお前の国の言葉には通じていないのだが・・・」
「は?何だよ今更。んなの、今のままでいいし、あんたが楽なら中国語だって聞く程度ならーー」
「父親というのは、ドイツ語でファーターか?」
「なっ・・・!!?」
「何処まで自覚があるのかは知らんが、無理してまで言い直す必要は無い。少なくとも、私の前ではな」
 
 
 
不意を突かれた驚きに恥ずかしさが入り混じり、まるで池の鯉のように口を開いて目を白黒させるJr.の姿は、正に傑作だった。
 
私の提案は予想以上の効果を与えたらしく、返す言葉を失ったJr.は、直後「部屋に戻る!」と、逃げるようにその場を去っていった。
 
 
笑いながら見送る私の頭に、その光景は深く深く刻まれた。
 
 
 
 
 
 
あの男の死。
 
それに導かれ繋がった不思議な縁(えにし)。
 
 
子供に愛を、そして自分に恐怖を残して死んだあの男が、果たしてこの結末を何処まで見込んでいたのか、それともいなかったのか。
 
 
叶うべくもないが、いつの日か聞いてみたいと思った。
 
 

導き(epilogue)

2019-06-13 22:05:00 | 小説/導き
 
 
 
私は今、闇の中に居る。
 
 
 
何も見えない。
何も聞こえないし、声も出せない。
ここから抜け出したいが、指の一本すら、動かす事は叶わない。
 
 
まるで濃い墨の海の底にただ一人、ゆらゆら漂っているかのような心地。
 
 
しかし、私は生きている。
私を見る全ての人は、私を死んでいると判断するだろう。
 
しかし、確かに私は、まだ生きている。
 
 
 
 
 
 
何も出来ない。
だが、こうして考えを巡らせる事と、微かにせよ、周囲の気配を感じ取る事は出来る。
 
 
すぐ近くに、Jr.の気配がある。
 
相変わらず独特なその気配。
超人と人間がその身に混在するが故の、不思議で不安定なそれを、こうなる前よりむしろはっきり感じ取れる気がする。
だから、お前だけは間違う筈がない。
 
 
 
やはりお前はとても優しい子だ。
 
こんな様に成り果てた自分の側に、なのに、まだ国にも帰らずこうして寄り添っている。
 
 
 
 
 
 
もしも私の意思を伝える術があるのなら、先ずお前に謝りたい。
 
 
 
殺戮すら禁じられない、非情な戦いの世界。
ましてお前の父を殺した自分に、異を唱える権利など微塵も無い。
 
 
だから、この結末も因果応報。
 
 
 
しかしつい数日前、私は約束した。
 
お前と、共に歩こうと。
 
 
お前も快く同意してくれた。
なのに私はそれを破ってしまった。
しかもこんなにも早く。こんなにもあっけなく。
 
 
 
ただ謝りたい。
 
しかし、それも叶わない。
 
 
 
 
 
 
さらに私は今、お前に尋ねたい事がある。
 
お前が話してくれた父の狂気。
それについて、今更ながら、どうしても疑問に思う点が一つあるのだ。
 
 
 
お前は言っていた。
自分を待つ為、父は殺し続け、狂ったと。
 
またお前はこうも言っていた。
自分は、力を得る為、殺し続けてきたと。
 
 
 
お前が力を欲した事は理解出来る。
 
私をリングの上で葬る。その為には、先立つ実績も、勝ち上がる強さも必要なのだから。
 
 
 
だが、何故、お前の父は狂うリスクを承知で殺し続けたのだろうか?
 
そうまで大きな力を求めた理由が、私にはどうしても、分からないのだ・・・。
 
 
 
 
 
 
殺し続けたと言っていたお前は、しかしまだ、全くおかしな様子は無かった。
 
ならばお前の父は、少なくとも十年の間、一体何人の血をその身に浴びてきたというのだろうか・・・。
 
 
 
そんなにも頭首とは、力が必要なのか?
 
そんなにも狂気は、突然訪れるものなのか?
 
一人殺すと、もう止められない定めなのか?
 
そうまで愛し愛された息子を待つより他に、大事なものがこの世にあったのか・・・?
 
 
 
否(いな)。
 
お前の話を聞く限り、全て否だ。
 
 
 
 
 
 
だから私は今、とても大きな不安に苛まれている。
 
 
 
私はお前に、殺さず生きる道を示した。
 
超人として。
そして、それを共に歩もうと。
 
 
おそらくお前は、もうこの先、安易に殺しはしないだろう。
例え私が居なくとも、私が示した道を真っ直ぐ進むのだろう。
 
それは確かに、優しいお前にとって良い事だ。己の心を殺すよりずっといい。
 
 
そう・・・確かに、あの時はそう思った。
 
 
 
だが、本当に良いのだろうか。
 
 
お前の父が狂ってまで殺し続けた理由。
それを知らない私が、安易に「殺すな」と言った事。
 
 
それは、本当に良かったのだろうか・・・。
 
 
 
 
 
 
Jr.の気配が遠くなる。
 
 
 
一時的なものなのか、それとも永遠なのか。
 
 
駄目だ、これ以上は離れるな。
せめて私の問いに答えてくれ。
 
 
本当に大丈夫なのか。
 
本当に、殺さなくとも、お前は大丈夫なのか・・・。
 
 
 
 
 
 
何かが手遅れになる前に。
 
何としても、もう一度。私はお前に会わなくてはならない。
 
 

幕切れ、もしくは分岐(1)

2019-06-13 22:04:00 | 小説/幕切れ、もしくは分岐
 
 
 
崖から突き出た岩やら木の枝やらに何度も体を打ち付けながら、俺は谷底まで落ちていった。
 
 
 
まばらに生えた雑草程度では落下の衝撃は受け止められず、だが途中そうやって色んな物に引っ掛かったせいか、自分が想定していたよりは大人しい着地。
 
但し、当たり前だが流石に無傷とはいかず、身体の前面が地面に触れた瞬間、何本かの骨が見事に砕けた。
 
 
そんな骨が内臓に刺さる痛みに、俺は暫し息の仕方を忘れてしまう。
体が見る間に麻痺していく。思考が止まりかける。
 
 
だが血の混じる咳が口から飛び出すのを合図に、慌てて体が、死から必死に逃げようと走り出した。
 
呼吸の度胸が痛む。
が、要求されるがまま俺は、さっきまで忘れていた事が嘘のように、空気を吸っては吐くを繰り返した。
 
 
 
ーー痛ぇ・・・畜生、さっさと死にてぇ・・・。
 
 
無駄に頑丈でタフな肉体は、戦いの場では重宝するが、こういう時が厄介だ。
どうせ死ぬのだから楽に即死させて欲しいのに、嫌がらせのように崖っぷちでなお足掻いては、俺の苦痛をただただ長引かせようとする。
 
 
ーー崖っぷち・・・いや、ここはもう底か・・・って、何、馬鹿な事考えてやがるんだ俺は・・・。
 
 
冷たく固い地面。遠くで水が流れる音が聞こえるような気がするが、確かめようもない。日没から大分経っているせいで、光も殆ど無い。
 
 
ーー暗い・・・だが、前に死んだ場所よりはかなりいい・・・か。
 
 
 
綺麗な死など、世の中滅多に無い。
 
だが、ずっと殺るか殺られるかの野蛮な世界で生きて来た超人に与えられたにしては、ここは、勿体ない程静かな死に場所だった。
 
 
 
 
 
 
動力を失ったリングを再び空中に打ち上げ、そしてそれに残り全ての力を使い果たした俺は、戦いの行方をキャプテンに託し、そのまま谷に落ちていった。
 
 
 
俺達のキャプテン、キン肉マンソルジャー。
 
謎だらけで、だが出会った時から、その背中には大木のような揺るぎない威厳と風格が見え隠れしていた。
 
 
奴にチーム入りを打診された、ニンジャ、アシュラ、そしてJr.に俺。
正体の分からない奴に、始めは訝しがるも、やがて魅了され共に戦う事を快諾した。
 
 
一人、また一人倒れていった。
そして残った俺は、偶然にもソルジャーの正体を知り、その秘密を守る為この身を盾とした。
 
 
ーーまさかあの、おちゃらけ野郎の兄・・・なんてな・・・。似てない兄弟も居たもんだ。
 
 
何かある、とは、メンバー四人皆が思っていた。
しかしまさか、そんな”曰く付き”だとは、ゆめゆめ思っても見なかった。
 
 
 
もしも最初に奴が話してくれていれば、俺達はもっと簡単に協力しただろうか。
その問いの答えは、即答でノーだ。それどころか、逆に誰一人、チームに入らなかったとさえ思う。
 
 
他の奴らが心底どう思っていたのか、あれこれ話もしなかったし、想像したところで最早真実は藪の中だ。
だが、一つだけ確かだったのは、皆、とても居心地が良かったという事だ。
 
共通点が見当たらないどころか、下手をすれば敵味方。
そんな俺達がソルジャーを中心に、誰が譲(ゆず)るでもなく心を一つにした。
 
あの不思議な一体感が、堪らなく心地良かった。
 
 
ーーあんな感覚・・・もう、一生味わえねぇんだろうな・・・。
 
 
 
「楽しかっ・・・た、な・・・ぁ」
 
 
 
一生味わえないも何も、こんな場所で一人、棺桶に片足を突っ込んだ身では、もう回想以外に出来る事など何一つ無い。
 
それでも、叶うなら死ぬまでにもう一度、皆に会いたいと思った。
後悔ではない。ごくごく素直な願いだった。
 
 
ーーあ・・・だが、どうせ墓場でまた再会出来る・・・か。
 
 
そう気付くと一転、こんな状況ながらサンタを待つガキのような気持ちになってきた。
 
 
 
人生、より単細胞な方が幸福だ。
 
 
 
 
 
 
痛みが徐々に軽くなってきた気がした。
そして、少しずつ息が楽になってきた気もした。
 
 
もちろん回復する訳もなく、単に死が近づいてきているだけだ。
今も一応、体は必死に死から逃げ回っている。が、流石に医者はおろか薬も包帯も無い状態では、いくらタフな俺の体でも、追いつかれるのは時間の問題だった。
 
 
ーー鬼さんこちら・・・。いや、この場合死神さん・・・か?手の鳴る方へ・・・。
 
 
こんな俺だが、及ばずながら精一杯、命と誇りを掛けて戦った直後だ。どうせならもっと真面目で殊勝な事を考えたいとは思う。
が、一旦箍が外れた奔放な思考は、能天気な内容ばかりを垂れ流し始め、止められない。
 
そして今俺の頭の中では、絵本で見るような死神様が鎌を持ち、ケタケタ笑いながら手招きしていた。
 
 
ーー死神・・・、骸骨・・・髑髏・・・。
 
ーー髑髏堕ちる時・・・渦中の人現る・・・・・・か。
 
 
 
 
 
 
まさかこの時、俺は本当に髑髏に手招きされたのだろうか。
 
 
視界の端。そこにふと、か細く明滅する光のようなものがあるのに気付いた。
 
 

幕切れ、もしくは分岐(2)

2019-06-13 22:04:00 | 小説/幕切れ、もしくは分岐
 
 
 
その光の方に、何とか首と視線を動かした。
 
するとそこにあったのは、俺より先にこの谷に落ちた男の体だった。
 
 
 
すぐに手が届くーーよりは、もう少し離れた場所に仰向けに倒れていた。
 
動いているようには見えない。だが、頭の部分が薄っすら光っていて、しかもまるで呼吸しているかのようにその光が強くなったり弱くなったりしていた。
 
 
ーー生きて・・・いる?
 
 
俺はその真偽を確かめるべく、残り全ての力と気力を使ってその光に近づいていった。
 
 
 
まるで虫が灯りに引き寄せられるように。
ほふく前進の要領で、体を引きずり少しずつ距離を縮めていった。
 
無駄に頑丈な肉体で本当に良かった。
さっきと言っている事が矛盾しているような気もするが、そんなのはもうどうでもいい。
 
 
必死に腕を上げ、地面の凹凸(おうとつ)に爪を立て。何とか目当ての体に辿り着いた。
 
 
 
「お・・・い、お前・・・」
 
 
肘をつきJr.の頭の下に左腕を差し込む。
そして空いた右腕で頰に手を添え、軽く揺すりながら声を掛けた。
 
 
まるでこいつの鼓動のように強弱を繰り返す光は、軍帽の徽章から放たれていた。
それに照らされた冷たく血の気のない肌は、だがまだ柔らかい。白く、血で汚れた胸が小さく上下しているように見える。確かに生きている!
 
 
「ブロッ、ケン・・・おい、ブロッケン・・・」
 
 
 
すると、俺の声に反応して軍帽の下の長い睫毛が震えた。
瞼がゆっくり開く。蒼い大きな瞳が力なく、だがはっきりと自分の方に向いた。
 
 
「ああ・・・お前、まだ・・・生きて・・・」
 
 
すると何か言おうとしたのか、Jr.は震えながら口を開いた。
しかしそこから出てきたのは言葉ではなく真っ赤な血。それが喉に詰まってしまったのか、水が泡立つような音しか出せないでいた。
 
 
俺は微塵の躊躇いもなく唇を重ねた。必死に吸うと、逆に自分の胸の奥から何かがせり上がってきそうになったが、どうにか耐え、入ってきたものを飲み込んだ。
自分のとは違う味。ネジの飛んだ頭は、それを”甘い”と認識した。
 
 
二度ほど飲み込み、唇を離す。
程なく、念願の声が聞こえた。
 
 
「・・・バ・・・ファ。な・・・ん、で」
「悪ぃな・・・。俺も、落ちてきちま、った・・・」
 
 
 
遂に、そして思いもしなかった、無二の仲間との再会。
俺は死神ーー髑髏ーーに感謝した。
 
 
 
 
 
 
今も二人の間で穏やかに光り続ける髑髏の徽章。
 
この奇跡は、正にこの髑髏の、俺達への恩賞だと思った。
 
 
 
詳しい経緯(いきさつ)は分からないが、キン肉族の、そして超人界全体の何かを守るべく立ち上がった我らのキャプテンーーキン肉アタル。
その決意と信念を、俺とJr.は身を盾にして守った。
 
これはその功績への報い。僅かながらも、お互いの健闘を称えあう時間を、この徽章が与えてくれたのだと思った。
 
 
それに、既に死んだ経験のある俺と違い、この青二才は初めてのはずだ。
谷底は静かだが、最初の死に場所としては少々寂しい。
 
だから俺が来るまで、徽章がこいつを生かしておいたーーそう、思った。
 
 
 
「ソ・・・ル、ジャ・・・」
 
 
体を張って守り通したキャプテンを俺に託し、なのにその俺が今、目の前に居る。
 
 
そもそも何処まで理解出来ているのか意識があるのか、確かめようもなかったが、それでもJr.は、自分の命を掛けた大切な相手の事が気になったのだろう。
切れ切れになりながらも、何とかその相手の名を口にした。
 
 
 
こいつを失ってから、人が変わったように凄まじいファイトを見せたソルジャー。
俺に見せた厳しくも優しい態度。
そして、そんな我らがキャプテンの意外な正体・・・。
 
 
 
話してやりたい事は山程あった。
だが、それを全部語るには、時間も、そして俺の体力も全然足りなかった。
 
 
ーーそれに俺と同じ。こいつも、ソルジャーが何者かなんて、どうでも良かった・・・。
 
 
だから、真っ直ぐ奴を見つめ、なるべく聴き取れるようゆっくりと、俺は言った。
 
 
 
「も・・・う、喋るな。大丈夫・・・」
「・・・」
「ソルジャー、は、だい・・・じょ、うぶ・・・。大丈夫、だ・・・」
「・・・」
「俺達は・・・よく、やった。そして・・・お前、は・・・本当に、よくやった」
 
 
 
するとJr.は、確かに俺に向かって笑顔を見せた。
 
 
気のせいかもしれない。だが、確かに俺にはそう見えていた。