フィンランドの著名なデザイナー アンティ・ヌルメスニエミ(Antti Nurmesniemi 1927-2003)がデザインしたサウナ用の椅子「サウナスツール」。
何十年も前にヘルシンキで購入したもので、デザインが気に入って、しばらくの間、部屋の隅にオブジェのようにして置いていた。
その後、分解して納戸の中にしまってあったものを思い出して、再度組み立てた。
サウナ用の椅子といえば、この サウナスツール! (フィンランド語では Sauna-Jakkara という)。
世界で最も有名なサウナスツールで、ミラノのトリエンナーレで賞を受賞し、ニューヨーク近代美術館 MoMAや主要なデザイン美術館のコレクションにも選ばれている。
アンティ・ヌルメスニエミのデザインと言えば、日本では赤いエナメルのコーヒーポット(Kahvipannu)が人気があり、持っている人も多いだろう。
ヌルメスニエミは、2003年に76歳で亡くなった。
1950年代~1960年代の、フィンランド・デザイン黄金期を創造したデザイナーの一人で、彼らの中では、最年少のデザイナーであった。
インダストリアルデザイナーとして、家具、ヘルシンキの地下鉄や案内標識、鉄塔など多くの工業製品をデザインしている。
「サウナスツール」は、ヌルメスニエミが建築家のヴィルヨ・レヴェル(Viljo Revell 1910-1964)とケイヨ・ペタヤ(Keijo Petäjä 1919-1988) の設計事務所に在籍していた時代に、1952年、ヘルシンキのパレスホテル(Palace Hotel )のサウナの為にデザインしたスツールである。
ヴィルヨ・レヴェルは、ヘルシンキの中心部にある商業施設「ラシパラッイ Lasipalatsi」などの作品で著名だが、国際的には1956 年-1958 年設計し、1965 年に完成したカナダ、トロント市庁舎のほうが有名かもしれない。
1952年といえば、ヘルシンキでオリンピックが開催された年。
オリンピック開催を控え、ヘルシンキでは、都市インフラが整備され、いくつかのホテルも新築された。 日本人旅行者にも馴染み深い ホテル・ヴァークナ(Sokos Hotel Vaakuna)や パレスホテル(Palace Hotel)が新築されたのもこの年である。
ヘルシンキの港に面する「 産業センター ( パレスホテル ) 」
上階の屋上デッキに面した階に、サウナがあった。
パレスホテル(Palace Hotel)は、建築コンペティションで獲得したもので、レヴェルは当時38歳、アンティ・ヌルメスニエミは25歳でインテリアデザインを担当していた。
パレスホテルのある建物は、ヘルシンキの南港の海岸沿いに位置する、企業のオフィスやホテル ( パレス ホテル )、店舗や屋上テラスに面するレストランで構成される、産業センター( Teollisuuskeskus, Industrial Centre ) だった。
僕は、2000年にこの建物を訪ねたのが最後だったが、ヘルシンキの友人の話では、数十年の間に、いくつかの機能上の大きな変更が加えられたとの事。
2010年代には、ホテル自体が廃業となりオフィススペースに代わった。 最上階のサウナも、オフィスのミーティングスペースになってしまったようだ。
アンティ・ヌルメスニエミのサウナスツールは、モダンなデザインとフィンランドの民間伝承の組み合わせとして特徴付けられる。
形は、伝統的なフィンランドの搾乳スツール(Lypsyjakkaraa)との類似点が見られ、デザインのヒントになったことを示唆している。 ヌルメスニエミ自身は、雑誌インタビューでスツールの形状は、実用的な形が出発点で、機能の直接の結果であると述べている。 彼は、サウナスツールの最も重要な機能とは「人のための物干し台 ”kuivausteline ihmiselle”」になることであり、形は目的からの結果なのです と述べている。
そういえば、フィンランドの地方の、小さな町や村の郷土博物館で、自然の曲木を巧みに使った小さな椅子、ヌルメスニエミの「サウナスツール」によく似たものを何度も見た覚えがある。
写真: 長谷川清之氏 (photo: Seishi Hasegawa)
長谷川清之著 「北欧 木の家具と建築の知恵」 2018年 誠文堂新光社刊より
この本には、氏が北欧各国を現地調査し発見した、北欧デザインのルーツであろう多くの無名な作品が紹介されている。
北欧建築・デザインファンには、お勧めの一冊です。
写真: 長谷川清之氏 (photo: Seishi Hasegawa)
長谷川清之著 「北欧 木の家具と建築の知恵」 2018年 誠文堂新光社刊より
「サウナスツール」の馬蹄形の座は、便座にも似ていて、大胆なデザインをしたものだと思うが、彼がデザインしたのが「パレスホテル」のサウナという、不特定多数の利用者を対象とした施設であることによるのだろう。
男性ならば「ハ・ハーン」と納得の形である。
僕は、2000年にフィンランドを訪ねた際、建築関係の友人たちがパレスホテルの屋上に面した階にあるサウナで歓迎のパーティーを開いてくれた。
「パレスホテル」のサウナを訪れたのは、その時が初めてで、デッキから眺めるヘルシンキ港の景色や、サウナでの友人たちとの会話は楽しい思い出である。
残念ながら、アンティ・ヌルメスニエミの「サウナスツール」は、すでに無かった。
脚と座を分解した状態の「サウナスツール」。
全体で約4.3㎏と重く、座の塊だけで3㎏近くもある。 何十年も前、僕は、まだ若かったとはいえ、よくぞこの重いものを「機内持ち込み」で持って帰ったものだと我ながら感心!
座は、白樺の積層、脚は松である。当初、脚の素材には、硬くて湿気に強いチーク材が用いられていたとの事。
座の裏側。
脚を挿入する穴と、4本の足には、番号が記入されている。
座の角度は、位置により微妙に違うので、それぞれの穴に挿入する脚が指定されている。
脚を取り付けた裏面からの様子。
座は、微妙に角度が付いていて、脚の方向が製作の段階から、それぞれ規定されている。
脚を回しながら、座の表面にきれいに収まるようにする。
脚が座の表面にきれいに収まった状態。
座の表面。 成形された積層の白樺材の模様が美しい。
脚の先端を隠さず、あえて、デザインとして見せている。 微妙に成形された座は、木彫作品のようで美しい!
座の高さは、前方で床から415mm, 後方で430mm、 前方に15㎜傾斜していて、前かがみの姿勢で座っても疲れない。
僕は、この「サウナスツール」を実際にサウナで使用したことはない。
僕にとって、この椅子は、サウナでの実用的な道具というより、アンティ・ヌルメスニエミの作品として、オブジェに対する思い入れのようなものがあるからだろう。
丁度、柳宗理の「バタフライスツール」の如きである。
フィンランドで、多くの公共サウナや個人のサウナを訪れたが、この「サウナスツール」を見かけたことはなかった。
そんなわけで、この「サウナスツール」を使う実際の場面を、あまり想像できない。
サウナ入浴後の涼みの場面 ”クールダウン”用の椅子としては、余りくつろげそうもない。 やはり、体を洗う ”洗い場”用椅子 なのだと思う。
身体を洗い、頭をシャンプーし、シャワーでお湯を浴びる、そんな場面で腰掛ける椅子 (スツール) なのだろうが、僕にはとても勿体なくて使えそうにもない。
洗い場で気軽に使え、しかも ”サウナ文化” の延長線上にあるようなサウナ用の椅子「サウナスツール」を作ってみたいと思う。
*後日、ヘルシンキの友人からサウナスツールについてのメールが来た。
彼の友人たちに好評で、彼自身も愛用しているのが、カリ・ヴィルタネン( Kari Virtanen )がデザインしたサウナスツール( Periferia-jakkara )。
カリ・ヴィルタネンは、家具のデザインスタジオ+家具メーカー「NIKARI」の設立者で、デザイナーであり大工。
2022年「カイ・フランク・デザイン賞 ( Kaj Franck Design Prize )」の受賞者である。
PERIFERIA KVJ3 STOOL, Design Kari Virtanen, 1997
Photo: Quoted from NIKARI website.
【写真・撮影】 農家のU字型座の椅子以外は管理人。 禁・無断転載