じゅにあ★Schutzstaffel II

キン肉マンの2次創作。小説載せてます。(以後更新予定無し)

運命の糸(6)

2019-06-13 21:57:00 | 小説/運命の糸
 
 
 
髑髏堕ちる時。
今も、それは何かを意味しているのだろうか。
 
 
私が存在する限り、髑髏は堕ち続けるのだろうか。
 
だが運命といえど、それは、余りに残酷ではないだろうか。
 
 
 
 
 
 
「ニンジャ、私はな・・・。私は奴が、今でも側にあればと思っている」
「だろうな」
 
 
いかにも、何を当たり前の事を口にするのかと、半ば呆れたようにニンジャは言葉を返した。
 
 
「御主が奴に並々ならぬ思いを持っているのは、あれを副将に据(す)えた時点で明白だ。それに、この警察組織とて、元々は御主がブロッケンをずっと手元に置きたいが為の、程(てい)の良い建前だったのだろう?」
「ああ・・・言い訳などしない。全く、我ながら不純な動機だな」
「別に、そこを責めるつもりはない。拙者とて、特段何か成そうと参加した訳でもないからな。ただ、退屈はせぬだろうと・・・正直、そんな程度の志(こころざし)しか持ち合わせてはおらぬ」
「ニンジャ・・・」
「それに・・・御主の近くにおれば、少しは奴に関わる機会や口実も得易かろうと。そんな算段が全く無かったかと言えば嘘になる」
 
 
元悪魔騎士。その肩書きに似合わず、存外この男が情け深い事は、既に火を見るより明らかだった。遠く離れ、まして違う道を歩み出したかつての仲間の様子を、ここまで詳細に調べ、逐一私に報告する。それは、ニンジャなりの精一杯の友情に違いなかった。
 
そして私が、元チームの副将に特別な思いを抱いている事も、ニンジャには全てお見通しのようだった。
 
 
 
「それで結局どうするのだ?無理矢理連れて来るも、殺すも・・・。拙者は何でも出来ようぞ」
「お前にそんな十字架は背負わせられんよ」
「ならば御主が殺るか?出来ぬだろう。拙者なら可能だ。全く奴が気が付かぬうちにも、あえて面と向かって、じわじわ首を締めてやる事もな」
「・・・後悔しないのか?」
「後悔するようなら、そもそも拙者口にせんよ。まあ・・・たまに心が痛む程度の話だ」
 
 
物騒なことを、まるで道端の花を摘むかのような、何でもない調子で話すニンジャ。
 
奴の心はほぼ固まっている。
しかし私は、細く心許ないがそれでも確かに残っている、一本の蜘蛛の糸のような望みに縋っていた。
 
 
「女々しいのは承知の上だが、まだ・・・一縷の望みはあると思っている」
「望み?」
「ああ。あいつが・・・バッファローマンがブロッケンと繋がっている限り。私は、待ちたいと思う」
「ふん・・・奴には何も打開出来ん。現に、これまでも気まぐれに会うだけではないか」
「ああ。だが、我々は最早、言葉を伝えることすらも躊躇っている。こんなにも気にかけながらな・・・」
「・・・」
「だが奴は少なくとも会い、何かしらブロッケンから発せられた言葉を聞き、そして、その関係を、途切れ途切れながらも続けている」
「・・・」
「心を許している。だから、それが切れない限り、私はーー」
 
 
 
 
 
 
別れの間際、私はバッファローマンに、Jr.を気にかけて欲しいという頼みーーというより全く自分勝手な願いーーを残した。
 
 
杞憂に終わってくれれば良い。
だが、ずっと超人の世界でばかり生きてきたJr.が、意気揚々と人間の生活に飛び込もうとしている。
 
その事への不安がどうしても拭えなかった私は、自分が知る限り唯一Jr.が弱さを見せられそうなあの男を、頼みの綱としたのだった。
 
 
ーー私は以ての外。他の仲間も駄目だろう。だが、あいつにならもしくは・・・。
 
 
 
バッファローマンに託した理由は三つあった。
 
 
まず年齢が離れている事。親子とまでは言えないものの、一回り年上のあの男になら、例え子供扱いされようとも、さほどJr.のプライドも傷付かないと思った。
 
また、フェニックスチームとの六人タッグを共に戦った事も大きかった。あの戦いの前半、ピンチを凌いだのはことごとくJr.であり、私もバッファローマンも彼に頼りきっていた。つまりあのリングで、Jr.はずっと感じていた周囲との実力差を遂に克服し、そしてそれを最も身近で見ていたのが私とあの男であり、その点で彼ら二人は全く対等な間柄でもあった。
 
 
そしてこれが一番貴重な点だが、バッファローマンという男はとにかく自由だった。
 
栄華を極めたバッファロー一族の最後の生き残り。
にもかかわらず奴は、その素性をいとも簡単に封印し、己のしたいままに生きてきた。
 
力を得たいが為だけに悪魔に身を落とし、しかし絶大な力を得てもそれ以上興味が無かったのか騎士を目指す事もなく、かと思えば正義に改心し、スグル達の為かつての頭首に牙を剥いた。
 
 
良く言えば奔放。
悪く言えば自分勝手。
 
情には厚いが、それでも奴は、その時々で己のしたい事を常に優先していた。
 
 
一見プライドが無いようにも見える。
だが、奴はその気ままな判断に微塵も後ろめたさを感じていない。それはある種、真に”強い”とも言えた。
 
 
 
そういう”生き方”という点ではJr.と全く真逆なバッファローマン。
 
どんな生き方でもいい。”自分は自分だ”という考えもあるのだという事に、Jr.が奴との関わりの中で気付いてくれればーー。
 
 
 
私があの男を頼ったのは、そういう根拠からだった。
 
 
 
 
 
 
しばしの沈黙。それを破ったのはこの日初めての、ニンジャの溜息だった。
 
 
「・・・拙者は反対だがな。確かに誰もいないよりは気休めにはなろうが、ブロッケンの態度が変わらぬ限り、生き恥の上塗りが続くだけだろう。それより、ここは潔く死に花を咲かせてやるのが、この際慈悲ではないのか?」
「恥とは思わんが。まあ、全くお前らしい・・・日本的な解釈だな」
「拙者、奴が望み、そして成し遂げた見事な死に様が、これ以上汚されるのが我慢ならんだけだ」
「それが正に日本的だよ。今日唯一はっきりしたのは、お前は私が思っていた以上に優しく情け深いのだな」
「御主が、拙者が考えていた以上に存外女々しい事も、今日初めて知ったわ」
「ああ・・・・・・悪いな」
「詫びるな。あい分かった、もうこの話は終いだ。御主がそうまでして待つなら尊重するまで。・・・が、御主、ブロッケンがいつか目を覚ます望みがあると、本当に思うのか?」
「思うーーと、言い切れない自分が恨めしいがな。だが例えば、何か・・・今奴を肩書きで縛る一族ではない何か。奴自身が、本当に守りたいと思える何かを見つけられれば、あるいはーー」
「子供か?だが奴は、自分の血を残す事だけははっきり拒み続けているぞ。ならばいよいよ詰(つ)みではないか」
「ああ、そうだな。だが、ならばもしーー」
 
 
ーーやはり、変えられない運命なら・・・。
 
ーー私が存在する限り、髑髏は堕ちるのなら・・・・・・。
 
 
 
「・・・アタル殿?」
「いや。バッファローマンとの繋がりも切れ、本当にもし、お前がブロッケンはもう駄目だと思った時には。その時はーー」
 
「殺していいか?」
 
「ーーいや、私が消える事を許してくれ」
 
 
 
 
 
 
ニンジャは一見呆れきった様子で、しかしその目にありありと憂いを湛えながら、返事をすることなく部屋を出ていった。
 
 
本当にあの書に書かれた運命は変えられないのか。
いつか、ついてまわるその糸を断ち切る事は出来ないのか。
 
 
ーー私の見込んだ右腕。お前なら出来ないはずはないと信じている・・・が・・・。
 
 
その答えが出るまでに、一体どれほどの時間が必要なのか自分に分かるはずもなく。
 
 
だからもう、あとは、ただ心から祈るのみ。
 
 
 
どうしようもない流れの前では、結局超人も人間も同じ行動を取ってしまう。
 
何とも皮肉な事実だった。
 
 

終着(1)

2019-06-13 21:56:00 | 小説/終着
 
 
 
大通りからホテルを右に。しばらく直進し、今度は本屋を左に曲がって、緩やかな坂を登る。
 
その道中の古びた雑貨屋で、水のボトル二本とたまたま目についた板状のチョコレート、レジ横にあった薄緑色の林檎もついでに買う。ズボンのポケットに捩(ね)じ込んでいた紙幣はスペインから持ち込んだものだが、そのままこの街でも使える。ヨーロッパの平和と安定を目的とした諸々の流れ。もちろんそんな人間の事情は興味の外(そと)だが、わざわざ両替しなくてもいい事だけは有り難かった。
 
店を後にし、再び歩き慣れた道を進む。
何度も訪れ、たまに迷って、気づけばすっかりこの街の道にも詳しくなった。
 
この坂を登りきったら右。その先の、古びた建物が俺の目的地だ。
 
 
 
 
 
 
あの、最後の戦いから何年経ったのだろう。
十年を超えたような気もするが、正確な数字を考えるのも面倒になっていた。
 
 
ーーそう、そんな事すら面倒な俺が、良くもまあこんなに長く、何度も足を運んだもんだ。
 
 
この、意味があるのか無いのかももはや分からない”様子見”もまた、十年近く続いている。
月に二度訪れた事もあれば、半年以上来なかった事もある。また、来てはみたものの、肝心の相手が不在というパターンも数え切れないほどあった。
 
 
ーーさて、今日はどっちだろうな・・・。
 
 
たどり着いた目的地の、重苦しい扉をまずは叩く。
しばらく待つも反応が無いのは何時もの事だ。
 
 
そして俺は扉を開ける。
鍵は掛かっていない。それは、この建物の主に会える確率が僅かに上がったことを意味している。
 
 
 
 
 
 
俺がこんな風にJr.の元を訪れるようになったそもそものきっかけは、奴からの電話だった。
 
 
そこに至る事情は未だーーこんなに何度も顔を合わせているにも関わらずーー詳しくは知らない。
だが、故郷を分断していた壁が崩れて以来、奴の一族はどうにもややこしい事態に陥(おちい)ったらしい。
 
その人間達の都合ーー思惑ーーに、一族の長(おさ)というそれだけの理由で付き合うハメになったかつての戦友。
馬鹿が付く程の実直さと真面目さ、そして世間を知らずに過ごしてきた経緯が災いし、結果、Jr.は取り巻く人間達に、いいように扱われた。
 
 
ーー辛いなら拒むなり放り出すなり、どうとでもすりゃあいいもんだが・・・。
 
ーーでも、まあ、あの性格じゃあそれも無理・・・だよな。
 
 
耐えて、耐えて。だが、不意に心が悲鳴を上げたのだろう。
その時奴が助けを求めた相手が、何の因果か俺だったのだ。
 
 
 
そして俺は奴の屋敷を訪ねたーーが、ここで我ながらとんでもない事をやらかした。
 
憔悴し、自暴自棄になっていた奴を、あろうことか抱いてしまったのだ。
 
 
何とか気持ちを楽にしてやりたい。その一心だった。
だが、後から考えれば考えるほど、何故そんな手段を選んでしまったのか、己の事ながら全く分からなかった。
 
 
ーー愛情・・・?いや、少なくともあの時点でそんな感情は皆無だ。だが、なら何なんだ。
 
 
不幸中の幸いーーと片付けていいものでもないが、奴は事が終わると死んだように眠り、そして目を覚ました時には、随分落ち着いた風に見えた。
 
 
ーーそれで、めでたしめでたし・・・なら、良かったんだがな。
 
 
相変わらず構わずにはいられない危なっかしさ。
それでも一応、大の大人の男同士である。だから、こんな風にこちらから出向くのは最初で最後にしようと思った。
 
もちろん、事情を知ってしまった手前、心配するなと言う方が無理な話だ。
だが、してやれる事が何一つ無いのも明らかだった。
 
ならばお節介なババァでもあるまいに、頼まれもせずにこちらから首を突っ込むべきではない。
 
 
 
そんな、俺にしては長めの葛藤の末出した結論だったーーが、程なくあっさりとひっくり返された。
 
 
 
“暇が出来たら、良ければまた、顔を出してくれ。”
 
 
 
しばらく経ったある日、そんなメッセージが、電話に残されていた。
 
 

終着(2)

2019-06-13 21:56:00 | 小説/終着
 
 
 
自分が背を丸める程ではないにせよ、奴が元々住んでいた屋敷に比べれば小さな扉を潜(くぐ)る。
 
灯りが一つも点いていない部屋はカーテンが開いていても何処か薄暗い。最低限の家具。テーブルの上の栓の空いた酒瓶が、唯一、人が住んでいる痕跡だ。
 
 
ーー今日は片付いている・・・という事は、あの人が来たのか。
 
 
街の片隅のこの建物は、基本Jr.が一人で住んでーーと言っても、寝て起きて、あとは本を読むか酒を飲むかぐらいしかしていないがーーいた。
 
屋敷には沢山の人間が出入りする。それがいよいよ息苦しくなった奴は、数年前からここに移り住んでいた。
家長が自分の屋敷を離れる。本来なら反対されても全くおかしくない話だったが、年々不安定になっていく奴を扱いかねていた一族の奴らは、あっさりとこれを承諾した。
 
全く身勝手な奴ら。だが、全員が全員そうではない事も俺は知っている。
実際俺がこの場所を知ったのも、あの人ーーJr.の父親が生きていた頃から仕えていた家人の一人ーーがそっと耳打ちしてくれたからなのだから。
 
 
こうして部屋が片付けられているのも、たまにあの人が世話をしに来てくれているからだ。
Jr.が家事などする訳がない。
 
 
ーー信用していい人間も、ちゃんと近くに居るんだがな・・・。
 
 
軽く溜息をつく。
それとほぼ同時に上の階から、何かが動く物音がした。
 
 
 
 
 
 
電話に残された、はっきりとした誘いの言葉。
ならば断る理由は無いと、適当にでっち上げた口実を準備し再び訪ねた俺だったが、またもやこんな展開が待っているとは、ゆめゆめ思ってもみなかった。
 
 
 
Jr.はーーご丁寧にまた会いに来た俺への、せめてもの強がりだろうがーー幾分前より明るい表情で俺を迎え入れた。
とりとめのない会話を交わし、冗談を言いさえして。不自然なほど穏やかな時間が流れた。
 
だが平静を装ってはいても、どこか肌を合わせた気まずさは漂っていたように思う。
 
 
その空気を払拭する為か。
それとも単なる気まぐれか・・・。
 
 
会話が途切れた刹那、Jr.は俺を押し倒してきた。
 
 
 
裏を返すーーなどという俗な言葉が、もちろんこの世間知らずの頭にあるはずもない。
 
もしかしたら、俺の罪悪感を取り除いてやろうーー別に大した意味など無い。何なら自分も楽しんでいるから気にするなーーというような、奴なりの気遣いだったのだと深読み出来なくもない。
それに今思い返すと、奴はただ、損得無しに抱きしめてくれる誰かが欲しかったと解釈するのが、妥当で自然な気もする。
 
 
ーー好意でも欲でもない。子供が親に与えられるもののような。
 
ーー無条件に、ただ強く優しく・・・。
 
 
だが、なぜそれを俺なんかに求めたのか。
それこそ、何処かで優しい女でも見つけてくれれば、こんなに悩まなくても済んだのだが。
 
 
 
己の撒いた種。
そう言われてしまえば黙るしかないが、とにかく俺は、この展開に焦っていた。
 
重ねられた唇を一応受け入れてはいたが、本当に流されてよいものか。
決めかねる俺の手は、奴の背中に添えられたまま、ただの置物と化していた。
 
 
ーー流されても、止(とど)まっても。どちらにせよ元には戻れない・・・。
 
 
だが二人の顔が離れたその時。
Jr.の軍帽の、その正面に太々(ふてぶて)しく鎮座する髑髏と目が合った正にその時、ふいにあの宙に浮くリングでの戦いの事が、俺の脳裏をよぎった。
 
 
この髑髏を捨て、人間になった超人。
力尽き、見る間(ま)に小さく見えなくなっていく白い身体が、とにかく悲しくて仕方なかった事。
ソルジャーの予言書の中身。
やがて、同じ谷に落ちていった自分。
 
 
ーーああ、だからソルジャーは、あんなにもこいつを気にかけていたのか。
 
 
何故だか、妙にすんなり納得したのを、今でもはっきり覚えている。
 
これは、あの時一緒に死んだ縁なのだと。
 
 
 
前回はやや強引だった。
だから、今回はなるべくゆっくりと。
 
傷付けないよう、少しでも快感が伴うよう。
 
 
そんな風に慎重にJr.の中に分け入りながら。誰に言ってもこじつけと鼻で笑われそうな理屈だったが、それでも俺は、そう結論付け納得したのだった。
 
 
 
 
 
 
そんなこんなの成り行きで、俺は奴のもとを訪れるようになった。
 
 
気まぐれにやって来ては、ポツリポツリと言葉を交わし、寝たり、寝なかったり。
 
だが、これじゃあまるで間男だ。
そう思うと、我ながら笑えてくる。
 
 

終着(3)

2019-06-13 21:56:00 | 小説/終着
 
 
 
部屋よりさらに薄暗い階段を登る。
手入れは行き届いているものの、やはりかなりの年代物なそれは、いちいち俺の歩みに抗議の声をあげる。
 
二階には大小合わせて六つの部屋があり、Jr.が一番見つかる確率が高いのは、奥の左の部屋だ。
なので俺は、何時もひとまずそこを目指す。
 
 
 
前の屋敷に比べれば何分の、いや何十分の一か。
それでも普通の家よりずっと広い。
 
 
廊下を歩く俺の脳裏には、これまでの奴との記憶ーー思い出、と呼ぶには明るさと密度が足りない気がするーーの断片が浮かんでは消える。
とはいえ、数だけはそれなりに及ぶが、場所は室内のみだし、登場人物もJr.だけ。
 
写真にして並べたら、きっと自分でもいつの事なのか、一つもまともに答えられない自信がある。だがそれでも、良く思い出す記憶と殆ど思い出せない記憶。そう区別出来る程度の違いはある。
 
 
 
 
 
 
例えばこんな記憶ーー。
 
 
 
屋敷の一角。Jr.の部屋に通された俺の目にまず留まったのは、本やら新聞やら、様々な紙で出来た山だった。
そして目的の部屋の主は、しかめっ面でその山の一部なのであろう分厚い何かを、ペンを片手に読んでいた。
 
 
「お勉強中か?なら今日は帰ろうか?」
「え、ああ、お前・・・。いや、丁度、そろそろサボりてぇなって思ってたとこだよ」
 
 
そう言って、にこやかに俺を迎え入れた奴の軍服は、何時もの緑ではなく黒だった。
 
 
「珍しい色だな。一瞬別人に見えたぞ」
「ああ、これ?午前中、葬式だったんだ」
「葬式?」
「そう、部下の一人の。って言っても、顔見たの今日が初めてだったんだけどさ」
 
 
服の色と話す内容。それらとJr.の口調とのギャップが余りに大きすぎて、一体どう反応すればいいのか量りかねていた俺に、奴は胸ポケットから小さな銀色の何かを取り出して見せた。
 
 
「これは・・・徽章か?」
「ああ。持ち主が死んだら、頭首が棺を埋める直前に回収するってルール・・・慣習?、なんだ」
 
 
そう言ってしばらく手のひらの上の徽章を見つめていたJr.は、再びそれをポケットに仕舞うと、俺が腰を下ろしていたソファの隣に座った。
 
 
「先月も一つ回収したんだ。だから、これで・・・徽章を持つのはとうとう俺一人って訳」
「・・・・・・そっか」
「うん。まあだから、いよいよ俺が頑張るしかねぇみたいでさ。・・・で、この有様」
 
 
と、苦笑を浮かべた隣人が指差した先には、さっきの紙の山。
 
 
「ただ、興味がねぇもんを覚えるのって、倍疲れるんだよなぁ」
「まさかあれ全部か?てか、一体何の資料なんだ?」
「法律とか経済とか・・・あと、なんか分からねぇけど歴史ぽい何か?偉い爺さん達と話するのに、これくらい知ってた方がいいって」
「社交界の嗜(たしな)みってやつか?ロビンじゃあるまいし、お前のイメージじゃねぇな」
「俺もそう思う。でも、ファ・・・親父もやってたって言われたら、黙って頷くしかねぇしさ」
 
 
そう言い終えると、さっき徽章を仕舞った胸に手を当てたJr.は、軽く溜息をつきながら目を閉じ、そして再び俺に向き直った。
 
 
 
「まあ、一族最後の超人だし、やれるだけの事はやるさ」
 
 
 
 
 
 
また、こんな記憶ーー。
 
 
 
あの最後の戦いから久しく行われていなかった正義超人のファンイベント。そのフランス大会に参加した俺は、終了後その足でJr.を訪ねた。
 
アメリカから始まり日本で終わる大掛かりなそれに、全参加を打診されていた俺だったが、流石に海を超えるのは面倒で、近場のみの参加で勘弁してもらっていた。
そして案の定だが、Jr.の姿は何処にも無かった。
 
 
「へぇ、じゃあ結構盛り上がったんだ」
「ああ。仲間で俺の他に参加してたのはウルフだけだったがな。奴、残念がってたぞ。久しぶりにお前に会えるって、楽しみにしていたらしい」
「はは・・・それは悪い事したな」
 
 
他愛ない調子での会話。
だが俺の内心はかなり揺れていた。
 
Jr.との、この妙な関係が始まってから、二人の間で具体的に仲間の話をするのは、これが初めてだったからだ。そしてもちろん、俺はJr.の事を仲間の誰にも、ただの一度も口にしてはいなかったーーというか、色々な意味で言える訳がない。
 
 
そんな、実は中々にデリケートな話題。
俺は感付かれるのも承知で、普段以上に普段通りを装っていた。
 
 
「だが、お前のところにも要請は来ただろう。都合はつかなかったのか?」
「え・・・ああ、ちょっと無理だった」
「・・・反対されたか?」
「まあ、それもあったけどさ。けど、俺じゃなくても、他にもドイツの超人は居るし、もうそんな出しゃばらなくてもいいかな、って思って・・・さ」
「何言ってやがる。国じゃ、決勝トーナメントまで残った、元オリンピックの代表だろう?」
 
 
もしかしたらこの言葉は、とんでもなく奴を傷付けていたのかもしれないーーが、その事に気づいたのはずっと後のことだ。
 
 
俺の言葉に一瞬目を泳がせたJr.。
しかしすぐに気を取り直し、俺に苦笑混じりでこう言った。
 
 
 
「・・・でもまあ、俺、人間だしさ」
 
 
 
 
 
 
そして、そこそこ最近の記憶ーー。
 
 
 
深く深く、己をJr.の体に沈め、欲を放つ。
そして自分の手の中で解放を求め続けていた奴の中心に、望むものを与えてやる。
 
 
何となく流れのまま、床の上で抱き合い事に及んだ俺達は、しばらくその余韻に浸り、やがてどちらともなくのろのろと体を起こした。
 
季節は夏に差し掛かる手前だったが、夜はまだ冷えた。窓から入ってきた風に、小さく震えた白い体を、俺はまだ熱が残る自分の腕で包んでやった。
 
 
そんな折、ふいに思い出したようにJr.が口を開いた。
 
 
「なあ・・・前から聞こうと思ってたんだけどさ」
「何だ?」
「お前もさ・・・あの戦いで死んで、そのあと生き返ったじゃん」
「ああ、そうだな・・・それが?」
「生き返って・・・でも、この体って、本当に俺達の体なのかな」
「・・・?どういう意味だ?」
 
 
自分の腕の中に収まるJr.の視線は、開いたり閉じたりを繰り返す奴自身の手に向けられていた。
 
 
「俺達のじゃなきゃ、誰のものなんだ?俺は今、確かにお前を抱いてる。それが幻かなんかだとでも?」
「いや・・・どう言ったらいいのか、俺も分かんねぇんだけど・・・。ただ、ずっと疑問に思ってて」
「何をだ?」
「戦った時の傷が・・・無くなってること」
 
 
奴に問われるまで、全く気にした事も無かったその疑問。
部屋の片隅に置かれた古い室内灯の、その頼りない光を頼りに、Jr.の右肩を探った。
 
確かカーメンとの戦いで大怪我を負ったそこには何の痕跡もなく、ただ滑らかな曲面が広がっていた。
次いで俺は思い付くまま、自分の鎖骨の上あたりーーキン肉マンとの戦いで、俺が自ら抉(えぐ)った傷があったはずの場所ーーを手でなぞってみたが、そこにも、特に引っかかる感覚は無かった。
 
 
「そういや・・・無いな。んな事、考えもしなかったが・・・」
「うん。傷はあっても、全部、生き返ってからのやつなんだよな・・・。特に腹とか・・・俺、かなり派手にやらかしただろ?」
「ああ・・・そうだったな」
「けど何故か、全部無くなってる・・・」
「・・・」
 
 
そう言いながら自分の体を、そして今度は俺の二の腕や胸に手を這わせる奴に、俺は何と声を掛けて良いか分からず、ただ奴を抱く腕に力を込めるしかなかった。
 
 
「タダで生き返らせてもらっといて。それで・・・こんな文句言うなんて、罰当たりだよな・・・って思って、何となく言わずにいたんだけど・・・」
「・・・」
「けど、実は、結構前から・・・頭から離れなくて・・・さ。確かに形も力も同じだし、普通に動くし、それに・・・」
「・・・」
「それに、相変わらず・・・徽章の力を借りなきゃ超人でいられない。だから、やっぱそれって、俺が俺って証拠なんだけど、でも・・・」
「・・・」
「前と違う・・・んだ」
「・・・違う?」
「うん。ちゃんと言えなくて・・・悪りぃけど。でも・・・一つ、確実に・・・・・・違う」
 
 
Jr.がこんな風に、途切れ途切れに言葉を続ける。
それは大抵答えの出しようのない内容で、よって殆どの場合、俺はただ聞いてやる事しか出来なかった。
 
 
だがこれだけは、長年の付き合いで感じてーー確信してーーいた。
 
奴は今、泣きたいのだ。だが、肝心の涙が出てこないのだ。
 
 
 
「俺・・・今の俺って、一体”何”なんだろう」
 
 
 
 
 
 
残念ながら、それにはっきり答えてやれるのは神しかいない。
 
迷える哀れな仔羊ならぬ牛は、腕に一層力を込める事しか出来なかった。
 
 

終着(4)

2019-06-13 21:55:00 | 小説/終着
 
 
 
廊下の突き当たり。その扉は開いていて、そして中に奴は居た。
 
 
ベッドと机、ソファ、造り付けの本棚。広く作られた部屋にあるのはそれだけで、とてもゆったりとしている。
なのに主人はその部屋の隅で、まるで閉じ込められているかのように、壁に背をつけ膝を抱えて床に座り込んでいた。周囲に散らばる何冊かの本。また小難しい哲学書か何かか。そんな文字の羅列が救いになるとは、俺にはどうしても思えないのだが。
 
 
「起きてるか?・・・いや、生きてるか?」
 
 
その問いかけに、気怠そうに顔を上げたJr.。
 
頭を覆う全てを脱いでいるせいで、普段隠れた大きな蒼い目がこちらを向くのがはっきり見える。
そして大事な筈の軍帽は、俺のすぐ足元に転がっていた。
 
 
年月と経緯(いきさつ)が刻んだ薄い皺以外、相変わらず整い過ぎたその顔は、この一、二年、いよいよ生気が無くなって人形のようだった。今日は酔った気配はない。だが、酔っていてくれた方が、それを咎められる分、こちらも正直気楽だった。
 
 
ーー今日は、違うな・・・。
 
 
そんな、何気ない予感。
 
だが流石に、まさか本当にこれきりになるとまでは思っていなかった。
 
 
 
 
 
 
切れ切れなりにずっと奴を見てきたが、その十数年、Jr.はゆるやかに己を失っていった。
 
 
奴が自ら俺に喋る事。そんな断片を繋ぎ合せただけなので、全てを知っている訳ではない。
だが、それでも不幸な事態に奴が陥ったのは明白だったし、加えてそれらには、ある一つの共通点を含んでいた。
 
 
それは“自分は何なのか”という、簡単で、しかし一旦迷うと抜け出せなくなる問いだった。
 
 
 
一族最後の徽章の持ち主となったJr.に、周囲の人間は超人としての価値を求めた。
 
だがその思いが行き着いた先が最悪だった。
何とか超人の力を人間に生かそうと、奴の体を調べ始め、挙句血を抜き、切り刻みすらした。
 
 
人権やら倫理やら、殊勝な事を唱えてはいても、それは人間同士に限った話とでも言うのか。
そんな言い訳が聞こえてきそうな蛮行。思考が麻痺した人間共に、Jr.は”珍しい絶滅寸前の生き物”としか、見えていなかったのだろう。
 
 
そして歪んだ一部の人間の思考は別の角度からも、奴の国の超人をも巻き込みながら、少しずつJr.の立ち位置を変えていった。
 
この国に来る度、自分すら年々感じるようになったのは、人間の超人を見る”目”だった。
絶大な力を持つ俺達を、以前はもっと、畏怖やら憧れやら尊敬やらが混じった感情で見ていた気がする。
 
だが、国で一番の実力者だった超人が実は人間だった事。それが最初は純粋な驚きとして。しかしやがて、超人も大したことないんじゃないかという、見下すような雰囲気を伴って広がってしまったようだ。
 
 
結果、超人達の立場はかなり悪くなり、Jr.を逆恨みするお門違いな奴まで現れる始末。
そして何の罪も無い筈のJr.自身が、その事に酷く罪悪感を感じてしまうという、正に悪循環だった。
 
 
 
超人には、元人間だと言われる。
人間には、超人であれと言われる。
さらに一部の人間には、人とも思われない。
 
確かに、こんな世界で己を保てと言う方が無理な話だと思う。
 
 
ーーソルジャー・・・。あんたの言ってた事が、やっと分かった気がする。
 
 
 
いっそのこと、狂ってしまえれば良かったのかもしれない。
 
だが、悲しいかな、完全に狂ってしまえる程Jr.は弱くなかった。
 
 
 
 
 
 
「一か月ぶりぐらいか・・・。前も言った気がするが、ちゃんと食ってるのか?」
 
 
そんな、過保護な母親じみた言葉を掛けながら、俺は道中買ってきた物が入った紙袋からボトルを一本取り出すと、残りを袋ごとJr.の鼻先に差し出した。
 
しばらくぼんやりとそれを眺めていた奴は、やがてのろのろと手を出し受け取った。
そして中から林檎を出すと、申し訳程度に一口かじった。
 
 
「ちょっと前に食ったよ・・・。断れねぇ招待だったから」
「会食ってヤツか?」
「ああ。魚は嫌いだから食わなかった。けど、肉は美味かった気がする。今夜も呼ばれてるし」
「それを”食ってる”とは、普通言わないんだがな」
「今、林檎食ったよ」
 
 
Jr.が言うところの”ちょっと前”が、一体何日前の事を指しているのか不安になる。
一か月前に見た姿から、さらに痩せたようだった。
 
何だか急に酷く喉が乾き、ボトルの封を開け一気に半分程飲んだ。
 
 
 
沈黙が続く。
 
さて、話をするにせよしないにせよ、とりあえず己の腰を下ろす場所を決めなければならない。
何時もなら迷わず奴の横に座るのだが、今日は何故か近寄る事を躊躇った。ならばソファかベッドか。だがベッドは遠すぎるので消去法でソファに落ち着く。
 
 
丁度、Jr.と正面から向き合う形になる。しかも床とソファの高さの差に俺の身長が加わり、自然と俺は奴を見降ろす格好となった。
 
 
 
ほんの、ちょっとした位置ーー見方ーーの違い。
 
だが世の中、何が引き金になるか分からないものだ。