じゅにあ★Schutzstaffel II

キン肉マンの2次創作。小説載せてます。(以後更新予定無し)

幕切れ、もしくは分岐(3)

2019-06-13 22:03:00 | 小説/幕切れ、もしくは分岐
 
 
 
まるで、安心したJr.の心に呼応するかのように。
 
徽章の光が、徐々に小さく弱くなってきた。
 
 
 
どうせすぐに墓場で会えるのだが、ひとまずこの世では最期(さいご)の時間。
だから俺は、年長者らしく、この子供を穏やかに見送ってやろうと思った。
 
 
間もなく腕の中の体が小さく跳ねた。
薄い唇の端から一筋、また赤いものが流れる。
いよいよその時が訪れようとしていた。
 
 
「・・・」
「だいじょ・・・うぶ。俺も・・・すぐ、追いつくから・・・」
「・・・」
「あっち、で・・・すぐ、また・・・会おう」
 
 
 
痺れて殆ど感覚の無い右手。
それでJr.の頰をなるべく優しく触れてやりながら、俺は笑ってそう告げた。
 
 
すると、今度はさっきよりもはっきりと。
 
一瞬目を泳がせて。だがすぐに、これまで何度も見てきた実に奴らしい、少しはにかんだような笑顔を浮かべーーーー
 
 
 
「・・・お、い。ブロッケン・・・?」
 
「逝った・・・か」
 
 
 
徽章の光が消え、本来の闇が広がる。
そして腕の中の体から、何かが抜けていく感覚。
 
 
一足先に、静かに旅立っていった。
 
 
 
滅多に見られない。
本当にそれは、綺麗な死だった。
 
 
 
 
 
 
完全に一人になった俺は、もう何も映していない蒼い目を右手で閉じてやると、そのままJr.の胸の上に倒れ込んだ。
 
まだ柔らかいが、命を失った肌は早くも冷たくなり始めていた。
だが俺の胸は、安堵と満足感でこの上なく暖かかった。
 
 
ーー死神・・・髑髏も、たまには粋な事をするもんだ・・・。
 
 
Jr.の頭をまだ抱えているせいで、自分の左腕から脈音を感じる。
弱々しいそれも、じき止まるだろう。
 
 
ーーどんな顔で、再会しようか・・・。
 
 
 
無限に広がる岩だらけの世界。死んだ超人がもれなく行き着く場所。その入り口で俺を待っているのは、今、腕の中にいる男。振り返り白い歯を見せて、笑いながらこちらに駆け寄って来る。その背後には、一足先に死んだ忍(しのび)の姿も見える。
 
嬉しく、ゆえに少し照れ臭い再会。お前、どさくさに紛れて何やってくれてんだよ。そんな文句を言われるのも一興だ。それを聞いた俺は、これ見よがしに唇を舐めながら、ご馳走様、と鼻で笑ってやるーー
 
 
 
そんな甘やかな未来が、すぐ先で俺を待っているのだ。
そう思うと、ますます早くそこに行きたくーー逝きたくーーなった。
 
 
ーーもう、何一つ未練はねぇ・・・。
 
 
こんなにも穏やかな終幕を与えてくれた死神に心から感謝しながら目を閉じる。次にこの目を開けたら墓場だ。そうすればーーーー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
と、自分の都合のいい想像に浸っていた俺だったが、ふと過(よ)ぎった疑問に、二度と開けるつもりのなかった目を見開いた。
 
 
 
「・・・」
 
 
 
確かにJr.は俺の目の前で死んだ。
 
だが、果たして奴は、一体”どちら”で死んだのだろうか。
 
 
 
散々流れて、もう体の中にはさほど残ってはいないだろうに、それでもはっきりと血の気が引くのを感じた。
 
 
「・・・なぁ」
「なぁ・・・おい、なあ!」
 
 
奴の抜け殻に乗せていた上体を起こし声を掛けた。だが反応などある筈もない。
それでも諦められず、まだこれほど残っていたのかと自分でも驚くほどの力で、白い体を揺すり、頰を叩いた。
 
 
 
Jr.が死に、そして徽章の光が消えた。
そのはずだ。逆では駄目だ。
 
俺が想像した死後の世界は、Jr.が超人である事が前提だった。だが死んだその瞬間まで髑髏が寄り添っていなければ、こいつは人間になってしまう。
 
人間では駄目だ。人間では、違うところに行ってしまうじゃないか!
 
 
「おい・・・起き、ろ」
 
「なあ・・・起きろ。起きてくれ!」
 
 
 
目を開ける代わりに、Jr.の軍帽が地面に落ちた。あんなに激しい戦いの最中でさえ脱げなかった軍帽がだ。
 
 
こんな別れ方は嫌だった。
すぐにまた会えると信じて疑わなかった。
 
それに、もしあらかじめ奴が違うところに行くと分かっていたら、俺はもっと違う言葉を掛けていた筈だ。
 
 
「なあ・・・なぁ・・・」
 
「なぁ・・・頼、む・・・・・・」
 
 
 
完全に力を使い果たし、俺は再び奴の体に倒れ込んだ。
 
咳き込んだ口から苦いものが溢れた。
視界が霞むのは、いよいよお迎えが来たのか違う理由なのか、自分でも分からなかった。
 
 
 
 
 
 
遂に自分の目の前までやって来た死神。
 
あれ程優しかったのだから、どうかもう一度、俺に情けをかけてほしい。
 
 
ーーあの未来を、叶えてほしい・・・。
 
 
そんな、縋るような思いと共に目を閉じた。
 
 

檻(1)

2019-06-13 22:02:00 | 小説/檻
 
 
 
正面の壁に備えられた小さな機械。
まるで目のように、電球が二つ並んで埋め込まれている。
 
さっきまで左側。青色のそれが点いていたが、耳障りなブザー音と共に、今度は赤い右側が代わって点灯する。
何時も信号機みたいだなと思う。
 
赤は、俺に超人になれという合図だ。
正直面倒だしかなり疲れるが、”職務”だからやるしかない。
 
 
目を閉じ大きく一つ息を吸い。
俺は、左の手のひらに乗せていた徽章を強く握りしめた。
 
 
 
 
 
 
もう何度通ったか分からないこの建物が、一体何なのか。そして何処にあるのか。正直、何一つ俺は知らないーーというか興味が無い。
 
建物には、何時も一族の部下が運転する車に揺られて来る。座るのは必ず後部座席。殆ど何かを読んでいるか目を閉じている為、外の景色もよっぽど特徴ある建物しか記憶に残らないし、真っ黒いスモークを貼った窓からでは、どんな景色も全部白黒だから見てもつまらない。
 
移動時間は一時間くらいだろうか。途中アウトバーンを通っているようだが、それでもさほどベルリンから離れていない場所だろうとは思っている。俺の知る、唯一具体的な手掛かりだ。
 
 
そんな感じなので、俺は大抵、着いた事すら気付かない。車のエンジンが止まりドアが開けられて、初めて気付く。
 
あとは出迎えの関係者に連れられ、人気の無い地下駐車場を抜け、エレベーターに乗せられてーー。
 
そして上半身と頭を覆う全てを脱ぎ、軍帽から外した徽章を手に、この部屋の中央にある背を傾けたベッドに横になれば準備完了。
あとは周囲の指示に従いながら、されるがまま、ただ時間が過ぎるのを待つ。
 
 
 
見ようによっては寝ているだけ。
 
これが、俺の最近一番多い”職務”だ。
 
 
 
 
 
 
この”職務”に行き着く表向きのきっかけは、ベルリンの壁が崩壊した事だった。
 
だがよくよく突き詰めれば、結局、未熟な自分の身から出た錆だった。
 
 
元々俺の一族は、徽章の力を使ってこの国を陰で支える事を生業としていた。
だから本来、表舞台に出るなど以ての外。だがファーターの死をきっかけに、超人レスリングの世界に飛び込んだ今の頭首ーーつまり俺ーーが、一族そっちのけで好き放題したせいで、本業が殆どお留守になってしまっただけでなく、多くの人々にその存在が知られる事態となってしまった。
 
そして、頭首の不在をそれでも何とか誤魔化し補ってきた一族に追い討ちをかけたのが、壁の崩壊だった。
 
 
超人界ばかりに目を向け、挙句その戦いで死に、そして運良く生き返って帰ってきたと思ったら、今度は壁の崩壊に茫然自失状態。
 
そんな身勝手な頭首をこれ以上自由にさせる余地は、存在意義まで疑問視され始めた一族にはもう、微塵も残っていなかった。
 
 
 
今の”職務”に繋がる契約書。
 
その根拠を説明すべく、実に様々な書類を手にして。
一致団結で屋敷に乗り込んできた重鎮の爺様達に、俺は二重三重に囲まれ延々説教を食らった。
 
 
頭首の本分は一族を守る事、だの。
単なる”当主”ではない、”頭首”たる責任を考えてくれ、だの。
先代はもっとしっかりしていただの、今迄好きにさせた事に報えだの何だの何だのーーーー。
 
 
 
もちろん言い返したかった。
俺が超人として戦ってきた事には、ちゃんと意味も意義もあったのだと。
 
 
だが、俺個人の意味や意義が一族の何の役に立ったのかと聞かれたら、きっと黙るしかなくなってしまう。
 
 
そして結局、俺は一つとして彼らに反論出来なかった。
 
 

檻(2)

2019-06-13 22:01:00 | 小説/檻
 
 
 
だか、頭首の”職務”とは、そもそもどういうものなのだろう。
 
 
誰も納得のいく答えを与えてはくれないし、いくら考えても良く分からない。
 
そしてファーターは何をどうしていたのかも、悲しいかな、俺は全然知らなかった。
 
 
 
 
 
 
徽章に触れたままでも人間になれる事を知ったのは半年程前だった。
 
それまでは、わざわざ体から遠ざけたり近づけたりしていた。だが色々なデータから、何かを導き出しでもしたのだろうか。
言われるまま試す事半日。俺はめでたくそのコツを掴んだ。
 
 
ーーくだらない・・・一発芸じゃあるまいし。
 
 
超人から人間へ。逆に人間から超人へ。
上手く説明出来ないが、それぞれ呼吸と力の入れ方に、ちょっとした違いがある。
 
もちろん手っ取り早いのは距離を取る事だ。
集中し、少しずつ波長を合わせていかなければ、徽章を持ったままの変化は上手くいかない。
 
 
だがここの人間達は、どうやら人間と超人、その変化の過程に一番興味があるようで、時間が必要な程彼等にとっては好都合のようだった。
 
 
そして、いつの間にやら設置されたのが例の信号もどき。
わざわざ口で言わなくても、青で人間、赤で超人と、効率良く作業が進められるようになった訳だ。
 
 
 
徽章を手に超人になるのは、人間になるよりずっと簡単ではあるが、体への負担はかなり大きい。
無理矢理何かを押し込まれ、膨らませられるような感覚。
毎回、熱が上がり汗が滲んでくる。
 
今、体から伸びた管を通る血は、人間のそれなのか違うのか。
変化の瞬間、色が変わっていたらちょっと面白いような気もするが、目を閉じている為見る事も出来ない。
 
 
 
ようやく変化も一段落し、俺は目を開け徽章を握っていた手の力を抜く。
 
息を整えながら、右側のガラスにぼんやり写る自分の肩を眺める。流石にそこはまだ白いままだ。
そしてそのガラスを隔てた向こうでは、数人の白衣を着た男達がモニターを指差しながら何かをしきりに喋っている。
 
 
ーーまるで動物園だな。
 
 
拒否する理由も権利も、俺には無い。
だから言われれば従うまでなのだが、この”職務”がどんどん過激になっている事だけは、何となく引っかかっている。
 
 
最初は身体測定の延長線みたいなものだった。それが健康診断のようになり、それ以上になり・・・。
体に繋がれる管やコードも増える一方だ。
 
それに自分の格好にしても、以前は腕捲り程度で済んでいたのに、今や上半身まるっと脱がされる始末。
 
 
このまま続くと、いつか俺は丸裸にされ、蛙の解剖さながら生きたまま腹を切られるんじゃないだろうか。
もしくは体全部バラバラにされて、瓶詰めにでもされてしまうんじゃないだろうか。
 
 
ーー少なくとも、ファーターはこんな事してなかっただろうな・・・。
 
 
そんな、普通に暮らしていればまず直面しないような類(たぐい)の不安を抱えていた。
 
 
 
 
 
 
喉が渇いてきた。
血を抜かれ、汗もかいたのだから当然の事だ。
 
 
水は手を伸ばせば届く位置にある。
ただ、飲むには手元のボタンを押し、ガラスの向こうに居る人間を呼び、許可を得る必要がある。
 
たかが水一杯にそんな手間を掛けるのも馬鹿らしい。それこそ、飼い犬ですら水は自由に飲めるだろうに。
 
だから結局、何時も諦める。
 
 
 
「・・・」
 
 
 
いや、水だけに限った話ではないのかもしれない。
 
 
日増しに俺は、諦める事が増えているような気がする。
 
 

檻(3)

2019-06-13 22:00:00 | 小説/檻
 
 
 
耐える事と諦める事は、外から見える様子は何となく似ているが、中身は全く違う。
 
耐える事の先には希望があると思う。
 
 
だが、という事は。
俺は本当のところ、諦める事が増えているのではなく、希望を失くしているのだろうか。
 
 
 
 
 
 
あの日、口煩(うるさ)い爺様達が持って来た書類には、実に様々な要項が所狭しと並んでいたが、唯一無かったのは、俺がその”職務”に携(たずさ)わる期限だった。
 
 
一瞬疑問には思った。
ただすぐに、決める必要などないなと思い直した。
 
 
ーー生き返ったからふりだしに戻ったのかもしれない。でも、殺さない限り俺は・・・。
 
 
何故ならきっと、自分は遠からず死ぬと思っていたから。
そして内情を知る爺様達も、それを知った上であれこれ画策したのだと思ったからだ。
 
 
だが、本来一番甘えてはいけないのが死だ。
生きている間は生きないといけないと思う。
 
 
なのに俺は、何処か期待した。
 
だから取り上げられてしまったのだろうと思っている。
 
 
 
生き返ってから、もう何年経っているのか正確には分からないーーというか、正直数えるのが怖い。
ただ、きっと、俺はまだまだ生きるのだろうという、根拠は無いがそんな予感はしている。
 
 
かつての仲間が与えてくれた体。
その、ちょっとしたズレのような違和感は、どうやら気のせいではなさそうだ。
 
 
諦める事が増えてきたのは、この体のせいかもしれない。
ただ、少なくとも一つ、今の体にとても感謝している事もある。
 
 
もしファーターから貰った体そのものだったとしたら、こんな風に人目に晒(さら)され管を繋がれるなど、屈辱で我慢ならなかったと思うし、最悪関わる人間全員殺していたかもしれない。
 
 
 
 
 
 
赤いランプが点いてから、もうどのくらい経ったのだろう。
時計も窓も無いこの部屋では知りようもない。
 
 
それどころか、今日の計測がいつ終わるのかさえ、俺は聞かされていない。
今夜は何の予定も無いから余計にだ。
 
ブザーが鳴ればまだ暫く続く。ガラスの横の扉が開けば終わりの可能性が高いのだが。
 
 
ーーまあ、予定があってもそれはそれで面倒なのだけど・・・。
 
 
 
 
 
 
俺に求められた”職務”。
その本質が自分で分からない以上何でもやると決めた一方で、絶対にやらないと決めた事も二つある。
 
 
一つは誰かを殺す事。
どれだけ必要だと言われても、”正義超人”という過去がある以上人に手を掛けた瞬間、自分が自分でなくなる気がするからだ。
 
そしてもう一つが子供を持たない事。
ただ、殺す事は比較的容易に諦めてもらえたが、こちらは未だに有形無形の圧力を受けている。
 
 
自分はきっと、ファーターのように我が子を愛せないーーという理由は絶対に理解されないだろうし、そもそも口にも出せない。
そして曖昧な態度を取る他ない俺は、”職務”で出席せざるを得ない社交の場で、血筋と外見だけは最高の女に、次々引き合わされていたのだった。
 
 
ーーいや・・・ちゃんと話せば、きっと皆優しい人だったんだろう。問題は結局、俺なんだ・・・。
 
 
一族の人間すらよく分からない俺に女を理解するなど、出来ないというより不可能に近い。
だからその点ではテリーもロビンも、キン肉マンですら、俺には雲の上の人に見える。
 
 
形さえ整えば情なんて要らないのかもしれない、と思った事もあるにはあった。
ただ何の興味もない相手を、人形のようにお飾りで側に置いておくのも何だか悪いような気がした。自分自身、お飾り頭首を自覚していたから、尚更そう思った。
 
 
だから俺はそういう社交場では、普段以上に無表情で無愛想を貫いていた。
 
 
 
それに今となっては、男と寝ている夫など、どんなに心の広い女だって嫌だろう。
 
 

檻(4)

2019-06-13 22:00:00 | 小説/檻
 
 
 
前回奴が来たのはいつだっただろう。
 
 
この”職務”は身体的には磔(はりつけ)状態だが、頭の中は比較的自由だ。
 
そしてその自由時間、奴の事を考える頻度が増えている気がする。
 
 
 
 
 
 
奴ーーバッファローマンが俺の屋敷に来るようになったのは、俺がこの建物に来るようになった頃よりさらに前の事になる。
 
 
頭首として一族の前に立つ覚悟はしたものの、自分がいかに甘い考えだったかを痛感し打ちのめされた俺は、無性に誰かに縋(すが)りたくなり奴に連絡を取った。
 
考えに考えた末ーーではない。
一族とも国とも関係無く、比較的近くに居て、俺が連絡出来るのは奴かロビンしか居なかった。二択。ならば家族が居ない方が少しでも気楽でいいと思い奴にした。
 
正直それだけだった。
 
 
ーーあの時、深く考えなくて本当に良かった・・・。
 
 
当時の俺は、まだそこそこ素直だった。
だから一度ならず二度も奴を頼り、すると以後、奴は時々俺を訪ねてくれるようになった。
 
 
 
次の約束などしない。事前の連絡も無い。
だから自分が居なかった事だって結構あっただろうに、それでも奴は何時もただ「来た」と、散歩さながらの気楽な体(てい)で俺の前に現れた。
 
 
 
楽だった。それは本当に、俺にとって楽だった。
 
 
 
常に手ぶらで来る。”美味そうだったから”と、プレッツェルや林檎が入った小さな紙袋を持っている事もあったが、荷物は本当にその程度。
 
そして特別何かする訳でもない。家人が出してきた飲み物を口にはするが、二人で食事に出かけた事など一度も無い。時にはソファに放り投げていた本を手に取り、読み終わった直後帰っていったりもした。
 
あれこれ詮索もしてこない。客が立て続けに訪れ、やっと解放されて部屋に戻ると、テラスに直に寝転がって昼寝をしていたのには、驚きを通り越して呆れすらした。
 
 
 
顔を合わせて、俺の話す事をただ聞いて。
 
俺が黙っていると、いつの間にか隣に来て。
 
それでも黙って俯いていると、俺の顔に手を添えそしてーー
 
 
 
何故、何度も来てくれるのか。
理由は大体分かっているが、顔を見る度聞いてみたくなる。
 
だが絶対に聞かないーー聞けない。
 
自分が考えていた以上に優しいーー最初に頼った時、俺は甘ったれるなとぶん殴られる事さえ想像していたーーあの男は、きっとそれを、俺の拒否と解釈するだろうから。
 
 
 
「・・・」
 
 
 
そんな風に奴の事を考えていると、ふと、前回この場所に来た時の一幕を思い出した。
 
無表情で淡々と俺の体に管を刺していた白衣の男。その手が、服を着ていては見えない首やら脇腹やらに散らばる不自然な痕(あと)を目にするや、一瞬びくりと引っ込んだのだ。
 
 
ーー今度は思い切り歯型でも残してもらおうかな・・・。
 
 
我ながら悪趣味だが、笑ってしまいそうになった。
ここへ通うようになって愉快な気分になったのは、これが初めてだった。
 
 
俺だって一応お前らと同じ人なんだ。
お前らと同じ・・・こんな風に生々しい事だってやってんだ。
 
そう言ってやれた気がした。
 
 
 
「・・・」
 
 
 
それにしても奴は、俺が相手で本当に楽しいのだろうか。
 
 
大きさは違えど、それでも所詮は同じ硬い体。どうあれ触っていればそれなりに快感が伴う事は自分もそうだから分からなくもないが、わざわざ俺を選ぶ必要など何処にも無い。
 
俺だけには言われたくないだろうが、それこそ綺麗な女との方がずっと楽しい気がする。
 
 
この事も、何となく知りたくはある。
同じく、絶対聞かないだろうが。
 
 
ただ次に会った時。
気の無い女性を傷付けず遠ざける方法については、尋ねてみてもいいのかもしれない。
 
 
奴のことだ。
悪い笑みを浮かべながら、俺には一生かかっても思い付かないような上手い手段を、そっと耳打ちしてくれそうな気がする。
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・っ」
 
 
そんな折、俺は急に息苦しさをを感じた。
 
たちまち寒気が襲ってくる。
嫌な脂汗が滲んでくる。
 
 
この感覚が来たということは、今日はまだまだ拘束が続くということだ。
 
ここの人間達は、人間と超人、その抵抗力や回復力の差にも興味があるようで、綿密な計算の上なのだろうが、こうして時々俺の体に負荷をかけてくる。
 
 
管が刺さった自分の腕を見る。管は一本ではなく、二本刺さっている。
流石に血を抜かれっぱなしでは、超人だとしても死んでしまう。だから採取された血は沢山の機械を通り抜けた後、再び俺の体に戻されるのだが、その機械の中で、果たしてどれだけ間引きされているのか、違う何かが混ぜられているのか。それこそ傍目には判断しようがない。
 
 
そうこうしているうちに、また例の、耳障りなブザー音がした。
ランプが青に変わっている。
 
寒い。
なのに喉の奥が焼ける。
 
 
最悪だ。
こんな事なら、さっき水を飲んでおけば良かった。
 
 
 
我ながら懲りない奴だと思う。
 
特にここ数年、痩せ我慢をしても、良い事など一つも無かったのに。
 
 
 
 
 
 
震える手で徽章を握り直す。
 
 
明日あの大男は来るだろうか。
 
そんな、希望と呼べなくもない期待を一先ず脇に置きつつ、俺は大きく息を吸った。