まるで、安心したJr.の心に呼応するかのように。
徽章の光が、徐々に小さく弱くなってきた。
どうせすぐに墓場で会えるのだが、ひとまずこの世では最期(さいご)の時間。
だから俺は、年長者らしく、この子供を穏やかに見送ってやろうと思った。
間もなく腕の中の体が小さく跳ねた。
薄い唇の端から一筋、また赤いものが流れる。
いよいよその時が訪れようとしていた。
「・・・」
「だいじょ・・・うぶ。俺も・・・すぐ、追いつくから・・・」
「・・・」
「あっち、で・・・すぐ、また・・・会おう」
痺れて殆ど感覚の無い右手。
それでJr.の頰をなるべく優しく触れてやりながら、俺は笑ってそう告げた。
すると、今度はさっきよりもはっきりと。
一瞬目を泳がせて。だがすぐに、これまで何度も見てきた実に奴らしい、少しはにかんだような笑顔を浮かべーーーー
「・・・お、い。ブロッケン・・・?」
「逝った・・・か」
徽章の光が消え、本来の闇が広がる。
そして腕の中の体から、何かが抜けていく感覚。
一足先に、静かに旅立っていった。
滅多に見られない。
本当にそれは、綺麗な死だった。
完全に一人になった俺は、もう何も映していない蒼い目を右手で閉じてやると、そのままJr.の胸の上に倒れ込んだ。
まだ柔らかいが、命を失った肌は早くも冷たくなり始めていた。
だが俺の胸は、安堵と満足感でこの上なく暖かかった。
ーー死神・・・髑髏も、たまには粋な事をするもんだ・・・。
Jr.の頭をまだ抱えているせいで、自分の左腕から脈音を感じる。
弱々しいそれも、じき止まるだろう。
ーーどんな顔で、再会しようか・・・。
無限に広がる岩だらけの世界。死んだ超人がもれなく行き着く場所。その入り口で俺を待っているのは、今、腕の中にいる男。振り返り白い歯を見せて、笑いながらこちらに駆け寄って来る。その背後には、一足先に死んだ忍(しのび)の姿も見える。
嬉しく、ゆえに少し照れ臭い再会。お前、どさくさに紛れて何やってくれてんだよ。そんな文句を言われるのも一興だ。それを聞いた俺は、これ見よがしに唇を舐めながら、ご馳走様、と鼻で笑ってやるーー
そんな甘やかな未来が、すぐ先で俺を待っているのだ。
そう思うと、ますます早くそこに行きたくーー逝きたくーーなった。
ーーもう、何一つ未練はねぇ・・・。
こんなにも穏やかな終幕を与えてくれた死神に心から感謝しながら目を閉じる。次にこの目を開けたら墓場だ。そうすればーーーー
と、自分の都合のいい想像に浸っていた俺だったが、ふと過(よ)ぎった疑問に、二度と開けるつもりのなかった目を見開いた。
「・・・」
確かにJr.は俺の目の前で死んだ。
だが、果たして奴は、一体”どちら”で死んだのだろうか。
散々流れて、もう体の中にはさほど残ってはいないだろうに、それでもはっきりと血の気が引くのを感じた。
「・・・なぁ」
「なぁ・・・おい、なあ!」
奴の抜け殻に乗せていた上体を起こし声を掛けた。だが反応などある筈もない。
それでも諦められず、まだこれほど残っていたのかと自分でも驚くほどの力で、白い体を揺すり、頰を叩いた。
Jr.が死に、そして徽章の光が消えた。
そのはずだ。逆では駄目だ。
俺が想像した死後の世界は、Jr.が超人である事が前提だった。だが死んだその瞬間まで髑髏が寄り添っていなければ、こいつは人間になってしまう。
人間では駄目だ。人間では、違うところに行ってしまうじゃないか!
「おい・・・起き、ろ」
「なあ・・・起きろ。起きてくれ!」
目を開ける代わりに、Jr.の軍帽が地面に落ちた。あんなに激しい戦いの最中でさえ脱げなかった軍帽がだ。
こんな別れ方は嫌だった。
すぐにまた会えると信じて疑わなかった。
それに、もしあらかじめ奴が違うところに行くと分かっていたら、俺はもっと違う言葉を掛けていた筈だ。
「なあ・・・なぁ・・・」
「なぁ・・・頼、む・・・・・・」
完全に力を使い果たし、俺は再び奴の体に倒れ込んだ。
咳き込んだ口から苦いものが溢れた。
視界が霞むのは、いよいよお迎えが来たのか違う理由なのか、自分でも分からなかった。
遂に自分の目の前までやって来た死神。
あれ程優しかったのだから、どうかもう一度、俺に情けをかけてほしい。
ーーあの未来を、叶えてほしい・・・。
そんな、縋るような思いと共に目を閉じた。