髑髏堕ちる時。
今も、それは何かを意味しているのだろうか。
私が存在する限り、髑髏は堕ち続けるのだろうか。
だが運命といえど、それは、余りに残酷ではないだろうか。
「ニンジャ、私はな・・・。私は奴が、今でも側にあればと思っている」
「だろうな」
いかにも、何を当たり前の事を口にするのかと、半ば呆れたようにニンジャは言葉を返した。
「御主が奴に並々ならぬ思いを持っているのは、あれを副将に据(す)えた時点で明白だ。それに、この警察組織とて、元々は御主がブロッケンをずっと手元に置きたいが為の、程(てい)の良い建前だったのだろう?」
「ああ・・・言い訳などしない。全く、我ながら不純な動機だな」
「別に、そこを責めるつもりはない。拙者とて、特段何か成そうと参加した訳でもないからな。ただ、退屈はせぬだろうと・・・正直、そんな程度の志(こころざし)しか持ち合わせてはおらぬ」
「ニンジャ・・・」
「それに・・・御主の近くにおれば、少しは奴に関わる機会や口実も得易かろうと。そんな算段が全く無かったかと言えば嘘になる」
元悪魔騎士。その肩書きに似合わず、存外この男が情け深い事は、既に火を見るより明らかだった。遠く離れ、まして違う道を歩み出したかつての仲間の様子を、ここまで詳細に調べ、逐一私に報告する。それは、ニンジャなりの精一杯の友情に違いなかった。
そして私が、元チームの副将に特別な思いを抱いている事も、ニンジャには全てお見通しのようだった。
「それで結局どうするのだ?無理矢理連れて来るも、殺すも・・・。拙者は何でも出来ようぞ」
「お前にそんな十字架は背負わせられんよ」
「ならば御主が殺るか?出来ぬだろう。拙者なら可能だ。全く奴が気が付かぬうちにも、あえて面と向かって、じわじわ首を締めてやる事もな」
「・・・後悔しないのか?」
「後悔するようなら、そもそも拙者口にせんよ。まあ・・・たまに心が痛む程度の話だ」
物騒なことを、まるで道端の花を摘むかのような、何でもない調子で話すニンジャ。
奴の心はほぼ固まっている。
しかし私は、細く心許ないがそれでも確かに残っている、一本の蜘蛛の糸のような望みに縋っていた。
「女々しいのは承知の上だが、まだ・・・一縷の望みはあると思っている」
「望み?」
「ああ。あいつが・・・バッファローマンがブロッケンと繋がっている限り。私は、待ちたいと思う」
「ふん・・・奴には何も打開出来ん。現に、これまでも気まぐれに会うだけではないか」
「ああ。だが、我々は最早、言葉を伝えることすらも躊躇っている。こんなにも気にかけながらな・・・」
「・・・」
「だが奴は少なくとも会い、何かしらブロッケンから発せられた言葉を聞き、そして、その関係を、途切れ途切れながらも続けている」
「・・・」
「心を許している。だから、それが切れない限り、私はーー」
別れの間際、私はバッファローマンに、Jr.を気にかけて欲しいという頼みーーというより全く自分勝手な願いーーを残した。
杞憂に終わってくれれば良い。
だが、ずっと超人の世界でばかり生きてきたJr.が、意気揚々と人間の生活に飛び込もうとしている。
その事への不安がどうしても拭えなかった私は、自分が知る限り唯一Jr.が弱さを見せられそうなあの男を、頼みの綱としたのだった。
ーー私は以ての外。他の仲間も駄目だろう。だが、あいつにならもしくは・・・。
バッファローマンに託した理由は三つあった。
まず年齢が離れている事。親子とまでは言えないものの、一回り年上のあの男になら、例え子供扱いされようとも、さほどJr.のプライドも傷付かないと思った。
また、フェニックスチームとの六人タッグを共に戦った事も大きかった。あの戦いの前半、ピンチを凌いだのはことごとくJr.であり、私もバッファローマンも彼に頼りきっていた。つまりあのリングで、Jr.はずっと感じていた周囲との実力差を遂に克服し、そしてそれを最も身近で見ていたのが私とあの男であり、その点で彼ら二人は全く対等な間柄でもあった。
そしてこれが一番貴重な点だが、バッファローマンという男はとにかく自由だった。
栄華を極めたバッファロー一族の最後の生き残り。
にもかかわらず奴は、その素性をいとも簡単に封印し、己のしたいままに生きてきた。
力を得たいが為だけに悪魔に身を落とし、しかし絶大な力を得てもそれ以上興味が無かったのか騎士を目指す事もなく、かと思えば正義に改心し、スグル達の為かつての頭首に牙を剥いた。
良く言えば奔放。
悪く言えば自分勝手。
情には厚いが、それでも奴は、その時々で己のしたい事を常に優先していた。
一見プライドが無いようにも見える。
だが、奴はその気ままな判断に微塵も後ろめたさを感じていない。それはある種、真に”強い”とも言えた。
そういう”生き方”という点ではJr.と全く真逆なバッファローマン。
どんな生き方でもいい。”自分は自分だ”という考えもあるのだという事に、Jr.が奴との関わりの中で気付いてくれればーー。
私があの男を頼ったのは、そういう根拠からだった。
しばしの沈黙。それを破ったのはこの日初めての、ニンジャの溜息だった。
「・・・拙者は反対だがな。確かに誰もいないよりは気休めにはなろうが、ブロッケンの態度が変わらぬ限り、生き恥の上塗りが続くだけだろう。それより、ここは潔く死に花を咲かせてやるのが、この際慈悲ではないのか?」
「恥とは思わんが。まあ、全くお前らしい・・・日本的な解釈だな」
「拙者、奴が望み、そして成し遂げた見事な死に様が、これ以上汚されるのが我慢ならんだけだ」
「それが正に日本的だよ。今日唯一はっきりしたのは、お前は私が思っていた以上に優しく情け深いのだな」
「御主が、拙者が考えていた以上に存外女々しい事も、今日初めて知ったわ」
「ああ・・・・・・悪いな」
「詫びるな。あい分かった、もうこの話は終いだ。御主がそうまでして待つなら尊重するまで。・・・が、御主、ブロッケンがいつか目を覚ます望みがあると、本当に思うのか?」
「思うーーと、言い切れない自分が恨めしいがな。だが例えば、何か・・・今奴を肩書きで縛る一族ではない何か。奴自身が、本当に守りたいと思える何かを見つけられれば、あるいはーー」
「子供か?だが奴は、自分の血を残す事だけははっきり拒み続けているぞ。ならばいよいよ詰(つ)みではないか」
「ああ、そうだな。だが、ならばもしーー」
ーーやはり、変えられない運命なら・・・。
ーー私が存在する限り、髑髏は堕ちるのなら・・・・・・。
「・・・アタル殿?」
「いや。バッファローマンとの繋がりも切れ、本当にもし、お前がブロッケンはもう駄目だと思った時には。その時はーー」
「殺していいか?」
「ーーいや、私が消える事を許してくれ」
ニンジャは一見呆れきった様子で、しかしその目にありありと憂いを湛えながら、返事をすることなく部屋を出ていった。
本当にあの書に書かれた運命は変えられないのか。
いつか、ついてまわるその糸を断ち切る事は出来ないのか。
ーー私の見込んだ右腕。お前なら出来ないはずはないと信じている・・・が・・・。
その答えが出るまでに、一体どれほどの時間が必要なのか自分に分かるはずもなく。
だからもう、あとは、ただ心から祈るのみ。
どうしようもない流れの前では、結局超人も人間も同じ行動を取ってしまう。
何とも皮肉な事実だった。